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28.姉妹の復讐 その2

 仇であるマイクスに戦闘能力はない。よって、倒すべき相手はジエードを含めた四人だ。

 幸い、状況は非常に整っていると言えた。

 通路という一直線の狭い空間。それを封鎖した結界魔法。そして、命の取ることを迷わないでいい相手。


「セイン、前へ。まずは数を減らします」

「はい!」


 セインが盾となるべく剣を手に前へ出る。手にした剣は雷光をまとい、足止めで終わらない覚悟を意思表示している。

 シーニャは素早く杖を振る。半透明スカートの周囲を杖が舞うと、周囲に赤い魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣の密度も速度も以前とは比較にならない。

 タイシャによって授けられた技術により、スカートには以前の数十倍の量の魔法が圧縮して書き込まれているのだ。


 起動したのは魔法の矢。光の矢が飛ぶだけという基本に属する攻撃魔法である。しかし、基本だからこそ、術者の技量がものを言う。

 今のシーニャが打ち出す魔法の矢は自在に軌道を描き、上等な金属鎧程度なら容易に貫く。


 戦場は狭い通路。二人並んで戦うことも難しい。だからこそ、この魔法が役に立つ。


「行け……っ」


 杖を振る。魔法陣が小さめの槍へと転じ、それぞれ別の軌跡を描き敵に殺到する。


「なん……っ!」


 セインを避けて飛来した光の矢を、黒の戦士団の戦士達は避けきれなかった。今日のシーニャに容赦は無い。胸を貫かれ、その場で絶命して崩れ落ちる戦士達。


「やはり……貴方には効きませんのね」


 黒の戦士団の頭目ジエード。彼だけは光の矢を剣で打ち落としていた。後ろでかばわれているマイクスも無事だ。


「この短期間でよくもまあ、力を上げたものだ。魔剣で無ければ即死だったぞ」


 そう言うジエードには余裕すら垣間見えた。

 やはり、彼だけは格が違う。


「…………」

「姉上、大丈夫です。私達なら」


 一瞬心の中に浮かび上がった弱気をセインが打ち消してくれた。この妹は、久しぶりにあった時からずっと、真っ直ぐな心で自分を支えてくれる。


「マイクス。残念な知らせだ。……楽には勝てん」

「なんだと……」

「無事でいろよ」


 目の前のジエードはそう言い捨てると、懐から小さな宝石を取り出し、それを飲み込んだ。


「……なにを?」

「……セイン! ジエードを斬りなさい!」


 疑問を浮かべたセインに、焦りを帯びた声でシーニャが指示を出す。

 ジエードが飲み込んだ宝石に思い当たるものがあったからだ。


「ジエード! 覚悟!」


 鋭い踏み込みと共に、セインのジエードに剣を振る。

 しかし、斬撃は軽々と弾かれた。


「くっ……この力は……」


 タイシャの修行を受けたセインはちょっとどころではない怪力だ。

 それが弾かれ、しかも数歩、後退していた。


「あれはきっと、狂戦士の宝珠ですわ……」


 正気と引き替えに自分の限界以上の力を引き出すご禁制の品だ。戦士団などが絶望的な戦況を覆すためや、仲間を逃がす時に使うと聞いたことがあった。


「ぐ、う、おおおおおおお!」


 ジエードの雄叫びが、屋敷の通路を揺らす。

 まるで、体が数倍に膨れあがったかのような印象を受ける強烈な殺気が姉妹に降り注ぐ。


「ひ、ひぃぃぃ!」


 マイクスは心底恐怖した様子で、床に座り込んでいた。隅の方で静かにしていれば、巻き込まれずに済むだろうかとシーニャは思った。


「セイン、いけますわね?」

「勿論です。私と姉上、二人がかりならば倒せるはずです!」


 シーニャが杖を振り。セインが剣を構え前に出る。

 発動したのは援護魔法。セインの全身が光に包まれた。


「うおおおおお!」

「ぐおおおおお!」


 黒い剣と雷光の剣がぶつかり合い、飛び散った魔力が結界を揺らした。強すぎる魔力の衝突は弱い結界くらいなら軽く吹き飛ばす。シーニャの用意した結界は弱くは無いが、この攻防で長く持つかは正直怪しい。


