10話 なお、先輩は滅多な事じゃ引かないとする
実習では、私以外にやらかした生徒はいなかったらしく、皆が1時間程してから無事に帰還した。
というかこの実習でやらかした人間自体、私が初めてらしい。
栄えある最初の生徒になることができて光栄だ。
教室に戻る生徒達は、興奮冷めやらぬといった様子でざわめいていた。
右も左もはしゃいだ顔ばかり。
アルファ地点には一体何があると言うのだ。
窓ガラスに映った自分の顔は、当然ながら曇っていた。
そして翌日の放課後。
私達は廊下で雨々先輩を捕まえていた。
というか志音に腕を引かれて着いていっただけだけど。
「だからさ、私だって暇じゃないんだよ」
「先輩、それウソっすよね?」
「どうしてよ。失礼にも程があるでしょ」
「先輩はバーチャルプライベートの常連だっていうじゃないすか」
志音と雨々先輩が何やら話をしている。
アームズのことについて考え事をしていた私は、二人の会話をほとんど聞き流していた。
しかし、そんな状態の私ですら、雨々先輩がバーチャルプライベートの常連という情報は引っかかった。
「へぇ……意外ですね」
バグが発生する空間は世界共通だ、どこもかしこも繋がっている。
それとは対象的に、バーチャルプライベートとは、秘匿性の高いその人専用の仮想空間だ。
仮想空間は、当然だけど実際の質量を必要としない。
ただし、犯罪行為の助長等、様々な懸念事項があることから、新たに仮想空間を作る為には
資格と、国の許可が必要となる。
ちなみに資格の取得難易度はかなり高い。
今はAIが発達していることから、昔ほど数は減ったようだけど、弁護士と同等だと聞いた事がある。
空間の歪みの研究等、かなりマニアックな専門家が取るような資格だ。
「常連ってことは、許可証発行してもらったんですか?」
「えぇ、そうよ」
監督する資格者の推薦と国の許可があって、初めて許可証が発行される。
資格者だって、無闇に造り出した仮想空間を他人に提供出来る訳ではないのだ。
入学の時にパンフで読んだから知ってた。高校にしては珍しく、
資格者の先生がいるから、試験にさえ合格すればバーチャルプライベートが体験できるって。
「でも許可証をもらう試験ってすごい難しいんですよね?」
「難しいなんてもんじゃないらしい。試験だけじゃなく、普段の生活態度も見られるみたいだし」
「じゃあ志音には無理だね」
「入学初日に屁理屈こねて、初のバーチャル実習でイオナズン唱えたお前にだけは言われたくねぇよ」
先輩は私達の会話を聞いて大きなため息をついた。
呆れた、という声が聞こえてくるような、実に雄弁なため息だった。
「とにかく私は忙しいから。追試の期限は四日後。まだ札井さんのアームズも
決まってないみたいだし、今日私があなた達に付き合う必要は無いよね?」
先輩は私達に背を向けて歩き出した。
あっちは確か、バーチャルプライベートの体験室だ。
暇であることは否定しても、あの部屋の常連であることは先輩は否定しなかった。
つまりはそういうことだろう。
「だからその札井のアームズを見てもらいたいんですよ」
「私が見るまでもないでしょう? 授業で習ったと思うけど、いつでも変更できるものなんだから。
気軽に決めていいのよ」
「こいつがイオナズン唱えたの忘れました? 授業なんて聞いてないんですよ、こいつは」
「ちょっと待って」
これは聞き捨てならない。
この会話から察するに、志音は私のことを馬鹿だと思っている。
「あぁ? んだよ」
「私は授業を聞いた上でイオナズンという結論を出したんだけど?」
「なお悪いわ」
迷ったら最初は剣かピストルにすること。魔法や超能力は使えない。
アームズを呼び出すときはイメージを強く持つこと。
プロのデバッカーはいくつかのアームズを状況によって使い分けること。
同じアームズをイメージして呼び出せば呼び出す程、リンクが強くなってより威力が増していくこと。
授業の内容はこの通りちゃんと覚えている。
私は志音と先輩につらつらとこの内容を説明した。
しかし、何故か二人は絶句している。
「お前……マジでマジなんだな……」
「何がよ」
「どうしてここまで授業の内容を覚えているのに、理解できていないの……?」
またドン引きされている。
私、いま傷付いてる。
「前回の敗因は分かっています。私がイオナズンをイメージしきれていなかったことです」
「ねぇ分かってないよね、敗因1ミリも理解してないよね」
先輩がなんか言ってるけど、私は構わず続ける。
「イオナズンはいわば爆発。しかし私は爆発を体験したことはありません。
映画等で身近に感じていたので、きちんとイメージすることについてはクリアできる予定でした。
こればかりは私の見通しが甘かったと反省せざるを得ません」
「聞いて、反省するポイントそこじゃないから」
「私は試したいんです。私が考えたアームズがバーチャル空間できちんと発現できるかどうかを」
「……つまり、決まってはいないけど、候補はある、ということね」
私の真剣な眼差しを見て、先輩は息を飲んだ。
「はい。ゼロからの状態で先輩に頼りきる程、私だって愚かじゃありませんから」
「むしろゼロからマイナスにした愚か者だろ、てめぇはよ」
「志音は黙ってて。暇ならそこから外に出て」
「窓見ながら言うなよ!? ここ三階だぞ!?」
「先輩、お願いします」
「無視かよ!」
これが成功すれば、おそらく私はまた目立ってしまうだろう。
入学初日のように。いや、それ以上かもしれない。
だけど、アームズが強いに越したことはない。
ここで手を抜く程、私はバーチャルを舐めてはいないのだ。
「分かった。どういうアームズなの? 形態や名前を教えてくれる?」
根負けしたと言うように、先輩はまたため息をついた。
志音が心配そうに私の顔を見ている。
言っとくけど、あんたに心配されるほど私は落ちぶれてはいない。
そう言う代わりに、私はアームズの名前を叫んだ。
「名は、ライデインです!」
「お前どんだけドラクエ好きなんだよ」
「あ、じゃあ私は体験室行くね」
「待ってくださいよ!」
「行ってらっしゃい」
「志音!? 止めなさいよ!」
何がいけなかったのか全くわからない。
ただ一つわかることは、今の先輩は二度と振り返ることなく体験室に向かうということだけだった。