185話 なお、ちまむらで買ったとする ●
天使と堕天使の使いの戦い、私の目の前に広がる光景はそう呼ぶに相応しいものだった。
ラーフルが咆哮して地を蹴ると、それに呼応するようにブラーフルが高く跳ぶ。
姿勢を低くして飛びかかって、それを躱して、二匹はまた睨み合う。
「ラーフル! 頑張れ!」
「うん!」
こんな緊迫した状況でも、彼が志音にする返事はいつもの調子のままだ。
私は知恵に被害が及ばないように周囲を警戒しているので、
二匹の攻防をしっかりと見つめているのは、志音と先生だけだ。
知恵はというと、ぶつぶつ言いながら休むことなくキーボードを叩いている。
こんな見た目でも、しっかりとオタクなんだね。
そのおかげで私達は何度か助けられているんだけど。
「お前、いまめちゃくちゃ失礼なこと考えただろ」
「まぁね」
「せめて取り繕ったりしろよ」
「知恵、こいつにそんなもん期待すんな」
「そうだったな」
口の悪い二人が何かを諦めたようなやり取りをしてるけど、
私は懐が広いので、二人をまきびしで攻撃したりしない。
「やああああ!」
ラーフルが腕を大きく振るうと、ブラーフルはギリギリのところでそれを抑える。
首回りの腕を組んで力比べを始めたけど、どちらも譲らない。
両者の後ろ脚が地面をざりざりと削ってその場に踏み止まらせている。
ねぇ、やっぱりラーフルと同じ力があるって、反則だって。
勝てる算段のつかない敵を初めて目の当たりにしている。
ラーフルが相手してくれてるからこんな呑気にしていられるけど、
自分がこいつの相手をしなければいけないとなると、
どうやって戦ったらいいのか、全然想像がつかない。
長引きそうな力比べだと思っていたけど、ラーフルはいきなり笑った。
彼が何をしようとしているのか知っていたらしい鬼瓦先生が吠える。
「ラーフル! 今だ!」
「うん!」
快活な返事が聞こえてくると同時に、ラーフルが口を開ける。
その直後、目が眩むような閃光が迸った。ラーフルがビームを放ったのだ。
そういえばそうだった。初めて会った時も、私達は彼のこれに救われたのだ。
しかもその時は、私達に配慮して威力を弱めたと言っていた。
立ち位置は完璧、私達はラーフルの背中を眺めている。
つまり、配慮するものは何もない。
暴風が巻き起こって、土や葉っぱを巻き上げる。
私達は両手で顔を覆って、咄嗟に防御する。
どてっという音が聞こえた気がするけど、構っていられない。
「どうだ!」
ラーフルは肩から生える両手を上げたまま言った。その手にブラーフルの腕はない。
完全に消し飛んだかと思われたブラーフルだったが、なんと、奴はよろよろと立ち上がった。
まだ消えないらしいことを知って、私達は息を飲む。
だけど、これでラーフルに形勢が傾いた。
「あいつ、ビームを相殺して致命傷を避けたな」
「やっぱブラーフルもビーム撃てるのか……」
先生と志音は戦慄していたが、間抜けな声がその空気を破壊した。
横を見ると、スピーカーの上には誰も居なくなっていて、私は慌てて知恵の姿を探す。
「知恵!? どこ行ったの!?」
「ってぇー……」
心配して損した。
ビームが生んだ風の影響か、知恵は頭から地面に落ちて、
悲しいことにパンツを晒しながら逆さになっていた。
なんでこいつパソコン柄のパンツ履いてんの。
「大丈夫!? そんなパンツ逆にどこで買えるの!?」
「あたしのパンツじゃなくてあたしの心配しろよ!!」
いやだって、無いじゃん。小さいパソコンがいっぱい描かれてるパンツとか。
なにそれ、オーダーメイドなの?
