125話 なお、ペロペロとする
「それじゃ、早速!」
キキはそう言うと、息を吸い込み、洞穴に向けて炎を吹く。
私含む、残った3人は、掻き出す為に休みなく動かしていた手を止め、その光景をぼーっと眺めていた。
火炎放射機のような勢いのいい炎は、ほこらに吸い込まれるように一直線に伸びる。
バグ、いや、ビーコンはじりじりと蒸発して消えていた。
つまり、消える直前にはかなりの高温になっているだろう。
「最初からこうすれば良かったね」
「だな」
「チョーヨユーじゃん」
私達は口々に掻き出す作業の無駄さを嘆いたが、
それはエンジンがぽつりと呟いた一言によって強制終了を余儀なくされた。
「かなり熱そうだけど、そういえばほこらは大丈夫なのかな」
「……いや、え、だって、直接燃やしてる訳じゃないじゃん?
っていうか炙るって言い出したのアンタでしょ?」
「そうだけど……」
え、ほこらの周りが熱いのって駄目なの?
別に火がついてる訳じゃないんだし。
そこまで言いかけて、はっとした。
そもそもアームズ達が眠りについてしまっているのは、おそらくほこらに
異常があったからで、その異常は”スライムにほこらを覆われる”というもので、
それはつまり、ほこらが周辺の異常に耐え切れず、機能を失いつつあったということで……。
「キキ! 今すぐ止めて!」
「きゅう……」
顔をあげると、私が言うよりも早く、キキは火を吹くことをやめていた。
というか、翼を広げて力なく地べたに倒れていた。
まさかと思って振り返ると、エンジンも体を横たえている。
「え、ねぇヤバい」
「わぁーってるよ! 掻き出すぞ!」
「ちょっ! 知恵!」
言うや否や、知恵はほこらに半身を潜らせ、ゼリーのようなそれに覆い被さるように触れた。
おそらく、急いでできるだけ大量に運ぼうと、手だけではなく、体も使おうとしたのだろう。
「あっっっっっっつ!!!」
「でしょうよ」
ちょっと頭弱過ぎない?
私は知恵のアレさにドン引きしつつ、背後から声をかけた。
「ああぁぁぁ!」
ゴロゴロと転がるフェレットの背中をくわえ、とりあえず外に出る。
この小動物はしばらく使いものにならないだろう。
そんなことを考えながら、彼女を草の上に置こうとした。
「おい……こりゃあ一体……」
「酷い、誰がこんなことを……」
そこには戻ってきた志音と菜華が居た。
ヤバい。
この中でピンピンしてるの私だけだし、ソッコーで疑われそう。
「夢幻! 一体何があったんだ!」
「あー、と……」
あんまり気が進まないけど、言うしかない。
下手に敵に襲われたなんて言っても後が面倒だし。
っていうかそんなこと言ったら、菜華がとんでもなくキレてこの周辺の生き物を絶滅させそう。
「知恵……! こんなに破廉恥な姿になって……!」
「お前の懐の広さすげぇな」
前言撤回、やっぱ嘘つこうかな。
患部を晒すように仰向けになっている知恵見て、菜華は感嘆の声をあげている。
迷っていると、私よりも先に志音が口を開いた。
「お前、またなんかやったな?」
「はぁ!? 私じゃないって! 私はちょっと賛成しただけ!」
「何に賛成したんだ?」
「掻き出して燃やすよりも、直接燃やした方が早そうって意見に!」
「アホだろ」
「夢幻はどうしてそう、いつも考え無しなの?」
酷い。
分かってたけど、やっぱアホ扱いされた。
「あのビーコンにまとわりつかれてるから、ほこらは力を失ったんだんだろ。
熱したらどうなるか、誰も考えなかったのかよ」
「考えなかった」
「真っ直ぐな瞳で言うな」
デカい手で殴られると、痛みよりもその屈辱で涙が出てきた。
むしろ私だけはそのことに遅れて気付いて、ちゃんと注意しようとしたもん。
落ち込んでいると、それに追い打ちをかけるように、菜華が鋭い目をして質問してきた。
「どうして知恵まで?」
「こいつはエンジン達が倒れたことに慌てて、熱々のスライムをどかそうと、
全身で覆いかぶさったんだよ」
「アホばっかりじゃねぇか」
「こういうのは舐めておけば治る。私に任せて」
お前知恵を舐めたいだけだろ。
そう言いかけたけど、むしろ舐めさせている間は菜華は大人しくしている
ということに気付き、黙っていることにした。
「しゃーねーな。菜華はほこらに入れないし、あたしらで冷めたところから運ぶか」
「外のはいいの?」
「まずほこらをなんとかした方がいいだろ」
「最初から手伝ってくれれば良かったのに」
「まさかこんな作業で活動不能になると奴が出るとは思ってなかったからな」
「なるほど。もう、知恵ったら」
「お前にも責任の一端はあるぞ」
そんなこと言うなら、アホばっかここに置いてったアンタにも責任あるからそこんとこよろしく。
私達は憎まれ口を叩き合いつつも、ゆっくりとスライムを移動させる。
半分くらいまで進み、ほこらもにもう少しで手が届きそうになったところで、背後から声がした。
「んん……ここは……?」
「エンジン! 大丈夫!?」
「夢幻、オレ、急に気が遠くなって……」
