183話 なお、どう考えても退治される側とする
センサー代わりのまきびしちゃん達に誰かが引っかかると同時に、
別の方向から何かをドームに当てられた。
当然だけど、まきびしに視覚はないので、誰がいるとか何をされたとか、
具体的なことは何も分からない。だけど……。
「多分、周りを囲まれてる」
「金属っぽい音がしたな。志音の方から見えなかったか?」
「いんや、隙間から一瞬何かが見えた気はしたけど……」
「感触的に結構軽くて鋭いものだと思うな」
言ってから気付いた。また槍だったらイヤだな、と。
外の気配に意識を集中しながら、ぶつかってきた武器のことを考えていると、
なんと第二弾がやってきた。またかつんと当たって地面に落ちたようだ。
これは何だ。槍のような、それにしては軽いような。
なんとも言えない……あ!
思いついてしまった私は小さく叫んだが、志音の悲鳴にかき消されてしまう。
「これは、矢……!?」
「っぶねぇー! って見りゃ分かるわ!」
まきびしドームの僅かな隙間を通り抜けた3本目の矢は、志音の右頬をかすめたらしい。
死ぬかと思ったなんて呟いてるけど、私と知恵だって他人事じゃない。
敵がまた矢を放てば、今度は別の隙間から私達が怪我をするかもしれない。
センサーとして配置していたまきびし達をいくつか呼び戻して、
なんとなく敵が攻撃してきそうな方角を集中的に隙間をカバーしてみる。
「おいどうするんだよ、これ」
「黒ひげ危機一髪だな」
「せめて美少女とゴリラとチビ危機一髪って言って」
「確認するけど、チビってあたしのことじゃないよな?」
「あたし身長169cmな」
「私は158cm。で、知恵は?」
「暴れるぞコラ」
知恵は答えたがらなかったけど、多分150cmとかだと思う。
なんで自分が辛くなる確認をしてしまったのか、甚だ疑問だ。
センサーに残した周囲のまきびしのいくつかが、また何かに触れる。
これは、本当にマズいかもしれない。
敵の数は少なく見積もっても4体。持ってる武器は弓矢とその他だ。
「外に最低4体いる」
「やべぇな」
「志音、なんかいい感じの武器、出しなさいよ」
「無茶振りが過ぎるだろ」
私達の精神は限界を迎えようとしていた。
考えてみてほしい。まきびしで囲まれて真っ暗な中で体育座りをして、
見えない何かが何かをしてくるのをじっと待っているのだ。
めっちゃ怖い。
「元々あんたが考えた作戦なんだから、あんたがどうにかしなさいよ!」
「うっ……い、いきなり4体も来るなんて思わないだろ。夢幻、頼んだ」
「はぁ!?」
「大丈夫だ。案はある。だけど、これはお前にしかできない」
志音が真面目なトーンでそう言った。
この状況でもちゃんと次の手を考えているなんてさすがは志音。偉いね。
でも一言言わせて。
「あるならもっと早く言いなさいよ!」
「仕方ないだろ! 近寄ってきた相手によっては危険な手段だったんだよ!」
「菜華がいたらってことか?」
「そうだ。ま、違うみたいだから、もういいけどな」
志音が何をしようとしているのかは分からないけど、
どうやら無差別に周囲を巻き込む方法ということらしい。
外の様子が分からないんだから、そうなるのはある意味当然なんだけど。
狙い撃ちしろなんて言われた日には、私はまず志音の心臓を狙い撃つ。
「で、その方法って?」
「まきびしを大きくして、ドームを中心に全速力でぐるぐるしろ」
「えぐ」
誰? ゴリラにこんなエグい発想与えたの。
神? 神なの?
