191話 なお、”念願の”とする
「しっかし、相変わらず強力だね、あんたらの攻撃」
「おう。ま、あたしっていうか、菜華のだけどな」
「謙遜すんなよ。今回は本当に、知恵達とバグの相性が良かった。
それに、菜華がギターの物理攻撃だけであそこまで戦えるってことも知れたしな」
「あぁ、別に知りたくなかったけど。そういえばそうだったね」
私達は四角い箱を箸でつっつきながら、それぞれがダイビングチェアに座ったまま
雑談を繰り広げていた。
鬼瓦先生の言う”準備”には、なんと私達の弁当を用意することも含まれていたのだ。
本当に、大きな体と怖い顔に似合わず、随分と気が利く先生だと思う。
部屋に戻った先生が弁当の袋を提げていることに気付いた私達は一斉にお礼を言った。
しかし彼は当然のことだと言って、淡々と弁当を配ったのだ。
鬼ちゃんマジ紳士。
まぁ、これからまだ一仕事するってのに、飲まず食わずはまずいよね。
学校の教職者という立場的にも、あと空腹は作業効率を落とすし。
色んな意味で私達がいまご飯を食べていることは必要なことだと思う。
だけどそれ以上にこの食事は大事な役割を担っているように感じた。
リアルに戻って、みんなと話をしながらのんびりを食事を摂る……
これが私達の張りつめていた空気を和らげてくれたのだ。
効率とかそういうんじゃなくてね。
リセットっていうのかな、自分達でリアルとバーチャルの区別を
はっきりと付けるような行程は、とても大事だと思う。
「とにかく、知恵が無事で何より。結局あれは誰にされた怪我だったの?」
「おい、まだ気にしてんのかよ。大丈夫だっていってんだろ」
「そういうワケにはいかない。どういう種類の攻撃を受けたのか、内容によっては後で痛む場合もあると聞く。ですよね、先生」
「あぁそうだ。言ってしまえば、交通事故のむちうちのようなものだな」
先生は菜華の話した内容に補足しながら、空になった弁当箱を入っていた包みに戻している。
ちなみに、私達は全然食べ終わらない。
噛まずに飲んだ、もしくは吸ったのでは? という疑問を禁じ得ない食事スピードだ。
しかし、そのスピードは私達の為だったのだと思い知る。
先生は私達に「食べながらでいい」と告げると、ノートPCを立ち上げた。
スティック型の最新機種だ。
前に凪先生が時計型のそれを持ち歩いていたが、鬼瓦先生は気軽に
ポケットに入れるスティックタイプの端末を好んで使用するらしい。
ボールペンのようになっていて、テーブルの上などに置いて起動ボタンを押すと、
キーボードとモニターが映し出されるようになっているのだ。
先生はダイビングチェアの手すりのボタンを押して机のようにすると、そこに例のスティックを置く。
そうしてぱたぱたと指先で机の上を叩いている。
ここからじゃよく見えないけど、キーボードを押しているのだろう。
そうして私は悟った。
先生が報告書を書いてくれて、私達は要所要所で証言をしていけばいいのだ、と。
確かにこれなら食事をしながらでも進められそうだ。
特に、先生は最初はダイブしていなかった。その辺の情報を重点的に聞きたいのだろう。
「よし、準備が整った。担当デバッカーのプロフィールなどについては俺の方で埋めておく、が」
先生はここまで言うと言葉を切って、私達の顔を見ていった。
頭に疑問符を浮かべながらハンバーグ弁当を頬張っていると、彼は少し困った顔で続ける。
「今回のリーダーは誰にする? 小路須達は知っているだろうが、デバッカー協会の報告書には
リーダーを設定しなければいけない。俺が、ということにしてもいいが、
初めからダイブしていた者の名前を置きたい」
「もー、しょーがないなー」
私は全員に却下されることを想定しながら声を上げた。
前回は井森さんにリーダーの座を奪われてしまったのでリベンジだ。
お前だけは駄目だろ、そんな志音の発言になんて反論しようか考えながら挙手してみせる。
「なるほど、リーダーは札井、と。では、ダイブした時の初見だが、何か異常なことはあったか?」
「あぁ、忘れもしねー。デッドラインがぐっと下がったんだ。ロッジから出たばかりの
あたしらのいるところが、いつの間にかデッドラインの外側になっていた」
「なるほどな。それだけバグの脅威が急激にその場に影響をもたらした、ということだな」
「待って待って待って待って」
私は真剣な表情をして話す知恵と先生にストップをかけ、さらに志音と菜華の顔を見た。
みんな驚いた様子でこちらを見ている。
「私がリーダーやるって言ってるんだよ!? いいの!?」
「……おう、なんか問題か?」
「もしかして、本当はやりたくないのに手をあげたの?」
「お前なぁ……」
「いや違うけど!?」
どうして私のこの驚きがこいつらには伝わらないんだろう。
今まで私がされてきた仕打ちを考えてなさいよ。
あんたらのリーダー、千円盗むような奴でいいの?
