107話 なお、ぽ、ぽぴ……? とする
テスト翌日、廊下に順位が貼り出されていた。
このテストは採点制で判断力、発想力、戦闘力等の項目が10点満点で評価される。
合計50点。張り出されているのは順位だけ、細かい採点は本人にしか知らされない。
実はというと、今回のテストにおいて、私は全く順位の心配をしていなかった。
あのイカれ女に無茶ぶりされた程なのだ。これで1位じゃない訳がない。
自分の名前が一番上にあることだけを確認して、教室へ行こうとしていた。
途中、見るのが怖いよーなどという声も聞こえてきたが、まさに愚の骨頂である。
成績が予想より悪かったとしても、早く現実を直視しなければ、それだけ対処が遅れる。
そういう悠長なことを言ってるヤツはここぞという時に使えない。
これは世界共通だと思う。
考えながらも、余裕に満ちあふれた表情で掲示板を見上げる。
【1位 家森 月光】
ね? 私が1位だったで……は?
うん? どうしたのかな?
「ぽ、ぽぴ……?」
「ワケわかんねぇ奇声発するのやめろ」
ワケわかんねぇのはあの成績表なんですけど?
挨拶もそっちのけでツッコむ志音に、視線とジェスチャーで抗議する。
家森さんって……今回は存在感皆無だったじゃん……。
2位以下を見るのが怖い。
これで2位以下なら……それってもう、うんこオブうんこじゃない?
やだやだ見たくない。
「……自分の名前、探さないのか?」
「まだ……待って……心の準備が……」
「はぁ、とっとと見ちまえよ」
「私のペースってもんがあるでしょ!」
「あのなぁ、こんなもんぱっぱと見て現実受け入れる方がいいんだよ」
「私だって他の人にはそう思ってました! 1分くらい前までは!」
「駄目じゃねーか」
自分が実践するとなると話は別だ。
というか私が見据えていたのは1位。トップ。最高の順位。
そして流れは完全にきていた。ショックの度合いが他とは違うの。
だって、みんなはあのテストでバグと4回も戦ってる? ないよね?
怪我を押してまで戦い抜こうという意識はあった? どう?
「おい、目が虚ろだぞ」
「うん……」
「ほら、ちゃんと見ろって」
志音は私の体を掲示板に向けて、強引に結果を直視させた。
【2位 小路須 志音】
こんにちは! 改めて自己紹介をさせてもらうね。
私の名前はうんこオブうんこ!
「はぁ!?」
「ほら、見ろ」
「わかった! 分かったから私のペースで見させて!」
「って言っても、一つ見たら周りのも見えるだろ」
「私は違うの、アンタと一緒にしないで」
「すげぇな、視野が狭い(物理)なんだな」
「食肉加工のカッターに稼働中に触れろ」
「欠損するわ」
志音と言い合いをしながら思い付いた、というか気付いてしまった。
まず家森さん、彼女はいつもテストをそつなくこなす。
前回も実質1位だったし、今回も。
つまり、ここまでくると階級的なものが違う。
よって無効。
そして繰り上がり一位となった志音だけど、こいつはそもそも
人語を喋れる綺麗めのゴリラである。
私はそんなことに差別や偏見はないけど、まだ法が追いついていないのが現状だ。
つまり無効。残念だけどこればかりは仕方がない。
そして3位……!
私は顔をあげて順位を確認する。そこにはある筈だった。私の名前が。
【3位 井森 碧】
大丈夫、井森さんも家森さんの相方、つまり階級違い。
彼女のスケベさには目を見張るものがあるし、総合的に見ても無効である。
気を取り直して次だ。次にいこう。
少し視線を落として名前を確認する。
【4位 札井 夢幻】
「!?」
「おま……やっと自分の名前見つけたのかよ」
嬉しいんだけど、ここまできたら知恵とか菜華のあとの方が流れ的においしかったよね。
半端で場を白けさせがちな自分が憎い。
まぁいい。上位3位は残念ながら無効なのである。
「なるほどね、実質1位ね」
「なんでだよ、トップ3ですらねーじゃねーか」
志音が私に悲しい現実を突きつけようとしてるけどシカトで。
「菜華は5位、知恵は……11位!? これはまた……随分と差が……」
呆けていると、志音は私の尻を触りながら”大丈夫か?”と尋ねてきた。
「女子のおしり触るなんてサイテー。唐突にセクハラを働く
あんたの常識こそ大丈夫か? って感じ」
「なんでだよ! ケツに刺さってたろ!