「短期決戦ですわ! 光よ、刃よ、鎖よ……っ!」


 スカートの周りを杖が踊る。展開された魔法陣が転じたのは光の矢と影の刃、そして拘束の魔法。


「いきなさい!」


 セインと激しく剣をぶつけ合うジエードにそれらを叩き付けた。

 狂戦士となったジエードは回避しない。それを全て受け止めた。

 光りの矢は右肩に、影の刃は膝に、そして鎖は左手を天井から拘束した。


「セイン、今のうちに止めを!」

「……おおおおおおおおお!」


 ジエードの叫びと共に、シーニャの指示は実現不能になった。

 ジエードの体に刺さった魔法の全てが、雄叫び一つで砕かれたのである。

 狂戦士化により、ジエードの体内魔力が爆発的な勢いで吹き出ているのだ。今のジエードは人間の限界を凌駕している。


「……なるほど。狂戦士一人で戦線を支えると謳われるわけです」


 剣を構え、セインが言う。声には驚きや恐怖といった感情が交ざっているが、諦めは無い。


「姉上! そうは言っても人間です! 倒せるまで繰り返しましょう!」

「わかりましたわ!」


 ライクレイ姉妹とジエードの我慢比べとも言える激突は、そのまま続行した。

 セインとジエードが激突すること五回。

 合間のシーニャの魔法が炸裂すること三回。

 ジエードの剣が何度かセインを貫きかけたが、その度にシーニャの魔法で剣の軌道をずらした。

 それでもセインは手傷は負うが、相当な傷であっても二人は魔法で癒やすことができる。


 対して、狂戦士ジエードは倒れない。

 致命傷と言える傷を負い、普通なら動けなくなる出血をして尚、雄叫びを上げ、ライクレイ姉妹の前に立ちはだかった。

 恐らく、狂戦士の宝珠の効果が切れれば、彼は死ぬだろう。

 だが、狂戦士であるこの男は、いまだ動きを止める気配を見せない。


「セイン、大丈夫ですの?」

「……なんの、まだまだ」


 大きな傷こそないが、満身創痍なセインが答えた

 このままでは、セインが持たない。

 シーニャが結界が破壊されることを覚悟して、大きな魔法を使おうかと思った時だった。

 戦場に、新たな人物が現れた。


 それは、壁を吹き飛ばして轟音の共に現れた。


「ヒャッハアアア!!」


 斧を手に、数人の戦士団の人間を結界ごと吹き飛ばして現れたのは、モヒー・カーンだった。


「カーン様! その姿は!」


 せっかくの結界が壊れたことよりも、カーンの登場に気を取られてシーニャが叫んだ。

 今のカーンはモヒカンが銀髪になり、背中には小さな翼が生えていた。

 天使形態。自身の人格崩壊の危険があるという、危険な奥義である。


「思ったより数が多い上に、練度が高くてな。最初の混乱が収まったら上手く襲いかかってきたから、手っ取り早い手段に出た」


 そう言ってカーンは、痛みに顔を引きつらせながらも剣を手にした戦士団の者に、容赦なく斧を振り下ろした。

 血しぶきが、瓦礫だらけになった屋敷を彩った。


「もう少しかかりそうだな? 俺は武装してる奴を順番に始末しとくぜ」


 フランクな口調でそう言うとカーンは斧を肩に担いだ。

 あまりにも頼もしすぎる姿に、一瞬だけシーニャが微笑みかけた時だった。


 ジエードの動きが、止まっていた。

 戦場に現れたカーンを見て、微動だにしない。それどころか、怯えた目でカーンを見ていた。

 狂戦士と化し、本能のまま戦うジエードの感覚が、天使の存在に恐怖しているのだ。


 そう理解したシーニャは、いきなり動かなくなったジエードを警戒してか、硬直していたセインに指示を出す。


