30.待ち受ける者
女神の神殿までの行き先は迷う余地は無かった。
正しく聖都の中央に位置しているからだ。
それに、聖都の人々は親切に俺達に道を教えてくれた。ついでに「今日はお休みで人がいないよ」とも。
無人の神殿に入り、中を進むと、運動場くらいありそうな屋外の広場に出た。
なんでも一般人も入れる集会場らしい。
そこに女神の三騎士の一人がいた。
「よく来たね。モヒー・カーンとその他二人」
「フィーティアとか言ったな。久しぶりだな」
腰に魔剣を佩いた女剣士は楽しそうに笑みながら頷く。
「久しぶりだね。モヒー・カーン。見ての通りだよ。人払いを済ませてある。いるのは三騎士と女神様だけさ」
「なんでこんなことをするんですの?」
シーニャが質問するとフィーティアはあからさまに不機嫌になって答えた。
「……ボクはカーンと話してるんだけどなぁ。まあ、いいや。簡単なことさ、トゥルグ様はカーンとの一騎打ちを望んでるんだ」
「では、そのためにここにいると?」
「そう。君達二人。ライクレイ姉妹だっけ? そこそこ強いから一緒に行って協力されると厄介なんだよね。だから……」
にっこり笑って、言う。
「だから、ここに一人残ってボクにやられてよ。そうしたら、ボクはトゥルグ様を助けにいける」
「あいつは一騎打ちが望みなんじゃねぇのか?」
「そうだよ。トゥルグ様は正々堂々としたことが好きだからね。それに凄く凄く強いんだ。でも、モヒー・カーン。君もとても強い。だから、ボクとカイエさんは決めたんだ。トゥルグ様の言いつけを破ってでも助けるってね」
なるほどな。負けたくないのはそちらも一緒か。国が危ないんだから、当然か。
「何としてもトゥルグ様を勝たせたいのですね」
「そういうこと。おっぱいお化けのお姉さん、流石に察しがいいね」
「……カーン様。ここはわたくしが残りますわ」
そういって前に出るシーニャ。手には既に杖を持っている。
俺は素直に考えていることを言った。
「いいけどよ。こいつを三人がかりで倒してとっとと進んじゃいけないのか?」
「あ…………」
俺の提案に、全員が黙り込んだ。
それが一番効率的だと思うんだが、誰も気づいていなかったのか?
「そ、そういう戦い方、卑怯だと思わないのか! 正々堂々! 正々堂々だよ!」
「俺のこの外見を見て正々堂々としてるとでも?」
「うっ……。そ、そうだ。君達はレイサムの街の一件でボク達に借りがあるはずだよ! 恩を仇で返すの? 見た目どおりの悪人なの?」
「む…………」
そうだ、と言いたいところだったが、レイサムの一件を持ち出されると弱い。
「カーン様。やはりここはわたくしにお任せを。この平たい胸族の娘に現実を教えてあげますわ」
「ボクの胸は平たくないよ! 普通だよ!」
確かにシーニャに比べればフィーティアの胸は平たいが……。
そもそもライクレイ姉妹が規格外なだけだ。
ていうか、お化け扱いされたの、地味にムカついてたんだな。
「いいのか?」
「ええ、修行の成果をお見せしますわ」
軽く杖を振るシーニャ。半透明スカートの表面に魔法陣が浮かび上がる。
「魔法使いなんて、ボクと一番相性の良い相手だけど、本当にいいの?」
怪訝な顔でフィーティアが言った。
「安心しろ。そいつは並の魔法使いじゃない。お前が俺とトゥルグの戦いの邪魔に来ることはねぇよ」
「へぇ、後悔しても遅いからね?」
「それはこちらの台詞ですわ」
それぞれが不適な笑みを浮かべ、対峙した。
これはもう手出し無用だな。
そう判断した俺とセインは、先に続く通路へと向かった。
フィーティアがそれを止める様子はない。
「シーニャ、頼んだぜ」
「姉上、ご武運を」
短い言葉をかけると、シーニャから返事が返ってきた。
「カーン様。勝利を信じておりますわ」
○○○
真っ直ぐに伸びる通路を行くと、また広い空間に出た。今度は屋内だ。
「来たか……」
そこにいたのは温和な聖騎士カイエだった。
「事情はフィーティアから聞いてるぜ。ここでセインを倒してトゥルグの加勢をするつもりだな?」
「その通り。が、それが容易にできるとも思っていない」
カイエが剣を抜くとセインが無言で前に出る。
「実は、聖騎士時代から一度、カイエ先輩と本気で戦ってみたいと思っていたのです。先輩はいつも手加減してくれていましたから」
「今は手加減が必要なように見えないがな」
