3話 なお、偏差値は72とする
入学から一週間が経った。
ちなみに、あの謎のモテ期はいつの間にか収まった。
少し残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちだ。
ま、私みたいな慣れない人間がそんな風になったところで、結局は持て余してしまうものだ。
というか既に持て余しつつあったし。
こうなって然るべきだったとも言える。
そしてもう一つ、引っかかっていることがあった。
驚くことに高度情報技術科としての授業がまだなのだ。
情報技術科としての授業というのは、バーチャルの様々な実習等を指す。
どういう意図があるのかは分からないが、学校生活に慣れろということだろうか。
だとしたら既に退屈してきたので、一刻も早く授業を始めて欲しい。
しかし、時間割では明日の午後までその授業は無い。いい加減、我慢の限界だ。
そう思っているのはきっと私だけではないだろう。
みんな他の科を蹴ってまでわざわざ情報技術科に入ったくらいだ。
ここは普通の学校ではない。
なんとなく進路を決めて、将来どんな職に就くか、
その結論を先延ばしにしている者が来る場所ではないのだ。
この学校の卒業者の中にはその分野で活躍する為、海外に行く者も多いと聞く。
まさにバグやバーチャル世界の分野に特化した学校、それがSBSSだ。
え、私?私はなんとなく入った。
なんか響きがかっこいいから。
「明日はやっと高度技術の授業があるよね。札井さんは将来は何を目指してるの?」
隣の席のなんとかさんという子が私に問いかける。
名前は聞いた、でも忘れた。
そしてやたらと話しかけてくる彼女に今更「なんて名前だっけ?」なんて聞けずに、一週間が経った。
他の子との会話を注意深く聞いていれば確認することができるのだろうが、正直面倒で気が進まなかった。
「まだ決めてない。実習を通して自分に合う職を見極めたいと思って」
尤もらしいことを言っているが、もちろんそんな風に考えてはいない。
耳障りがいいように言えばそういうことになるかもしれないが、私は単純に自分の学力で、
自宅から通える範囲で一番の難関校を受験しただけだ。
将来の職業なんてどうだってよかった。
特にしたいことも無かったし、したくないことも無かったから。
そして、何をやってもそれなりにこなせる自信があった。
「札井さんってしっかりしてるよねー」
「そうかな。それにしても、明日は何をするんだろう」
「知り合いの先輩が言ってたんだけど、初日は機器の名称とかだってさー。
オリエンテーションは無いみたいだね。まぁ、先生達もバーチャル世界の実習については
おふざけなし!って感じだったから当然なのかな」
そうだ。この一週間、各教科の一発目はどれも自己紹介等に時間を使い、
あまり授業らしい授業をしてこなかった。
だけど、高度情報技術の教科については、初日に脅しを食らったっきりだ。
重要度は他の授業とは比べ物にならないだろう。
それがこの学園の売りだし、比喩ではなく、本当に命がかかっているからだ。
「よーし、お前ら席につけー」
チャイムは既に鳴っていたようだ。そういえば聞いた気もする。
とにかく、この授業さえ終えれば……明日になれば、待ちに待った高度技術の授業だと気合を入れ直した。
その授業までもがつまらなかったらどうしようという一抹の不安はあるが、今はそれに縋るしか無い。
授業が全てつまらないとなれば、もうそこに楽しみを見出そうとするのは止めにしようと思う。
どちらにせよ、今後の私の方針は明日で決まるのだ。
自分が最も効率的にこなせそうな職を探し、そしてそれを目標に勉学に励むか。
あるいは自分の生きがいを見つけ、その道を極めようとするか。
後者だったら、多分嬉しい。
今までに本気で打ち込めるものに出会ったことのない私は、密かにそれを渇望していた。