200話 なお、仕返しするとする
はっと我に返った4人。
特に知恵と井森さんの狼狽えっぷりがすごかった。
顔を真っ赤にしてばっと離れる知恵に、たまたますぐ横に座っていた志音が
潰されて変な声を上げている。
あれは定期的に変な声を上げる装置みたいなものだからそれは良しとして。
井森さんもそそくさと立ち上がってテーブルの近くに腰を下ろした。
奥のベッドでは志音が困った顔をしながら、手で顔を覆う知恵を慰めている。
なんとなく表情が普段の志音に戻ったような気がする。
「おいおい、大丈夫かよ」
「大丈夫なわけねぇだろ……」
「まぁしょうがなかったって割り切れよ。な?」
あ、普段の志音だ。つまり、私も普段の私に戻った、ということ。
まぁ私の場合は自分でも全く変化を感じないくらい元々平常運転なんだけど。
顔を赤くしたまま知恵はこちらへとずんずん歩いてくる。
その様子を見て、菜華は「知恵可愛い」と呟く。どうやら菜華も元に戻ったらしい。
知恵は腕を組んでテーブルの前で立ち止まると、家森さんを見下ろして宣言した。
そこに手を置け、と。
ちなみにテーブルはまた相性診断の始めの画面に戻っている。
「え、やだよ?」
「菜華」
「うん。私も少し怒っている」
命ぜられた菜華は膝に手を付いて立ち上がると、家森さんの手首を掴んで立たせた。
少しじゃなくない? めちゃくちゃ怒ってない?
そう言いたかったけど、有無を言わせない気迫に、私も井森さんもじっと押し黙っていた。
「痛い痛いって」
「早く」
「もうー、分かったよ。ほら」
「お前は誰と仲良くなりたい?」
「井森さんじゃなければ誰でもいいけど?」
「よし、井森。手を置け」
鬼か。
私は知恵の判断に絶句した。志音も同じように言葉を失っている。
井森さんは「私は、まぁいいけど」と言ってゆっくりと動き出す。
対して、家森さんの顔は青ざめていた。
井森さんとされるのは嫌だ、というのは嘘ではなかったらしい。
「いやいやちょっと待って!?」
「私は結構面白そうだから嫌じゃないけど」
「井森さんはそうだろうけどさ!」
家森さんは暴れているけど、菜華に御されていて動ける筈もない。
そうして無慈悲に井森さんが枠の中に利き手を収めると、静かに診断結果が表示された。
【相性0〜90%
計測不明。LもRも互いに完璧に理解し合っていながら寄り添うことはない関係。
理解できないということを理解して、付かず離れずが最適な距離感だと思っている。
ただ特別な存在であることは確か。どちらかの価値観が変われば関係が激変する二人】
「なんとも煮え切らない結果っていうか……井森さん達らしいっていうか……」
「もー、なんか恥ずかしいじゃんー」
「私は今すぐにでも寄り添っていいんだけどね。肉体的に」
「精神的の間違いでしょ。あと一方的によろしくね」
二人はお互いを鼻で笑いながら睨み合っている。
下に現れたバーは間を取る形で真ん中に配置されていた。
知恵と菜華の目的は二人の診断結果を読むことではない。
その目的に家森さんも気付いているからこそ、さっきはあんなに暴れたんだ。
診断に戻るボタンを押そうとする家森さんの手首を知恵が掴んで、菜華がつまみをマックスにする。
流石と言うべきか、息のぴったりと合った動きだった。
私と志音はというと、若干蚊帳の外というか、四人のやり取りを静かに眺めていた。
下手に割り入って巻き込まれたくないし。
志音がゆっくりとベッドからテーブルへ戻る。
恐る恐る腰を下ろして、家森さんと井森さんとを眺めていた。
ちなみに、解除ボタンは知恵と菜華が死守しているので、
二人の気が済むまでこれが終わることはなさそうだ。
沈黙が流れる。
その間、家森さんと井森さんは気まずそうに見つめ合っては、
さっと視線を逸らすことを繰り返している。
なんかリアルで見てるこっちが恥ずかしい。
「家森さん、その、ちょっとこっち来ない?」
「え、い、いいよ。恥ずかしいし。そんなに言うなら井森さんが来てよ」
「私だって、その……」
なんだこいつら。なんか段々イライラしてきた。
私は家森さんを立たせて引っ張ると、強引に井森さんの隣に座らせた。
その間も家森さんは「や、やめてってば」なんて言いながら顔を赤くしている。
「……近いわね」
「自分で来いって言ったくせに」
「……そうね」
ねぇこれ私達が見ていいものじゃなくない?