え、普通に駄目じゃん、盗もうとしたことは忘れよう。
「っていうか、お前以外に適任なんていないだろ。あたしはずっと手ぶらだったし、
知恵は後半、解析で全然周り見てないし」
「そうだよね、あとパソコンのパンツ履いてたしね」
「それは関係ねーだろ、触れてやるな」
「志音の言う通り。私に至っては最後に少し顔を出しただけ」
「お前らなぁ……もっと正面から夢幻を褒めてやろうぜ。お前はあたしらを守りながら
戦ってくれただろ。あとパンツのことはほっとけ」
なんと、私がリーダーをやることにみんな異存はないのだという。
少し前までは、「こいつだけにはやらせるな」みたいに言われてた私が。
自分の成長を感じて少し胸が熱くなる。
志音もそんな私の心中を察したようで、「今回、お前はよくやったよ」と言ってくれた。
っていうか今回については、志音が何もしなさすぎたっていうか、
することを許されない状況になっていたっていうか。
だけど、裏を返していうと、志音が何もできない状況を打破できたってことだ。
知恵達の他に、ラーフル達の力まで借りた結果だけど、きっと悪いものじゃないだろう。
私はそうして、志音とこの任務の成功を笑い合って、先生の聴取を引き続き受けようとした。
そのときだった。
「待って。何故夢幻は知恵のパンツの柄を知っているの?」
「えっ……」
「しかも志音も知っているような口ぶりだった。これはおかしい」
どうしていい感じの空気感になったところをブチ壊しにくるの?
何故だと?
あんたの彼女が頭から地上に落下して、バグ含むその場にいた全員に
デスクトップPCがたくさん書かれたパンツを大公開したからだけど?
「あのね、菜華、それは誤解なの」
「ご開帳? 嫌がる知恵を強引に……?」
「そんなこと言ってないけど?! はぁ!? あんた耳と頭おかしいんじゃないの?!」
誰がご開帳じゃ。そんなことあいつにしたがる人間、アンタくらいしかいないっつーの。
また別の逆鱗に触れそうだから言わないけど。
っていうかアンタの体中、知恵に関する逆鱗だらけじゃない。
モンハンのモンスターになったら逆鱗たくさん落としてくれそう。
素材9割逆鱗でしょ。普通の鱗がレアなレベルで。
私は菜華の怒りを鎮めるように知恵に目配せして事なきを得た。
「あたしが転んじゃっただけだから」と説明しているようだ。
転んだっていうか……落下してたけど……まぁ菜華の操縦は知恵に任せるのが一番だ。
私達は弁当を片しながら、鬼瓦先生に向く。
とっとと書類を終わらせて帰ろう。
何がどうなってそうなったのか分からないけど、知恵が菜華を押し退けるような霊圧を感じる。
私ほどになると、あいつらがイチャつく霊的な圧を感じるのだ。
いまは振り向かない方が良い。友達のそういう生々しいのは見たくない。
そう判断すると、志音とさっとアイコンタクトを取って、先生の質問に備えることにした。