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Lily paTch  作者: nns
期末テスト
102/239

98話 なお、普通に戦闘してるとする


 私は怯えていた。何にと問われれば、この状況にとしか答えようがない。

 目の前にいるバグは、大きいし黒いし火を吹くし、とにかく怖い。

 それは間違いないけど、私はそれと同じくらい、隣で斧を構えるクラスメートにも怯えていた。

 何? 樹ってあんなきゅうりみたいに斬れるもんなの?


 すぐ近くに転がる木を見る。断面が尋常じゃない。

 しかし逆に言うと、この斬れ味を持ってしても、あのバグを仕留めるのは容易ではないという事だ。

 私が手伝えることある? ないよね?


「山羊さんったら火吹くし、突進してくるし、困ってたのよ」

「突進のタイミングに合わせて斬っちゃえばいいんじゃない?」

「火吹きながら突進してくるのよ」

「こわ」


 確かにそんなことをされたら近寄れない。

 私達はバグと睨み合いながら会話を続ける。


「そこで、あなたにどうにかしてもらいたいんだけど」

「どうにか、か……」


 案が無いわけではない。

 しかし、失敗したときのリスクが大きすぎる上に、成功率が低すぎる。

 提案しようか迷っていると、痺れを切らしたのか、バグが奇声を上げながら突進してきた。


「べえええええ!!」

「っぶな!」

「札井さん! 屈んで!」


 私は左に、井森さんは右に避ける。

 なんとか転がって回避すると、そのまま指示の通り身を屈めた。

 直後、ぶおんという風切り音がした。

 顔を上げると、井森さんが両刃の斧を、ターゲットの横から投擲していた。

 バグは姿勢を低くしてそれを躱す。

 それはそのまま、私の頭の真上を回転しながら通過した。


「山羊よりも斧の方が危ないんですけど!?」

「そういう日もあるわ!」

「どんな日だよ!」


 私達は言い合いながらも、バグと距離を取るように広がる。

 突進を食らった大木はメキメキと、呆気なく倒れた。

 鳥達が樹から飛び立つ様子を眺めながら、私は確信した。

 直撃したら死ぬ。


「ねぇもう無理、帰りたい」

「帰ったらこれから毎日札井さんの家を尋ねる事になるけどいい?」


 やめて。

 うちのお母さんなんかほいほい家にあげそう。

 貞操の危機じゃん。


「長々とこのバグと戦ってる私が言うのもなんだけど、長期戦は不利よ」

「……だろうね」


 そんな気はしていた。

 バグの炎が無尽蔵だとしたら、逃げ回る体力が尽きた時に、

 取り返しのつかない怪我をすることになる。

 怪我で済めばまだいい、その規模の損失を被ることになるだろう。


「次で決めるわ」

「どうぞどうぞ」

「家に行くわ」

「やめて」


 絶対的な脅迫はズルい。

 こんなの、大概のことは従ってしまう。


 しかし、彼女には次で決める手立ては無いのだという。

 そこで私は、先ほど頭の中で却下したものを提案してみることにした。


「私があいつの目をまきびしで潰す、どう?」

「そんなことできるの?」

「前に狼相手にやったことがあるよ。口の中に入れて内側から攻撃したことも」

「それができればいいんでしょうけど、炎を吐いてる間は難しいでしょうね」


 火で口元が全然見えないし、吐き出す際に風も発生している。

 狙うのは容易ではないだろう。


 意識を集中する。

 そしてバグの背後にまきびしを呼び出す。

 ここからなら見えないだろう。そう思って呼び出したのだが、

 バグは振り返るとまきびしに炎を吐きながら飛び退いた。


「え……」

「そういえば、山羊の視界はほぼ360度と聞いたことがあるわ」


 なにそれチートじゃん。

 こっそり忍び寄って目潰し作戦が台無しだよ。


 狼と対峙した時は、志音のトライクに乗っていた。

 こちらもかなりスピードが出ている状態だったのだ。

 しかしここに志音はいない。

 残される道は、戦闘の中で隙を見て狙う。それだけだ。


「べええええ!!!」


 不意打ちを狙われたことが不服だったのか、バグは雄叫びのような声をあげる。

 口元に炎を溜め込んだかと思うと、細長い炎を横薙ぎに噴射した。

 顔の向きを変え、周辺を焼き尽くさんとする。


 ねぇ、今さらだけど、森でそういうことするのやめよ?

