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Lily paTch  作者: nns
戦闘任務
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187話 なお、敵を騙すにはまず味方からとする

 前回のあらすじ。知恵が絆とかいう不確かなものを信じてエンジンを呼び出した結果、

 本当に絆()がバグに打ち勝ってブラーフルを倒すことができました、以上。


 最初はアホかと思ったけど、知恵がエンジンを呼び出したのは正解だったと言える。

 あのままラーフルとブラーフルが戦っててもラーフルは勝てただろうけど、消耗が激しかったはずだ。

 エンジンと協力しながら余力を残して戦えたことは、本体と戦うときに

 ラーフルの力を借りれる、ということになる。

 あのバグの能力はまだ未知数だ。戦力は少しでも確保しておきたい。


 バグとエンジンは並んでこちらを睨んでいる。

 両者共に言葉は発せないらしく、ぎゃっと短く鳴き声を上げながら姿勢を低くしていた。

 呼び出された影のようなバグ同士とは別で、本体と影はそれなりに意思疎通ができるのかもしれない。


「夢幻、油断すんなよ」

「してるように見える?」

「見えなかったら言ってねぇよ」


 あのゴリラはなんて失礼なゴリラなんだろう。

 こいつの自宅のバナナ園に除草剤を撒いてやろうか。

 私はただ考えていただけだ。今後の戦略を。


 全員がバグ達の一挙手一投足に神経を集中して、この上なく張り詰めていた。

 その空気を風船で割るように、ブラックエンジンは突然地を駆けて志音に向かう。

 私達の視線がそちらに向いた瞬間、なんとアルミラージは姿を消した。


「げっ! あいつ」

「みんな! とりあえず避けろ!」


 適当なところに飛び退いて、どこを目指しているのかもわからない、

 見えないアルミラージの攻撃をなんとなしに回避する。

 しかし、志音だけはそうはいかない。

 目に見えている敵のエンジンの攻撃に気を取られてしまっているのだから。


「志音!」

「大丈夫だ!」


 なんと志音はブラックエンジンに向かうように数歩走り、衝突の寸前で身を翻して宙に舞った。

 手を付かずに体を斜めに捻って前宙して着地する。

 当たり前のようにパルクールみたいな動きするのやめろ。


 エンジンが突進してきたとなれば、普通は左右どちらかに避ける。

 そこに姿を消したアルミラージが奇襲を掛ければ、バグ達の攻撃は志音に当たっていたのだ。

 それを咄嗟に読んで、敢えてエンジンが走る軌道上に活路を見出した志音の判断は、

 非の打ち所がない完璧なものだったと言える。


 志音に躱されてしまったエンジンは急ブレーキをかけて振り返るが、もう遅い。

 一人ぽつんと残された彼を、ラーフルの口から放たれたビームが襲う。


「よっしゃ! いいぞ、ラーフル!」


 知恵の応援すら、ラーフルの口から放たれた光が生み出す轟音にかき消されていく。

 影のエンジンにそれは直撃して、彼の背後の木々もろとも吹っ飛ぶ。

 断言する、これは絶対無事ではいられない。


「やっぱオレ、走る以外は全然だめだな!」


 エンジンは自分の分身が倒されたというのに、嬉しそうな声を上げて知恵の顔を見ている。

 いやそれ同意しにくいから……。

 知恵はやっぱり言葉に詰まって、「あーん……」と呻いてもごもごしている。


 私の、いや、その場に居たみんなの予想通り、ブラックエンジンは

 そのまま溶けるように消えていった。

 姿を消していた本体はというと、直撃を免れたようだ。

 体を透明にしたまま何処かに身を隠している。

 それを確信したのは、頭上から大量の葉っぱが落ちてきた瞬間だった。


「どうやらラーフルのビームをジャンプで躱したようだな」

「ボク、ちょっと疲れちゃったかも……」

「いい、お前はよくやってくれた。ありがとう、ラーフル」

「お礼を言うのは戦いが終わってからだよ、ゆーと」


 鬼瓦先生はラーフルを労うと、攻撃が当たらないように注意するように指示を出す。

 彼はしばらく休憩だ。

 いま戦えるのはエンジンとアームズの呼び出しをしている私だけ、ということになる。


 木に捕まっているのか、それとも太い枝に乗っているのか。

 分からないけど、頭上の敵を攻撃できるのは私だけだ。

 逃げるという手もあるだろうけど、相手の姿が見えない今、それは得策とは言えない。


 さっき、バグは迷うことなく志音を狙った。体力が削られている志音を。

 つまり、それくらいの知能は持ち合わせているということ。

 いま私達が逃げ出せば、おそらくはラーフルが狙われるだろう。

 いくらラーフルとはいえ、見えないところからの攻撃を躱せるとは思えない。

 あと、彼に何かあったら本当に鬼瓦先生が可哀想。


 私は右手を斜め上へと薙ぎ払う。

 いくつかのまきびしをバグがいそうなところに飛ばして肥大化させる。

 こうなったらなんとなく奴が居そうなところを狙って叩くしかない。


 アームズが木に当たって枝やらを折るけど、バグに当たったような手応えはなかった。

 もう一度、私が手を翳して追撃の体勢を取ったとき、ドスンという音が鳴る。

 どうやら地面に着地したようだ。


「そこか!」