剣呑な会話をしながらも二人は楽しそうに笑っていた。まさかこいつら戦闘狂か。
「どちらの剣が上か確かめるとしよう」
「両親の件で世話になったとはいえ。負けるつもりはありませんよ」
駄目だな。既に互いに間合いを計ってる。完全に二人の世界だ。
通り抜ける時にこっそり後ろから斧を投げたりしちゃ駄目かな。
「カーン殿。先に進んだ振りをしてカイエ先輩を不意打ちするのは無しですよ」
読まれていた。
仕方ない。ここは任せよう。
そもそも、トゥルグの望みは一騎打ちだ。そうしてやろうじゃないか。
「じゃあ、奥の方で待ってるぜ」
「ご武運を」
走り去ってすぐ、激しい戦闘音が聞こえてきた。
○○○
誰もいない荘厳な神殿の中をしばらく進むと再び屋外に出た。
これまでに無い広い敷地の庭園だ。
手入れの行き届いた植物の向こうに光の柱が見える。位置的に下から見上げる形だ。
そして、視線を下げると光の柱の発生源である建物が見えた。
白く四角い建物。それほど大きくはない。
恐らく、あそこに女神がいる。
そこに辿り着くためには最後の障害を取り除かなきゃならない。
「ここまでは随分あっさり来れたな」
「拍子抜けしたか?」
剣を手にした女神の三騎士のリーダー、トゥルグが軽い口調で聞いてきた。
「いや、楽が出来て助かったぜ」
「だろうな。他の手段を取ろうか、かなり悩んだものだ」
「後悔してるか?」
「いや、卿と戦争をしたいわけではない」
正直、ここに来る前の話し合いの件でトゥルグに悪い印象はない。
むしろ力を貸してやりたいとすら思う。
だが、生き返らなきゃならないのも事実。
女神に会えたら、いくらか話してみよう。
「俺がすぐに女神を連れ去るつもりはないとか言っても、信じてくれねぇんだろうな」
「意志の確認は既に済ませた。後は力比べといこうではないか」
「悪いけど。俺は強えぞ?」
「それはこちらも同じだ。日々、精進している」
どれ、ステータスを確認してやるか。
【トゥルグ・ミロスワ】
種族:人間(上位種)
職業:女神の騎士
力 :160(640)
魔法:108(432)
速さ:180(720)
防御:192(768)
魔防:260(1040)
スキル:
・女神の加護(強)(ステータスを4倍する)
・失われた王国の剣技L10
備考:古代に滅びた大王国の王族の生き残り。
なんか、前より加護が強くなっている。
「ずりぃぞ! 女神に頼んで加護を強くして貰っただろ!!」
「卿ほどではない! そちらはそもそも人間ですらないだろう!? 行方不明になった一ヶ月間で髪の毛の色が変わる怪しげな技を身につけおって!」
「あっ、さてはレイサムの街でちゃっかり監視してやがったな!」
「当然だ! 何の理由も無く情報を渡すと思ったか!」
クソッ、抜け目の無い奴だ。天使形態で脅かせると思ったのに。
俺は斧を構え、臨戦態勢に入る。
「安心しろ、命は取らねぇ。アンタにゃ恨みも怒りもねぇからな」
「それはこちらもだ。女神様を諦めてもらう!」
その言葉を聞くなり、俺は地面を蹴ってトゥルグに斬りかかった。
並の戦士なら反応できない速度と威力だ。
しかし、トゥルグはしっかりそれに反応する。
斧を切り払い、そのまま返す刃を俺に仕掛けてくる。
「うおっ!」
早い。慌てて斧で防御。
距離を取って様子を見ようと地面を蹴る。
しかし、トゥルグはそれを許さなかった。
奴は容赦なく俺に接近し、連撃を仕掛けてくる。
「ちょっ、はやっ……!」
攻撃が早い。捌き切れない。
「遅いぞ!」
目でも感覚でも追い切れない剣閃が俺を捉えに来る。
「チッ、しょうがねぇ」
俺は心の中に向かって叫んだ。相手はもう一人の自分だ。
『これが最後の戦いだ。頼んだぜ!』
短い言葉に、返事は無い。しかし、俺の体へ変化という形で明確に現れる。
「ぬぅっ!」
異変に気づいたトゥルグが慌てて下がる。
「報告にあった怪しげな魔法か……」
「その通り。そう簡単にはやられねぇぞ」
俺の全身を魔力が巡る。
俺には見えないが、モヒカンが銀色が変わり、背中に羽が生えているはずだ。
天使形態。これを使ったからには、短期決戦で行かせて貰う。
「一気に決めさせて貰うぜ」
「元より、長期戦のつもりはない。心配性な部下が来てしまうのでな」
「……それはこっちも同じだぜ」
俺とトゥルグは同時に地面を蹴った。