ああいう怪我するとしばらく体に違和感あったりすんだぞ!?」
「私のプリティヒップに触れたかっただけに決まってる……!!」
「自分のケツにプリティって言う奴、初めて見た」
しかし私の体が無事なのは本当だ。
期末テストのあと、念のため精密検査を受けてきたけど、五感に異常なし。
尻付近にごく軽微な陽性反応があっただけだ。
うまく言えないけど、かさぶたがあるような、妙な違和感がある。
それも数日中に治るだろう。
今日だって、症状は昨日より随分と良くなっている。
「ま、平気ならいいんだ。腹は?」
「へーき、違和感があるのはお尻だけだよ」
「そうか。打撲っぽい腹と違って、刺し傷だもんな、ケツは」
「うん。あと私のお尻の話をするときは、ケツって単語使わないで」
「何はともあれ、プリティヒップが無事でよかったな」
「順応早っ」
やるな、さすが成績上位者。私は志音を見直しながらケータイを手に取った。
時間に余裕があるなら、自販機の前を通ってから教室に行きたい。
そこで、私は学校からメールが届いていることに気付く。
タイトルは期末考査 実技の採点結果、である。
確認すると、戦闘力などの項目の他に、達成タイムという項目があった。
これを見て、私はこの順位に納得する。
今回、家森さんは一番乗りで帰還したらしい。
私がいくら優秀とはいえ、結構終盤のギリギリで帰還している。
そう、私の優秀さは揺るぎないものとして、時間ばかりは補えない。
他の要素を賄って余りある程の優秀さを持ち合わせてはいるが、
密かにタイムアタックの要素を盛り込まれていたのであれば、仕方がないと言えるだろう。
教師側からの妨害とも言える行為があったのだ。
私は優秀なので目をかけたくなる気持ちは分かるが、あまり贔屓されるのも困りモノだ。
優秀故に彼らの愚行を広い懐で許容するつもりであるが、今後はやめていただきたい。
「お前いまめちゃくちゃ腹立つこと考えてるだろ」
「私は優秀だから志音の言語も理解できるんだよ」
「日本語以外を話した記憶はねぇけどな!」
広い背中、人ごみの中でも頭一つ出るほどの高身長、
そしてそこから見えるスキンヘッド。鬼瓦先生だ。
分かりやすい。あれほど待ち合わせに便利そうな人もいないだろう。
彼は掲示板に群がる生徒達の中を横切って、職員室に向かおうとしていた。
「鬼瓦先生ー! おはようございます!」
私達はすっかり仲良しになっていた。
大勢の中で、しかも後ろから声を掛けたわけだが、絶対に気付いてもらえる自信があった。
距離もそんなに離れてないしね。
私の視線を辿ると、志音も先生に気付いたようで、同じように声をかける。
しかし、彼が振り返ることはなかった。
「え……無視、された……?」
「いや、聞こえなかったんだろ」
「私の声だけならまだしも、志音の声も……? あんな鼓膜が破れそうになりそうな大声が……?」
「そこまで張ってねぇよ。でも、妙だな」
志音は立ち止まって腕を組む。そして、難しそうな顔をして唸っていた。
こいつがこういうリアクションになるのも無理はない。
彼は人を無視するような人間ではないのだ。
あと、自分を呼ぶ声に敏感らしい。
これは打ち上げのときに自分で言ってた。耳がいいとかなんとか。
”人に飢えてるだけじゃね?”と宣った志音を慌ててしばいたので、よく覚えている。
とにかく、そんな彼にスルーされたというのは、私達にとって、かなり衝撃的だった。
「鬼瓦先生……何かあったのかな」
「さぁなぁ……ま、たまたまだろ。そろそろ教室行こうぜ」
「そうだね」
私達は時計を確認すると、小走りで教室を目指した。