54話 なお、隅田川のそれを凌駕する規模とする
村の周囲は柵で囲われており、正面と思しき門からしか入れないようになっているようだ。
周りをぐるっと一周して確認するか迷ったんだけど、時間も無いしそのまま入ることにした。
「鬼瓦先生から渡されたカードってまだ使わなくて大丈夫?」
「バグを見つけたらって言ってたしねぇ……もう少し様子を見てもいいんじゃないかな。
それに近くにバグが居たら手の内見せることになっちゃうしね。切り札は取っておこう」
「私そういうことしようとするとタイミング逃しがちになるタイプだわ」
「あー、札井さんはそれっぽいね。あはは」
そう、私はラストエリクサーは使わない派である。
というか出し惜しみして結局タイミングを逃すのである。
家森さんはそういう勝負勘が強そうで、ちょっと羨ましい。
「勝手に入って怒られないかな」
「いいんじゃない? 怒られたら謝ればいいんだよ!」
そうして私達は村に足を踏み入れた。
私達を歓迎してくれたのは、かわいらしい女の子達だった。
まぁ歓迎というか、たまたまその子達が入口付近に立ってただけなんだけど。
「でちよ〜!」
「みぅ〜」
おやおや、気でも狂ったのかな、可哀想に。
動物の着ぐるみを着た中学生くらいの女の子二人が手を繋いで立ったまま、奇声を発している。
わりと本気でびっくりしたんだけど、彼女達は思い思いに歌っているだけのようだ。
なんだコイツら。
村の中は随分と牧歌的な雰囲気だった。
外は草原に囲まれているというのに、ここには樹々が生い茂り、花々が村を彩っている。
奥の方に見える風車がまたいい味を出している。
息を吸い込むと、微かに蜜のような香りがした。
海外に旅行に来たような気分だ。
妙な子達の横を素通りすると、今度は猫耳を付けた幼女達が私達の前を横切り、
数メートル離れたところで、揃って転んだ。
「はにゃあ!?」
「きゃう!」
心配? してない。1mmも気にならない。
むしろ、膝小僧をザリザリにすりむけばいいのに、くらいに思ってる。
「ふ、ふ、ふえぇぇぇぇん!!!!」
「みーちゃんっ、泣かないでっ! みーちゃんが泣いたら、あたちも、ふえ……ふ、ふえぇぇん!!」
は?
私の頭の血管で、今夜は花火大会が開けそうだ。
それくらいにイライラしている。
この村には萌えアニメのような喋り方をする連中しかいないのか。
自分でも驚いているけど、知恵や志音の口汚さが懐かしくすら感じる。
まだ入って間もないというのに、ここが生理的に受け付けない場所だということを確信した。
しかし、座標的にはこの中に志音と井森さんがいると考えて間違いない。
正直、井森さんがいなかったら放置して帰ってしまいたいくらいのストレスを受けている。
まだ町の入口の案内板の前に立っているが、私の精神は既にフィナーレを迎えているのだ。
「この町の子達は、なんていうか、アレだね」
さすがの家森さんも困ったように笑っていた。
癇に障るのは喋り方だけではない、大抵の村人が猫耳やしっぽを付けている。
入口に居た子達は着ぐるみ姿だったし。
まともな格好をしてる人がいるのか、そちらの方が疑わしくなってくる。
しかし、この村人はなんなのだろう。
バーチャル空間に動物がいるのは知っているが、人間も存在するのか。
想像したことも無かった。
「ふみゅう……あなたたち、どちらさまでしゅか?」
案内板を見ていると、横から話しかけられた。
反射的に蹴り飛ばしそうになるのをぐっと堪え、視線を向ける。
この子は悪くないのに、私は酷いヤツだと思う。
だけど、どうしても”あざとい”手法が好きじゃないのだ。
小さい頃から可愛いキャラクターやグッズにも全く惹かれなかったので、
私は元々そういう性質を持っているんだと思う。
困惑しながらも懸命に話し続ける家森さんが女神に見えた。
「どちらさま、なのかなぁ……迷ってたら辿り着いたんだよねぇ……」
「それはそれは! 大変だったのでしゅね……!」
そうしてとりあえず歓迎?するとのことで、私達は村長の村に連れて行かれることになった。
小さくて可愛らしい家々が立ち並んでいる。
村人のアレさを除けば、本当に素晴らしい村だと思う。
景観だけを見れば、多くの人が高く評価するだろう。
案内が終わると、うさぎ耳の少女は「でわでわ!」と行ってどこかへ去っていった。
角で見えなくなる寸前、何も無いところで躓いて「はわわ!?」と声を上げながら
スッ転ぶ辺り、「抜かりないな」と感心する。
ノックをすると、奥から「どうぞ」と返事があった。
遠慮なくドアを開けて家にお邪魔したものの、誰もいない。
「あれ……?」
「ふみぃ〜! こーこでしゅよぉ〜!」
下を見ると、小人としか表現のしようがない幼女が、自分の存在をアピールするように
バンザイをしながらジャンプしていた。
明らかに人間じゃない。よく見ると羽根が生えている。
もしや、妖精では……?
某Lさんの影響で、なんとなく妖精ってビンに入るサイズなのかなぁという印象があったが、
それよりかは若干大きい。結構な量のハートを回復してくれそうだ。
私と家森さんは顔を見合わせる。
「えーと……?」
「あたちはこの村、PLFの村長! なのでしゅ!」
「は、はじめまして。私は家森、彼女は札井と申します」
家森さんが私の分まで自己紹介を済ませてくれた。
村長の口調についてはこの際気にしないことにする。
ここでそんなことを気にしていては心が持たないと悟り始めたからだ。
それにここの村人は可愛い。村長さんだって例外じゃない。
志音みたいなゴリ之助がこんな口調で喋っていたら、もう事件としか
言いようが無いが、それに比べたらずっとマシじゃないか。
「PLFというのは……?」
「プリティ・ラビリンス・ファームの略でしゅ!」
あ?
無視しようと頑張っているんだから、あまり私の神経を逆撫でしないでもらいたい。
奥では同じように妖精の二人組が忙しなく動いている。
「いまおもてなしの準備をしていましゅ! どうぞ座ってお待ち下さい、なのでしゅ!」
彼女達からは敵意は感じないが、明らかに人では無いので、バグの可能性は捨てきれない。
しかしアームズとして呼び出されたラーフルの例もある。
架空の生き物や、リアルに存在しない生き物がこちらでは実在している、
というのも有り得ない話ではないように思える。
どうしたものかと思案していると、家森さんが「とりあえずお言葉に甘えようよ」と提案してきた。
もし3人がバグだったとしたら、ここで妙な真似をするのは得策ではないだろう。
異変を察知して井森さんに何かあったら大変だ。そう、井森さんにね。
あと、今までのバグは明らかに好戦的だったので、毒気を抜かれてしまったというのも、
理由として挙げられるかもしれない。
失礼しますと声をかけながら室内に入ると、後ろで「職員室じゃないんだから」と
ケラケラと笑う家森さんの声が聞こえた。