知恵に手を貸して立たせると、奴は懲りずにスピーカーの上に飛び乗った。
どうあっても解析を続けるつもりらしい。
「あと少しなんだ! 今回のダイブが無駄になったとしても、この解析は終わらせときたい!」
「それはいいけど、パ……知恵が怪我をしたら元も子もないでしょ。菜華に死ぬほど怒られそうだし」
「お前いまパンツかパソコンって言いかけただろ」
知恵はジト目で私を見つめているけど、謝るつもりはない。
あんなパンツ履いてる方が悪い。っていうか菜華はなんとも思わないのかな。
いや、あいつほどになると、それ込みで愛でられるんだろうな……
フェレットになった知恵でいやらしい妄想できるくらいだし……。
私はラーフルへと目を向ける。そこに広がるのは、もう勝負ありって感じの光景だった。
なんとか立っているという様子のブラーフルと、まだまだやれるって顔をしているラーフル。
ちょっと可哀想になってきたな。
私が同情心を抱いていると、ブラーフルの隣に突如ぼわーんと、
二足歩行のできる大きなウサギのようなバグが姿を現した。
どうやら透明になれる能力を持っているらしい。
体長は鬼瓦先生よりもある。
黄色いツノと爪は鋭利で、あれに切り裂かれたらひとたまりもないだろう。
赤い目でギロッとこちらを睨み付けて、ふーふーと方で息をしている。
「おい、なんだアイツ……急に」
「あいつが本体だろう。気を抜くなよ。ここまで来たら奴を叩く。例え、鳥調が間に合わなくても」
「だな。ブラーフルはラーフルに任せて、やるしかねぇ」
キーボードを叩く音が速く、大きくなる。
今までだって手を抜いた訳じゃないだろうけど、本丸を目の当たりにして気合が入ったのだろう。
志音がアームズを出せない今、まともに戦えるのは私とラーフルくらいだ。
知恵を守るように立つと、私はまきびしを呼び出した。
「あいつ、アルミラージって名前つけていい?」
「あー……まぁ、好きにすればいいけど、アルミラージの方がまだかわいいだろ」
元ネタを理解したらしい志音は呆れたようにそう言った。
いいの、ツノが生えたウサギは私の中で全部アルミラージだから。
コピーをぶつけてくるような奴だ。どんな攻撃を仕掛けてくるか、まるで見当が付かない。
相手の出方を見ようと睨み合っていると、アルミラージは前傾姿勢になった。
脚がビキビキと膨らんでいる。何をするつもりだ。
そう言おうとした瞬間、バグは蓄えた力を爆発させるように飛びかかってきた。
「っぶな!!」
咄嗟に横に跳んで突進を回避する。避けてから背後にいた知恵のことを思い出す。
あ、やば。
がばりと体を起こして後ろを確認すると、スピーカーの上で胡座をかいていた
知恵は飛び降りて直撃を免れたらしい。再びパンツを晒して逆さになっていた。
「大丈夫、私は知恵が変なパンツを晒して悦ぶような変態でも、ちゃんと友達だからね」
「好きでやってるワケじゃねーよ!」
志音の手を借りながら体勢を立て直した知恵はそう怒鳴ったけど、私はまだ疑っている。
だって、あんなコミカルな回避、こんな命が懸かった瞬間にする? それ絶対性癖だよね。
「札井! 次がくるぞ!」
先生の声でアルミラージの存在を思い出した私は、右手を開いて前に翳しながら横に踏み込む。
私が居たところには、まきびしがぎゅっと集合して壁を作っていた。
すごいスピードでぶつかってくるなら、これでどうだ。
しかし、私の目論見はまきびしと共に砕け散った。
アルミラージが自らまきびしに飛び込んでダメージを受けるのを期待してたんだけど、
なんと奴のツノが私のアームズをぶっ飛ばしてしまったのだ。
「え、うそ。これ効かないの?」
「みたいだな」
「敵も何の策もなく飛び込んできているわけではないようだな」
鬼瓦先生の冷静な分析に崩れ落ちそうになりながら、私は次の一手を必死に捻り出そうとしていた。
志音も一緒に考えてくれているようだ。
アルミラージの攻撃を警戒するラーフルは上手く動けていないようだけど、
その辺は鬼瓦先生が見ていてくれてるから問題ないだろう。
知恵? 知らないけど、またパンツでも見せびらかしてるんじゃないかな。