 火事になったら洒落にならないんだけど?


 そうは思っても、声にする余裕は無かった。

 私は屈んで、井森さんは跳んで回避する。

 だから、なんでアンタらそんな身体能力高いんだよ。


「仕方無い、ここで決めるわ!」


 着地と同時に、井森さんはバグに向かって走り出した。

 今の攻撃を何度もされればマズい、彼女が焦るのも無理はないだろう。


 井森さんに迎え撃つように、山羊は彼女へと顔を向ける。

 無我夢中で手を伸ばす。

 このままでは彼女が消し炭になってしまう。

 私はアームズを呼び出して、同時に念じた。


 盾になれ、と。


 バグと井森さんの間に現れたアームズは、ぎゅっと身を寄せ合って立ちはだかった。

 遠目に見ると鎖かたびらのようである。


 それらはバグの炎をほとんど防ぎきり、井森さんが間合いに入るまでの時間を見事に稼いだ。


 大きな斧が天に向けて振り上げられる。


 井森さんが跳ぶ。


 次の瞬間、彼女のアームズがバグの頭を、まきびしごと真っ二つに叩き斬り、

 勢い余って地面に深く刺さる。


「……お」

「はぁ……はぁ……」


 バグは声を発する器官すらも失い、音もなくモザイクに包まれて消えていった。


「や、やったー!」

「えぇ、どうなるかと思ったけど、あなたの土壇場の力に任せて正解だったわね」


 井森さんはそう言うと、手を差し出した。

 これを拒む理由は無い。

 私は彼女の手を掴み、握手する。

 堅く結んだ握手だったが、手を離そうとしたところで引き寄せられた。


「へっ」


 井森さんに抱きとめられ、耳元で囁かれる。

 やっぱり家行っていい? と。


「く……」

「く?」

「来んなああああ!!」


 彼女を突き飛ばし、怒りに任せて叫ぶ。

 手伝っても手伝わなくても貞操の危機とか。

 もう何を信じて生きればいいのか分からないわ。


「冗談よ。ありがとうね」

「……どういたしまして」


 と言っても、私はあんまり何もしていない。

 今回も私の端末が振動することはないんだろうな、と半ば諦めた気持ちで時を待つ。


「あら、メールだわ」

「おめでと」

「え? 札井さんは?」

「それ、帰還命令だから。帰れる人以外は来ないんだよ」

「……まさか、私に会う前にも?」

「うん。知恵と一緒にバグを倒したんだけどね。あいつがメール受け取って帰ってったよ」


 井森さんは若干気まずそうな顔をしている。

 別に、気を遣う必要はない。

 知恵の時ほど、私はデリートに貢献してなかったし。

 そう伝えると、彼女は首を振った。


「でも、あなたがいなければどうなっていたか、分からないわ」

「うーん、案外普通にデリートできたかもよ?」


 複雑そうな表情のまま、彼女は笑った。

 私もまだまだね、と言いながら。


「今回は助かったわ。もし志音とのことで何かあったら、遠慮なく言ってね。力になるわ」

「し、志音とのことって?」

「ほら、二人とも初めて同士でしょう?」


 心配そうに彼女は私を見た。

 彼女が何を言わんとしているのか、手に取るように理解できる。

 したくないけど、できてしまう。

 私は今日一番の大声をあげて、彼女に言い放った。


「とっとと帰れ!!!」



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