 私が闇雲に攻撃を仕掛けている間、エンジンはバグの動向に目を光らせていたらしい。

 限りなく早く、敵がいるらしい地点へとエンジンが駆ける。

 脚、はっや……。


「足跡か!」


 志音がエンジンがどのようにしてバグの場所を割り出したかを理解して

 声を上げた直後、エンジンが何かに突進をかました。

 見えない重量感のある何かが土を削る。

 おそらくはぶつかられたバグがエンジンの衝突で押されたんだ。

 なるほど、地面を見れば、なんとなくの場所が分かる。

 勝機が見えたと思った矢先、辛そうなエンジンの声が響いた。


「いってぇ……」


 声に視線を向けると、そこには骨の仮面の上を片手でさするエンジンがいた。

 おそらくは衝突の瞬間に、顔面をあの鋭い爪で殴られたのだろう。

 エンジンが骨の仮面を被っていて良かった。

 そうじゃなかったら致命傷を負っていたかもしれない。


「おいエンジン! 無理すんな!」

「オレがやらなきゃ、ダメなんだ! オレなら臭いで奴の動きを追える!」


 知恵がエンジンにストップをかけるけど、彼は聞く耳を持たない。

 やる気に、というか殺る気に満ち溢れている。

 そんなエンジンに道を指し示したのは、生体アームズの扱いに慣れている、我らが先生だった。


「お前がバグの場所を突き止められるなら、それを札井に教えてやってくれ!」


 先生は私とタッグを組むようにエンジンに指示した。

 やれるか分かんないけど、やるしかない。

 私は眼前にいくつかのまきびしを浮かせたまま言った。


「エンジン! 敵はどこ!」

「えぇと、右だ! 右!」

「分かった!」

「って危ねぇぇぇ!!」


 私から見て右にまきびしを飛ばすと、志音がブリッジするみたいに後ろに倒れ込んだ。

 え……右って言うから右に飛ばしたらバグじゃなくて志音がいたんだけど……。


「エンジン、これはね。志音だよ。たしかにちょっとバグっぽい見た目してるけど、

 志音っていう、人なんだよ」

「右っていうのはオレから見てってこと!」

「分かりにくいよ!」

「いや今のは分かれよ!」


 志音が起き上がりながら怒号を飛ばす。

 そんな怒ることなくない?

 ちょっとまきびしが刺さりそうになったくらいでさ。当たってれば良かったのに。


 私がムスッとしていると、先生は呆れながら、しかし素早く追加の指示を出した。


「エンジン、札井のすぐ横に移動するんだ。それで二人から見た視点は同じだろう」

「なるほど! ゆーとは頭がいいな!」


 あ、エンジンも先生のことゆーとって呼んでるんだ。

 そんなどうでもいいことを考えながら、とてとてとこちらに向かってくる

 エンジンを見ていると、彼の表情が急に険しくなった。


「夢幻! 危ない!」

「!」


 そこからの世界はスローモーションだった。

 前を向くと、少し離れた地面にはバグの足跡のようなものが地を蹴った形でえぐれている。

 恐らくは私に向かって飛んできているのだろう。

 私の身体能力ではもう避けられない。


 それを一瞬で察すると、右手で拳を作り、その拳を覆うように、小さくしたまきびしを呼び出す。

 刺さったら嫌だから少し浮かせた状態で。


 そして先ほど突破されてしまったまきびしの壁を前方に作り出す。

 別にこれでバグの攻撃を防げるとは思っていない。

 ただ必要だったのだ。間合いを図るために。


「夢幻!」


 志音の声がする。だけど私は引かない。

 案の定壁が破られる。

 飛び散るまきびし達に目を細めながら、私はファイティングポーズを取る。

 右足を引いて、脇を締めて。右手を固く握る。

 まきびしで覆われた拳が自分の頬を掠めて、それでも腕を伸ばすことを止めない。


「っらあぁぁ!」

「!?」


 ヒットする直前、拳の周辺を覆っていたアームズを、

 パンチの軌道上真っ直ぐに飛ばして大きくする。

 確実にまきびしが何かを捉えた。

 重さに押し返されそうになりながらも、全力で前方へと押し出すように念じる。

 衝突の衝撃に勝利したのは、バグの重さではなく私のアームズだった。


 その瞬間、透明だったバグが姿を現した。

 アルミラージは後方に吹っ飛んで木にぶつかって止まる。


 まきびしが当たったのであろう、顎を手でさすりながら、

 何が起こったのか分からないという表情を浮かべている。


 あいつは直前まで、私が拳で迎え撃つと思っていたに違いない。

 そう思い込むように、味方すらも騙すような動きをしていた。

 あのまままきびしでコーティングした拳で殴ろうとしていれば、

 怪我をしていたのは確実に私の方だろう。なにせ体格が全然違う。

 リーチは向こうの方がずっと長いはずだ。

 だから私の攻撃が当たって、向こうの間合いに入るギリギリのところまで奴を誘い込んだのだ。

 

 誰がデカい怪物を相手取って正面から殴り合いなんてするもんか。

 バカじゃないの。


「どうやら、痛みに気を取られたら透明にはなれないみたいだね」

「お、おう……」


 志音は驚いた表情を浮かべたまま、私とバグとを交互に見ている。

 エンジンの「すげー!」と嬉しそうな声に気をよくしながら、

 私はなかなか起き上がろうとしないバグを見つめていた。



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