「寝てたんだよ!」
私達がエンジンの復活を喜んでいると、すぐにキキも目を覚ました。
どうやら、ほこらの周辺のスライムが冷めたようだ。
「スライムが冷えて目を覚ましたってことは……やっぱ、これを取り除けば、集落で眠ってるヤツらは助けられそうだな」
「ヤツら”は”って、それ、どういう意味?」
「仕方ないだろ。ラーフルとここの連中が全く同じとは限らないんだから」
「うーん……」
そうか、てっきりこれでラーフルが助けられるとばかり思っていたけど、
まだ決まりじゃないんだ。
特に今回は不確定なことが多いし、これで終わりじゃなかったとしても踏ん張れるように、
心の準備が必要だよね。
「二人とも、グチグチと口を動かす暇があるなら手を動かす」
「うるせぇ、さっきまで相方舐め回してたヤツに言われたくねぇ」
「アンタなんか口どころか舌動かしてたじゃん」
いつの間にか私達の隣に立っていた菜華は、やれやれといった表情で私達を見ていた。
アンタにそんな目で見られる覚えねーぞコラ。
「にしても、まさかお気楽そうなアンタらに、救われることになるとはねー」
キキが運ばれてくるスライムを見ながらケラケラと笑った。
やる気のなさそうな喋り方をする鳥だと思っていたけど、
それなりに集落のみんなのことを気にかけていたようだ。
やっと取り戻しつつあった和やかなに雰囲気に
似つかわしくない声色で、志音はキキを問いつめた。
「お気楽ってお前……ここにダイブして、夢幻がラーフルの為に何を捨てたか知ってんのか!」
「えー? 何? 処女でも捨てた?」
「ちげぇ! もっと大事なモンだ!」
待って、私、なにかを捨てた記憶ないんだけど。
あと処女捨てたとしたらそれって滅茶苦茶大事だよね。
それよりも大事なものってかなり少ないよね。
私自身が心当たりのない何かについて、志音は激しく怒っている。
「んじゃ何を捨てたのっての?」
「人としての尊厳だ!」
「てめぇの処女奪うぞコラ」
確かに奇声を上げながら四足歩行で歩き回ったけど、それは言い過ぎ。
しかし、この会話を聞いて思い出した。
エンジンとキキは私達のことを知らない、と。
あの場にいて、私達について知っているのはアーノルドだけだった。
「ただ手を動かすのもアレだし、私達のこと、二人に教えてもいいんじゃない?」
「夢幻達のこと? 付き合ってるの?」
「違うわ、冗談でもやめて。菜華達も含まれた話だよ」
「私は知恵以外に興味がない……」
「だから違うっつーの!」
こいつと話すと話しただけ疲れる。
私は「あんたはどういうことかわかるでしょ」と志音に振ることにした。
「あぁ、いいだろ」
エンジンは人間に対して警戒心はあるかもしれないけど、嫌ってはいない。
むしろ興味を抱いているようにも感じる。
キキもビーコンのことを教えてくれた時、嬉しそうに主人の話をしていた。
きっとこの二人は私達が人間でも、これまで通り接してくれるだろう。
「私達ね、本当は人間なの」
「ジョーダンキツいって」
キキは火を吹くのを止め、笑っていた。木の枝に停まって、
翼をヒラヒラと動かしている。しかし、エンジンは違った。
何か納得したような表情をしている。
「やっぱりそうだったんだな」
「え!?」
「匂いがげひげひだったから、気になってたんだ」
「ちょっと待って、念のため確認するけどそれって私? げひげひって私のこと?」
「エンジンの前で尊厳を捨てたのがお前以外にいると思うのか?」
「黙れ!」
私は志音の背中に噛み付く。
菜華と知恵は不思議そうな顔をしていたけど、げひげひについては知らなくていい。
っていうか、知られたら知恵なんか一週間くらいずっと笑ってそう。イヤ。
「本当に人間なの?」
「うん、アーノルドには説明したけどね。私達は知り合いのアームズを助けに来たんだよ」
「へぇー! わざわざ動物の格好までして? あ、でも、人間なんて見たら
みんなびっくりするだろーし、良かったのかも」
話をしながら作業をしていると、気付いた時には周辺のスライムは粗方運び終わっていた。
陽が落ちかけて、強烈な西日に私達は目を細める。
ほこらはまだスライムで汚れていたが、ここまできたらあと一息だ。
ようやく全容が見えたほこらだが、それは至って普通の見た目であった。
むしろ、普通のものより簡素にすら感じる。
四角い木箱に、薄い屋根と小窓がついており、粗末な注連縄が
申し訳程度にそれを飾り立てていた。
「よし、そろそろあたしの出番だな!」
それまで横たえていた体を起こすと、知恵が張り切って洞穴に入ろうとした。
いくらコイツがアホだと言っても、さすがにあんな広範囲を火傷したのだ。
無理をさせるには抵抗があった。
「大丈夫だって! 気絶してて覚えてねぇけど、全然痛くねーんだ!」
「えっ……舐めて治すって、まさか、本気だったのか……?」
「当然。むしろ、私が何の意味もなく知恵の体を舐め回すと思う?」
「思う」
私と志音は、小さな手でほこらについたスライムを払う、知恵の背中を見ながら即答した。