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Lily paTch  作者: nns
二学期 スタートダッシュ
180/239

173話 なお、結構いいコンビとする

 バグは完全にキレていた。息を荒げて私を見ている。

と言っても、彼の目がどこにあるのか分からないので、おそらくだけど。


 それでも腕の付き方から見て、やや首を捻ってこちらを見ているらしいという認識に間違いはないと思う。


 バグは無言で腕を振り下ろした。速くて威力はあるが、単調な攻撃だ。

 体さえついていけば避ける方向は容易に導き出せる。

 問題は私の体力が尽きる前に、こいつの攻略法が思い付くか、ということだ。


 そう、私は時間稼ぎなどではなく、完全にこいつを倒すつもりでいた。

 理由は簡単だ。


 ここまで暴走してしまえば、多少離れているとはいえ、いつ家森さんへと矛先が向くか分からない。

 彼女が離れた場所で何をしているのか、振り返って確認する余裕などないけど、

 時間稼ぎを依頼したくらいだ、バグを倒す為の何かの準備をしていると考えるのが妥当だろう。


 奴の動きの軌道上に家森さんがいるはず。まずはルートを逸らそう。

 横をすり抜けて突っ走る勇気はなかったので、少し大回りに彼の背後に回ろうとした。


「ぶもーーー!」

「びっ」


 進路を断絶するように、目の前に金属のようなものでできた腕が下りてくる。

 思わず少女漫画のような悲鳴を上げてしまって恥ずかしい。


 簡単に後ろを取らせてはくれないようだ。対峙したまま戦わなければいけないらしい。

 他に私にできるのは、どこからかバグの体内にまきびしを侵入させて

 バキバキに暴れ回らせるという手法。


 これは前にテストで狼にも使ったことがあるが、かなりエグくて

 魂のステージが下がる感じがするので、できるだけやりたくない。

 あと、時たま奇声を発してはいるものの、こいつの口がどこにあるのか分からないのだ。


 うん、さっきは魂のステージが下がるからやりたくないなんて常識的なことを言ったけど、

 目や口など、体内に通じる突破口があったらもうやってる。

 生き死にがかかってるんだから多少エグくてもしょうがないよね。


 とすると、もうこれしか思いつかない。私は静かに小さいまきびしを彼の背後に向かわせた。

 周囲の木々や岩の影など、使えるところは最大限利用しながら。


 とにかく慎重に、気付かれないように、そして速やかに奴の後ろを取る。

 念じていて気付いたけど、まきびしの一つ一つの感度が良くなっている気がする。

 まきびしの感度ってなんだ、頭大丈夫かな。


 なんて言えばいいんだろう。

 以前よりも、念じてその動きが反映されるまでの時間が短縮されている感じがすると言えばいいかな。

 あと、周囲の気配のようなものも、より敏感に感じるようになっている。

 例えば、奴の右側を通しているまきびしのうち、最も先行している子はこのままいくと岩にぶつかる。

 それが何故か分かるのだ。見えているワケではない。

 でも感じるの。まきびし座頭市って感じなの。


「もーーーーーー!!!!」

「っと!」


 距離を取れば、攻撃はまだ避けることができる。しかし長くは保たないだろう。

 バグの背後を取るまきびしの頭数が揃ったところで、私は次なる行動を開始した。


「これで、どうだ……!」


 私は初手と同じように、大きくしたまきびしをバグ目掛けて飛ばした。

 さっきと違うのは、完全に背後を取っているということだ。あの腕に阻まれることない。

 これで効かなかったら股間に液体で地図を作りながら背を向けようと思う。


「ぶぼっ!!!」


 アームズはバグの頭部を見事に捉えた。更にダメージも入っているようである。

 色んな意味で良かった。やっと手応えを感じることができてほっとする。


 私の思惑通り、バグは背後に敵がいると思い込み、素早く振り返ると

 誰もいないところにぶんぶんと攻撃をしている。

 闇雲にふり回されるそれを見るに、完全に頭に血が上っているようだ。

 名付けて、後ろに回れないなら後ろを向かせよう作戦。成功したよ、やったね。


「……やるしか、ないか」


 このままでもいいかなんて思った。ちょっとね、一瞬だけ。

 だけど、私は成長したその感覚で察知してしまったのだ。

 バグが反撃の為に背後を向いた時、まきびしの姿を見られていることを。

 今はキレて思い至らないようだが、きっといくらバカなこいつでも、

 私とあのまきびしの関連性にはその内気付くだろう。


 つまり、このバグを自力でなんとかしたいなら、チャンスは今しかない。

 私がやらなくても家森さんがどうにかしてくれるかもしれないけど、

 それが必ず通用するかは分からないし。


