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Lily paTch  作者: nns
インターバル
213/239

206話 なお、ライバル出現とする

 この場所で相応しい形で勝負を決めることにした知恵とKIRAの二人は、

 私がやっていたレーシングゲームで白熱した最下位争いを繰り広げていた。

 まともにやったらお互いにもう少しいい順位が取れるんだろうけど。


「ってーな! お前さっきからぶつかり過ぎだろ!」

「知恵が私の前に出てくるんでしょ!?」


 両者の目標はゴールではない、相手を自分よりも下に引きずり下ろすことだ。

 知恵からそんなプレイは仕掛けてないと思うけど、向こうがそういう種類の

 勝負を挑んできたら、受けざるを得ないよね。

 全部躱してスルーできるくらい上手いなら別だけど。

 知恵は曲がる方向に頭が動くタイプのヘタクソらしいのでそれは無理だ。


「こいつら、足引っ張り合うことしか考えてないな」

「この後で握手してもらっても、手汗でベタベタしてそうでイヤだな」

「ちょっと! そこの目付き悪い女ぁ!」


 KIRAに目付きの悪い女と言われて、私達はきょろきょろと辺りを見渡した。

 この期に及んで自分がつぶらな瞳をしていると言うつもりはない。

 ただ、私達って二人とも目付き悪いし……なんなら菜華も知恵も結構悪いし。


「分かった。このレースが終わったら、両手で。がっちりと。ゆっくりと、ねっとりと握手してやるわ」

「あ、ごめんなさい。おててはなんか今日はもう握手する感じのテンションじゃなくなったって言ってるんで結構です」

「遠慮しなくていいよ」

「ねぇ! この人、湿った身体を私に密着させようとしてるけど、それについてアンタは言うことないの!?」

「握手したいっつったのはお前だろ。良かったじゃねーか」

「ふん!」


 鳩尾を押さえる志音のうめき声とほぼ同時に、二人のレースが終了する。

 僅差に見えるけど、一応知恵が勝ったことになっている。

 画面の真ん中に表示されてる順位が知恵の方が上だから間違いない。

 二人の車は市街地のコース外れで、店に突っ込む形で停まっていた。


 この光景については触れるまいなんて考えていたら、立ち上がったKIRAは私の手を取って、

 両手でぎゅっと包み込むように握っている。


「うわっ! 気持ち悪い!」

「元々自分がしたいって言ってたんでしょーが。次のゲームが決まるまでこうしてるから」

「なっ……! 知恵! 早く決めて!」

「はぁ? 今ので分かったろ、あたしの勝ちだって。これ以上勝負する意味あるか?」

「ギターで不戦敗してレースで勝ったならやっと互角でしょうが!」


 この手を離させたいだけのとんでもない詭弁だが、私の言い分に知恵は納得したらしい。

 言われてみれば……なんて言って辺りを見渡してから指さしたのは、

 ゴーグルと銃を装備してゾンビだらけの館を脱出するというガンアクションだった。


「手加減しないからね」

「はっ、言ってろ」


 KIRAは私の手をぱっと離すと、一直線に筐体に向かってつかつかと歩いていった。

 KIRAの隣を歩くように知恵も動き出す。

 憎まれ口を叩き合いながら勇み足で進む二人は、ある意味仲が良さそうに見えなくもない。


「……ほっといていいんじゃねーか?」

「いいと思う」

「うをっ」


 いきなり後ろに現れて、志音の言葉に同調して見せたのは菜華だ。

 知恵のモンペが平然としている、ということは本当に大丈夫なんだろう。


 それはそうと、私はこいつに一つ言っておかなきゃいけないことがあった。


「さっき、もう少し知恵のこと庇ってやっても良かったんじゃない?」

「私が庇うと綺羅さんはもっとムキになるし、知恵はあれくらい自分でなんとかできる」