だけど、周囲がバグに囲まれているという情報以外ほとんど何もないこの状況で、
志音の提案は最善策のように思える。
そうだ。巻き込んで困る相手がいない内に、とっとと済ませた方がいい。
目配せすると、暗くてあんまり見えなかったけど、二人共頷いてくれた。気がする。
私は外に散りばめたまきびしを打ち合わせ通りに操作する。
本当は両手を広げて自分もくるくる回りたかったんだけど、
そんなスペースは無いので、人差し指を回すに留めた。
少しでも動きをリンクさせた方が効果的だと思ったから。
「いっけぇ……!」
外で移動するまきびし達が何かに触れる。
伝わってくる感触から、それは木だったり、草だったりだけど、
この調子でバグに当たるのも時間の問題だろう。
知恵と志音は隙間から様子を伺っている。
なんとなく、本当になんとなくだけど、バグ達の動揺が伝わってくるようだ。
「倒せなくたっていい、時間稼ぎがあたしらの目的なんだからな」
「そうだ。弓矢のやつはさておき、他の連中は近接武器の可能性も高いしな。
この期に及んで敵がまきびしを使ってこないところを見ると、
一度倒したバグってのは復活させられないようだな」
「このまま戦って大元のバグの手持ちを削っていって、最終的に一人にするって
道筋も見えてきたな。残り何体なのか想像つかないから、得策じゃないけど」
「っしゃ! ヒット!」
志音と知恵がぐだぐだ喋っている間に、私のまきびしは確実に一体の敵を捉えた。
面倒だから弓矢のやつだったらいいなとか思いながら、とりあえずは撃破できたことを喜んでおく。
「いいぞ、夢幻!」
調子に乗った私達は完全に忘れていたけど、このバグは学習するのだ。
その異変にやっと気付いた。
「ちょっとヤバいかも」
「なんでだよ」
「いま多分、2体目を倒したと思うんだけど、そいつ、完全にこのドームを狙ってた。
これを止める為にはなんとしてでもドームを壊すしかないって気付いたんだと思う」
まきびしがびゅんびゅんと周辺の風を切る音や、何かにぶつかって色々な音を出している。
外に出たときには酷い光景が広がっていそうだ。
問題は、私たちが無事にこのドームから顔を出せるのかってことなんだけど。
ふいに、遠くから「ぬお」という声が聞こえた気がした。
アームズの操作に集中しつつ、ほんの少しだけ意識をそちらに向けてみる。
……何も聞こえない。
いや、さっき絶対に野太い声が聞こえた。間違いない。
私はその音の正体を探るように、まきびしを遊ばせる範囲を少し広めてみる。
「むっ!」
「ゆーと! 大丈夫!?」
はい。
はい。
おわかりだろうか。
「な、なぁ、今の声」
「おい、一番ヤバいのが来たぞ。嘘だと言ってくれ」
知恵と志音にも聞こえたようで、二人の声色は限りなく暗い。
え、何してんの? 先生? 嫌がらせの天才かな?
私は現実逃避するように、とりあえず残りのバグ2体を倒そうと心に決める。
特にあの弓矢のヤツだ。遠くから攻撃されるのはキツい。
高さを変えたり、上下にウェーブさせてみたり。
ドームを周回するまきびしが、縦横無尽に空を切る。
そしてどちらかのバグにヒットした感触を得る。
「よしっ!」
「おい、夢幻! 後ろ!」
知恵の声に振り向くと、ドームの隙間から敵が突進してくるのが見えた。
外で猛威を振るうまきびしちゃんだが、軌道的にヤツを攻撃するのは間に合わなさそうだ。
「こうなったら……!」
私は座っていた腰を浮かしてしゃがむ格好になる。
そして、バグを十分に引きつけてから、両手をグーにして立ち上がった。
「これでも食らえ!」
私の動きに合わせて周辺に飛び散るまきびしドーム。
その一部がしっかりとバグの体を捉えていた。
吹き飛ばされた真っ黒い人形は、盛大に地面に尻餅をつくと、まもなく消えた。
「お、おぉ……」
「やるじゃねーか」
知恵は若干引いているが、志音は満足そうな顔をして私を見ている。
おかしいな、結構一緒にいると思うんだけど、知恵はまだMPが足りないのだろうか。
あ、MPっていうのは夢幻ポイントのことなんだけど。
「お前達、全員無事だったか……!」
「いまの、かっこよかったー!」
振り返るとそこには鬼瓦先生と、やっぱりラーフルがいた。
にこにことしながら、私を褒めてくれている。可愛い。もっと褒めていいよ。
「ちなみに今のは桃太郎が桃から生まれるところをイメージした技なの」
「そうなんだ! すごいね!」
「まきびしから生まれたヤバい女って感じだったよな」
「めんどくさいから黙っといた方がいいぞ」
「なんか言った?」
私は二人を睨み付けると、すぐに微笑んだ。
いつでもお前達の風通しをよくできるんだぞという威嚇まきびし付きで。
何故彼がここに来たのか、どうしてよりによってラーフルを呼び出してしまったのか、
色々と聞きたいことはある。
だけど、それはラーフルが私を褒め終わってからだ。
「すごいね!」「頭がいいんだね!」。
彼の無邪気な賞賛の言葉に、酔いしれながら空を見上げると
黒い四足歩行の生き物が、ばっとジャンプで頭上を横切った。
明らかにヤバそうなそれを3秒くらいスルーするのが、今の私にできる精いっぱいだった。