顔を上げると、知恵は見るからに気まずそうな顔をして頬を掻いていた。
いやアンタが言い出しっぺだからね。やらせたんだからちゃんと見ようとしなさいよ。
想像していた通り、菜華はしらーっとした顔をしている。
だけどそれなりに興味はあるらしく、二人の顔を交互に見ながら成り行きを見守っていた。
志音のところまで歩いて行って横に座ると、私は小声で囁いた。
「いやこれどうなのよ」
「なんつーか、信じられないくらい井森が初々しくて、見てるこっちが居たたまれなくなるな」
私達がこそこそと話をしている間にも、二人は気恥ずかしそうにはにかんでいた。
急に別人になってしまったくらいの違和感を感じながら、私はそっと解除ボタンに手を伸ばす。
途中、知恵と目が合ったけど、止められることはなかった。
その様子を見ていた菜華も小さく頷く。
そうして私はそっと解除ボタンに触れた。
「っあーーー! もう! 今の何!? キモいんだけど!」
「私だって気味が悪かったけど?」
「いーや、絶対私の方が無理だったって!」
強制的に相性をブチ上げられたことに対する嫌悪感でマウントを取りながら、二人はさっと離れる。
どちらの言葉にも嘘はないのだろう。
特に家森さんなんかは両腕で自分を抱きしめるようにして震えている。
よほど嫌だったらしい。
そうして私達全員が等しく被害者になったところで、この様子を傍観していた人間の声が響いた。
そう、夜野さん達だ。夜野さんはヘラヘラと笑いながら、私達に労いの言葉をかける。
お疲れさまーって、いやホントに疲れたからね、マジで。
——みんなのおかげでいいデータが取れたよ。あとやっぱり実際にダイブして
テストプレイしてもらうっていうのはいいね。
私だけだと気付かないところとかたくさんあったし。
「このダイブが役に立たなかったって言われたら、それはそれでムカつくからいいんだけどさ」
私は前置きをしてから、一番言いたかったことを言葉にする。
「強制的に性格を変えるにしても相性診断の結果を使うって悪質過ぎるでしょ」
「ホントそれな」
「私絶対このゲームやらないなー」
私の意見に数名が同意する。目的があったのは分かってるよ。
彼女が私なんかじゃ想像もつかないくらい先のことを見据えていたのも、話を聞いて理解した。
だけどやっていいことと悪いことがあるよね。
っていうかこれ、良からぬことを考えている奴に悪用される危険性もあるのでは?
なんていうか、夜野さんには人道的というかモラルの観点から物事を考える頭が足りない気がする。
——マジで哉人っちにはあたしからもう一度説明しとくねー……
っていうかあたしは最初からヤバいって言ってたし……
——えー!? ウチが悪いの!?
「お前以外悪い奴なんていないぞ」
志音がぴしゃりと言うと、夜野さんは落ち込んだような声を上げた。
まだ指摘された内容を理解していないような気がするけど、あとはもう鞠尾さんに任せるとしよう。
今日のテストプレイとやらはこれで終了らしい。
それを告げられると、私達は大きくため息をついた。
今回のダイブ、ただ密室でぐだぐだやってただけなのに、下手な実習よりも疲れたな……。