「夢幻が言ってるのは気持ちの問題だろうよ。ま、二人の性格知ってるお前がそう言うならあたしはそれでいいと思うけど」

「知恵の気持ち……私のことを愛しているという気持ち……?」

「なんでそこだけクローズアップしちゃったんだよ」

「菜華って本当に、自分に都合のいい解釈するの上手だよね」


 なんだか話してるのもバカバカしくなってきた。

 ゴーグルを付けてギャーギャー言いながら自動小銃をぶっ放してる二人は随分と楽しそうだ。


 志音の服の裾を掴んで「次やりたい」と言うと、「おう」とだけ返ってきた。

 やった。コイン投入口に1回500円って書いてあるけど言質は取った。


 二人のプレイは上の大型ディスプレイに映し出されているので、

 私達は二人の叫び声とプレイとを楽しめるようになっている。

 プレイヤーはゴーグルと銃を身に付けてモーション感知の領域内で足踏みしたり

 飛んだりすることにより、ゲーム内のキャラクターを操作する。


 ちょっと前にテレビで見て、やってみたいなーと思ってたんだよね。

 さすが新しいゲーセン、最新機種の導入に積極的で好き。

 普段もっと上質なバーチャルを味わってる私達がこういうゲームに興じるって、

 なんか不自然な気がしなくもないんだけど。でもあれはあれ、これはこれ。


「クソエイムじゃん」

「お前がな」


 倒したゾンビの数で争っているらしく、KIRAの方が優勢だった。でも、弾薬の残が全然違う。

 知恵のことをクソエイムなんてディスってるけど、あいつは下手な鉄砲をぶっ放しまくってるだけだ。

 っていうか知恵、クソエイムどころか結構ちゃんと当ててるじゃん。え、すご。


 二人は舞台である洋館の奥を目指して、思い思いにキャラクターを動かしている。

 めっちゃ楽しそう。早く私もやりたい。

 あのゴーグルから見える光景を想像するとワクワクしてくる。

 居ても立ってもいられず、志音に「楽しそうだね!」と言うと、

 なんか顔を赤らめながら「おう」って返事された。もっと元気に返事しろや。


「そっち片付いてないだろ。そんなに突っ込んだら」

「大丈夫だって。ボスだって私一人で倒すし」


 KIRAってホントKIRA。雑魚の処理を知恵に押し付けて、銃をガガガガと撃ちながら

 「ボスはゾンビ百体分ね」なんてバラエティの最終問題みたいなことを言い出した。


 知恵はKIRAに追いつこうと急ぐが、敵が未処理のまま放置されているので

 行く手を阻まれまくっている。


 今まで二人が同じ空間に居たおかげで一つだったディスプレイ画面が

 右と左に分かれてしまった。

 多分一つの画面に収まらないくらい距離が離れたからだよね。

 私だけじゃない、志音も、菜華ですらKIRAの方の画面を見てたと思う。


 四足歩行のねじりはちまきって感じの異形の形をした大きな何かが、

 青白く光りながらKIRAを静かに見下ろしていた。

 ゲームのキャラクターだけどちょっとおぞましい。

 バーチャル空間であんなバグに遭遇したらと思うと、ちょっと鳥肌が立った。

 ボスは頭を振り乱して、声で周囲を威嚇しまくっている。


「足が動かないんだけど!?」

「お前どこにいるんだよ!」

「ボスの前!」

「はぁ?! これってボスの声か!?」


 私達は二人の視点を見てるけど、知恵だけはそれを確認できていない。

 ボスの目の前で咆哮を聞くと脚の操作が効かなくなるとか、

 もしかするとそういうギミックがあるのかもしれない。

 身動きの取れないKIRAは、弾の入っていない銃をカチカチと何度も空撃ちして叫んでいた。


 あーあ、こりゃゲームオーバーだな。じゃあ次は私〜♥

 と思っていたら、ギリギリのところで駆けつけた知恵が、横からKIRAを突き飛ばした。

 辛うじて難を逃れたKIRAだったが、コントロールが戻るとほぼ同時に、今度は知恵の名前を呼ぶ。