 さっきは念の為、自分のところからアームズを移動させてみたが、時短をしてみようと思う。

 現在、私には奴の後頭部がはっきりと見えている。

 先ほど奴の背後を取るためにあんな回りくどい方法を用いたのは、

 離れているという条件と、見えないところという条件が重なっていたためだ。


 今なら後者の条件がクリアされている。

 つまり、自分のところから移動させずとも、ぱっと奴の後ろにアームズを呼び出せる気がしたのだ。

 できたとしても、かなりギリギリだろうけど。

 失敗しても、奴が私を思い出すまでにまだ時間がかかりそうだし、やり直しもききそうだ。


「……できた」


 呼び出しに成功すると、間髪を入れずまきびしを大きくして、同じ要領でバグの後頭部を狙う。

 彼は気付いていない、チャンスだ。強く念じて、ヒットの瞬間に重くする。

 さっきより上手くできた気がする。


「~~~~~~!!」


 かなり効いたらしい。巨体がぐらついて、大きな音を立てて倒れた。

 砂煙が舞って、目を細めるが、視線は外さない。

 よろよろと立ち上がる彼の頭にはモザイクがちらついている。あと一息だ。


 私の仕業であることを確信したバグは奇声を発して両手を振り上げた。

 ふーふーと言って、力を溜めているようである。アレに当たったらひとたまりもないだろう。

 私は後ずさりしながら、バグの頭上にまきびしを呼び出す。これで最後だ。


 私は期末テストでロボのようなバグと戦ったときのことを思い出していた。

 あのときと同じようにやればいいのだ。

 もぐらもどきの腕を振り下ろす攻撃のおかげで、私はそれを思い出した。

 横に移動させてぶつけるよりも、もっと効率のいいやり方がある、と。


 攻撃を悟られぬよう、バグの頭上にまきびしを召喚する。

 大きくできるそれら全てを具現化すると、できる限り天高く移動させる。

 元々小さかったそれらは完全に見えなくなった。

 制御が効かなくなったところでもう一つ、真上に放り投げるように念じる。


 高さは1センチでも稼ぎたいのだ。

 そして落ちてくるそれら。

 再び制御が効くところまで落下するアームズを大きくして、ついでに重くする。

 重力で勢い付いたそれらを地面に叩きつけるように念じて、さらに高速で落下させる。


「これで最後だ……!」


 落下するは大量のトゲの付いた鉄球。

 それらがバグ周辺に天から降り注ぐ。

 20~30個のまきびしのいくつかがバグの脳天に直撃する。

 私には感触まで分かる。いくつかはヤツの体にぶつかるところか、ぐっさりと深く刺さっている。


 みるみる内にバグの後頭部にあったモザイクが広がっていく。

 全てのまきびしが地に落ちた頃、バグの全身はモザイクに包まれていた。


 私は初めてダイブしたときのバグチュウのことを思い出していた。

 奴らだけじゃない、生き物は最後の最後で力を振り絞るのだ。

 こいつらを生き物と呼んでいいのかは分からないけど。とにかくまだ気は抜けない。

 あのとき守ろうとしてくれた凪先生も、志音も、ここにはいないだから。


 思っていた通り、ヤツは動き出した。全身からザラザラと音を立てて進んでくる。

 バグは、きっともう目も見えていないのだろう。

 感覚だけを頼りにしているといった様子で突進してくるそれを、横に飛び退いて回避する。


 あいつは放っておいてももう長くはないだろう。

 振り返って私に再び近づくことすら叶わないかもしれない。

 私はバグの動向を注意深く見つめる。そうして気付いた。


「あ、やば」


 私はいいけど、バグが向かっていった辺りには家森さんが居る。

 え、ヤバいヤバい。


「家森さん! 逃げて!」

「ぶもーーーーー!!」


 バグは何かに向かって、倒れるように腕を振り下ろした。

 が、次の瞬間、体が真っ二つに裂けて、全身のモザイクを散らせて消えていった。


「……は?」


 土煙の中から現れたのは、刀を担いだ家森さんだった。


「やっほー。時間稼ぎ、ありがと」


 悠然と歩み寄る彼女はいつも通りへらへらと笑っていた。

 私は見た。

 まきびしを弾き飛ばしたあの硬質な腕まで斬り捨てられているところを。


「切れ味を高めるやり方は見つけたんだけどさ、呼び出しにまだ時間がかかっちゃうんだよね。

 でも、あれを斬れたのは嬉しかったなー」


 あれというのはバグの腕のことだろう。

 片手で刀を一振りすると、家森さんは続けた。


「これ、刀じゃないんだよ。鯨包丁っていうの。一回振り回してみたかったんだよね」


 デカい包丁振り回したいJKとか危険人物過ぎない?

 私は家森さんの随分特殊な欲求にドン引きしながら、乾いた笑いを見せた。

 そうしてバグが完全に消えたのを確認したあと、帰還操作を行ったのだ。


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