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Lily paTch  作者: nns
インターバル
210/239

203話 なお、ときにはグーとする

「ちょっと目を離した隙に、お前ら何やってんだよ!?」

「この二人は本当に……もう少し人の目を考えた方がいい」

「確かにその通りなんだけど、お前だけはそれを言っちゃ駄目だろ」


 すぐ近くで知恵達の間の抜けた会話が聞こえる。

 だけど私達は茶々を入れることなくそれを聞き流していた。

 私と志音は青い財布を掴んで奪い合っていたのだ。

 お互い一歩も譲らないガチめの攻防である。私に限ってはパンチとかもしてた。


 知恵はもちろん、菜華でさえ、私達の諍いをどうにか止められないかとわたわたしている。

 まぁ菜華のわたわたっていうのは、私と志音の顔を交互に見て、

 時折「知恵、どうしよう」って言うくらいのことなんだけど。


「財布返しなさいよ!」

「駄目だっつってんだろ! お前は落ち着け!」

「はぁ!? 落ち着き払ってるけど!?」

「今のお前が落ち着いてるんなら、他の人間は悟りを開いてるレベルだろ!」


 あと少しなのだ。あと少しで、あのぬいぐるみが手に入る。

 上手くいけば、一回でストンと取り出し口まで落下させることができるだろう。

 私の見立てではそうだった。


 こうやってもたもたしている間に、他の客に横取りされてしまうかもしれない。

 急がなくちゃ。

 敵意をむき出しにして、私は志音の手に噛み付こうとした。


「っぶね! お前そこまでするか!?」

「当たり前でしょ!」

「っだー! もう! お前ら落ち着け! 菜華も手伝え! お前は夢幻を捕まえろ!」

「分かった。夢幻、相手が志音じゃなければ強盗だった。これは私が預かっておく」

「ちょっ!」


 菜華はさっと私達が奪い合っている財布を横から奪って胸に押し当てる。

 不意を突かれたせいで志音すら反応できなかったようだ。


 なるほど。

 知恵も菜華も、私がどうしてこんなにムキになっているのか知らないんだ。

 二人は私が志音の財布を無理矢理強奪しようとしていると思っている。

 私達が財布を奪い合っている光景を見て真っ先に浮かぶのがそれっていうのは、

 よく考えるとすごい悲しいことのような気がするんだけど、それはひとまず置いといて。


 菜華が取り上げた青い財布は、志音ではなく私のものだ。

 ぬいぐるみを取るとUFOキャッチャーを見て息巻いた私に志音がいい顔をしなかったから、

 自分のお金で遊んでいたのだ。

 いくら私でも嫌がる志音の財布を力ずくで取り上げようとしたりはしない。

 これで二人の同情は私に向くはずだ。


「ちょっと待って。二人は志音が自分の持ち物を死守していると思ってみたいだけど、それは違う。

 むしろ志音が私の財布を私から取り上げようとしているの」

「デタラメ言うなよ」

「いや……確かに、志音の財布はこんな色じゃなかった。どういうこと?」


 菜華の気付き最高。さすが。

 やっぱりギターが上手い人は違う。

 私は彼女を見直しながら、説明を求められる志音に視線を向けた。

 答えに窮するかと思っていたが、志音は平然としている。

 それどころか、淡々と理由を述べた。


「そうだよ。そりゃ夢幻の財布だ。夢幻、この間本が欲しいって言ってたから。

 今日それ以上使ったら、その本が買えなくなると思って止めてるんだよ」


 それを聞くと、知恵と菜華は俯いてからこちらを見た。

 その目には同情の色は一切浮かんでなくて、感じ取れるのは軽蔑とかドン引きとか

 そういう類いの何かである。何よ。


「え? どうしたの、二人とも」

「っどーしてお前はいつもそうなんだよ!」

「夢幻、この状況で被害者面するとは……逆にすごい……」

「え?! 私が悪いの!?」


 怖い。

 志音ったらたった一言で二人を味方に付けた……どういうことなの……。

 私は精いっぱい主張した。自分の理を。


「本が欲しいとは言ってたよ? でも本は逃げないじゃない? だから、今月のお小遣いは

 こっちに使おうって思ったの! 私のお小遣いなんだから私の意思が尊重されるべきじゃない!?」

「……相当めちゃくちゃ言ってるけど、まぁ夢幻がここまで言うならいいんじゃねーか?」

「正気かよ。コイツ、もう3000円あのワケ分かんねぇぬいぐるみに費やしてるんだぞ」

「はぁ!? 3000円!? 夢幻お前マジでいい加減にしろよ!」