「ちょ! 知恵!」

「あーあ。一発でアウトかよ。KIRA、持ってる銃交換してみようぜ。それができなきゃどっちにしろジリ貧だ」


 KIRAはゲーミングブース内で差し出されたマシンガンのようなコントローラーを知恵から銃を受け取る。

 下の方に表示されていた弾薬が空の状態から一気にぐーんと復活した。

 えー、面白い。銃の交換なんてできるんだ……いいなー……。


 ここでゾンビに勝てればかっこよかったんだけど、KIRAはそのあとすぐに

 ボスにシバかれてゲームオーバーになった。

 ディスプレイではコンティニュー画面がゆっくりとカウントダウンしている。

 だけど、二人ともこれ以上やるつもりはないようだ。


「あーあ、惜しかったな」

「うん……」

「次は何する?」

「いい」

「え?」

「知恵の、勝ちでいい」


 KIRAはちょっと恥ずかしそうに目を伏せながらそう言った。

 そうか。すっかり忘れてたけど、二人は勝負の最中だったんだ。

 いや勝負って言っていいのか分かんないけど。

 でもKIRAが知恵のことが気に食わなくて突っかかってたのは事実だし。


 彼女が負けを認めたってことは一件落着ってこと、そうだよね?

 志音は私と目が合ってニッっと笑ってくれたけど、菜華はこの世の終わりみたいな顔してる。

 いや意味分かんないし。


「ねぇ、このあとクレープ食べに行かない?」

「はぁ? 今から? 行かねーよ」

「じゃあ何食べる? あ、がっつり系がいい? 焼肉行く? 私おごるよ?」

「綺羅さん」


 菜華は目を血走らせながらKIRAの肩を掴んだ。

 あれ、多分常人なら肩砕けてると思う。そんな気がする。


 だけど、何が起こってるのか、なんとなく察した。

 知恵って、ギターやってる女だけに効くフェロモンとか出してるのかな。

 そうとしか思えないんだけど。


「冗談だって! 今日は楽しかったー! あ、連絡先交換しようよ!」

「それくらいならいいぞ」


 ヴィジュアルというか、身長的には知恵から腕を組んだ方が自然なんだけど、

 実際はKIRAが無理矢理知恵の腕を持って、ぎゅーっと抱き着いていた。

 知恵がうざったそうに眉間に皺を寄せていてくれて本当に良かったと思う。

 デレデレしてたら地球滅んでたでしょ。


 っていうか、ここまでのことを他の誰かがやったら、ソッコーで菜華に消し炭にされると思う。

 KIRA、強い。


 私はそんな三人のやりとりをハラハラして見守りながらも、ケータイをさっと取り出した。

 芸能人と連絡先交換とか最強だしね。ぜひぜひ。


「ありがと。また誘うね」


 KIRAは知恵とだけ連絡先を交換すると、慣れた様子で変装グッズを身に付けて

 颯爽と何処かへ行ってしまった。

 リハがあるとかなんとか言ってたけど、リハって何? リハビリ?

 連絡先交換してもらえずに忘れ去られたままの私の心のリハビリも一緒にしてほしいんだけど?


「あたしが連絡してやるからいいだろ」

「毎日牛丼ばかりじゃ飽きる。たまにはパスタとかも食べたくなる。人間はそういう生き物でしょうが」

「毎日牛丼で我慢しろ」


 「せめてたまには温玉を乗せて欲しい」なんて無茶を言って志音を困らせて遊んでいると

 知恵はきょろきょろしながら「次はどれで遊ぶ?」なんて言って笑った。


 菜華はなんか頭抱えながらゾンビゲーの前で丸くなってる。

 彼女が先輩にロックオンされたのがよほど不安なんだろう。

 知恵に「あれいいの?」と聞いたら、「何やってたんだあいつ」なんて言って呆れていた。

 そんな知恵を見て、私もちょっと呆れた。こいつ、悪気なくKIRAとメッセージのやり取りしそう。



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