 ヤバい。よく考えたら、知恵は志音の百倍くらい無駄遣いに厳しそうじゃん……。

 菜華は案の定どうでも良さそうだけど。

 知恵の方を見て「で、結局夢幻と志音、どっちに財布渡せばいいの?」という顔をしている。


 知恵は私の財布を菜華から引ったくるようにして手に取ると、がっしりと志音に持たせた。

 そんなアメフトみたいな持ち方しなくたっていいじゃん……。


「こいつに財布は渡すな、絶対だ」

「おう。そのつもりだ」

「二人とも、私が無駄遣いをしていると思っているようだけど、それは違う」


 私はそう述べると、さらに続けた。

 3000円もかけて、今まさに局面を迎えている。なんていうの、ぬいぐるみの位置や傾き方的に。

 ここで諦めれば、それこそ私の3000円が無駄になるのだ。

 手に入れることさえできれば、そのぬいぐるみの価値が3000円と

 その後に費やしただけの金額を足したものになるだけ。無駄にはならない。

 つまりなんとしてもあれを手に入れなければならない、と。


 私の熱弁を聞いた志音と知恵は腕を組んで難しそうな顔を浮かべている。

 どうあっても私に財布を返す気はないらしく、志音は財布を胸に抱いている。

 考えてる暇なんてないんだってば。ねぇ。


「夢幻の言いたいことは分かった。一つだけ約束してくれ」

「何よ」

「お前、大人になっても絶対にギャンブルだけはやるな」

「うわ……想像しただけでヤベェな……」

「私も夢幻はギャンブルには向かないと思う。というより、向き過ぎていて破産する未来しか見えない」


 菜華までもが同意してみせると、知恵は「で、どうする?」と言って志音を見た。

 問いかけられた志音は私の財布を鞄にしまって、入れ替わりに自分の財布を取り出した。


「しょうがねぇだろ。あたしが取る。そんでそれを夢幻にやる。

 そうすりゃ夢幻の3000円は無駄にならない。それでいいだろ?」

「むっ……」


 他の人に引き継ぐという発想は無かった。

 できれば自分で取りたかったけど、なんだか少しだけ頭が冷えてきて、

 そもそもあのぬいぐるみ、500円でもいらないなってことに

 気付き始めてしまった私は首肯するしかなかった。


「よし、任せろ。いくぞ」


 志音は硬貨を入れると、ボタンを押してアームを動かしていく。

 自分でやるとしたらここに持ってくる、という位置から、志音のオペレーションは随分と外れて見えた。


「ちょっと、そんなに奥にやったら」

「まぁ見てろって」


 穴の横まで私が移動させたぬいぐるみの頭を通過するアームを見て、私は思わず声を上げる。

 しかし、志音は狙い通りだという顔をしてボタンを離した。

 じりじりと降りていくアームはぬいぐるみの頭の向こう側を通過して、私は失敗を確信する。


「よし、狙い通りだ」

「は?」


 アームはぬいぐるみのお尻を掬ってそれを手前、つまり穴の方に倒すことに成功した。

 ぬいぐるみが頭から穴に吸い込まれていく。え、嘘でしょ。


 志音は取り出し口を開けて、ぬいぐるみを手に取ると、私にほらよと言ってそれを渡す。


「お前、こういうの上手いんだな!」

「たまたまだよ、夢幻があそこまで移動させたおかげだ」

「お見事」

「……」

「夢幻? 良かったじゃんか。ほら、3100円のぬいぐるみだぞ」


 私は無言で壁にそのくまさんのぬいぐるみを押し付けると、腹部を強かに殴り付けた。


「何やってんだよ!?」

「ムカつくー! 私がここまで頑張ったのに、普通一回で取る!?」

「え!? ダメだったか!?」

「私が無能みたいになるじゃない!」

「ち、違うって! お前があそこまで移動させたからこそだろ!?」


 志音は精一杯フォローしているが、やっぱり悔しい……何あれ……

 倒して穴に落とすなんて……鮮やかじゃん……。


「一回で取れたし、夢幻も頑張ったし。他のゲームやろうぜ。あたしが金出すから、な?」

「ホント!?」

「志音、夢幻を甘やかすのは良くねぇぞ……」

「仕方ないだろ、見ろよ。周りの客が夢幻の奇行にドン引きしてる」

「うっ……まぁ、お前がいいならいいけど」


 志音が奢ってくれるならもういい。

 よく考えたら勝手にこれに3000円費やしたのは私だし。

 私はるんるんで遠くにある機械を指差した。


「あれやりたい!」

「UFOキャッチャーはもうやめろ!!」


 そうして私は、志音と知恵の二人がかりで店の奥へと引っ張られていった。



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