「セイン! 今です! ジエードはカーン様に気を取られていますわ!」

「はっ! はいっ!」


 動き出したセインを見て、シーニャも杖を振る。スカートから魔法の矢が放たれる。

 放たれた光の矢はセインを避けつつ、ジエードの両の太ももに突き刺さった。

 痛みを忘れた狂戦士といえど、傷の影響までは無視しきれない。

 接近するセインに対して、ジエードはまともに動きを取れない。


「雷光よ! 貫け!」


 セインが繰り出したのはかつてダークドラゴンを貫いた時と同じく、光の槍と化した魔剣の一撃。

 落雷そのものといえる轟音が響いた。


 雷そのものとも言える一撃は、ジエードの鎧ごと、上半身に風穴を空けていた。

 肉の焼ける匂いが周囲に漂う。雷光の熱のためか、ジエードの体から血はほとんど出ていない。


「だああああああ!」

 

 セインの攻撃は止まらない。相手は狂戦士だ、常識は通じない。事実、ジエードの腕はゆっくりだが、まだ動いている。

 油断をしなかったセインの剣は、ジエードが最後の一撃を繰り出すよりも早く勝負をつけた。

 雷光の魔剣は光を煌めかせながら、ジエードの首と胴体を容易く切断したのだ。


「見事なもんじゃねぇか」


 攻防を見守っていたカーンが、満足げに頷きながら言った。

 床に転がるジエードの首は不思議なものを見るような怪訝な顔をしていた。


○○○


「た、頼む! 謝るから殺さないでくれ!」


 月並みな謝罪の言葉を叫びながら、俺達の目の前でマイクスは失禁しながら土下座していた。

 マイクス、ライクレイ姉妹の仇。その見た目は、冴えない中年そのものだ。いや、恐怖と涙でぐちゃぐちゃになった顔でなく、整えれば温厚な紳士に見えるのかもしれないが。

 まあ、どうでもいい。俺にとって、こいつは大悪人だ。惨めな姿こそ相応しい。


「なんであんなことをやりましたの?」

「か、金だ……。商会で偉くなった時に、薬草栽培の知識を買われて、それでジエードに取引を持ちかけられたんだ……。畜生、上手くいってたのに」


 なんてしょうもない理由だ。


「何も上手くいってねぇよ。女神の国が本気出して調べりゃ、お前の悪事は一月で丸裸だったぜ」

「そんな……」


 がっくりとうな垂れるマイクス。悪事をするには色々と足りない男だったようだな。


「カーン様、よろしいですか?」

「二人とも、私を殺す気ですか? この国の官憲でもないのにそんなことをすればどうなると……」


 苦し紛れとも言える発言に、剣を構え、祈りを捧げながらセインが答える。


「問題ない。女神の国から許可は出ている」

「え……」


 驚愕するマイクス。畳みかけるように、シーニャが杖を振りながら叫んだ。


「マイクス、父と母の仇。その命で償いなさい!」


 マイクスの胸に魔法の矢が数本突き立った。


「げっ……助け……」


 血を吐きながらの命乞い。どうやらシーニャの奴、少し手加減したらしい。喋れる程度の威力に魔法を調節したようだ。

 理由は簡単、この場には、敵討ちをすべき人物がもう一人いる。


「命乞いはお断り致しますわ。セインッ!」

「父上の母上の仇! 思い知れ!」


 力強く宣言したセインの一撃で、マイクスの首と胴体は切り離された。


 この日、レイサムの街の豪商、ライクレイ商会の屋敷の主とその護衛である黒の戦士団は全滅した。

 実行犯は不明だが、官憲が動かなかったことから、街の人々は女神の国の中枢が動いたのだと噂し合った。


 

 元々、黒の戦士団が居着いて以来評判の悪かった商会だ。街の人々の多くはほっとした様子だった。

 そして、人々は語ったという、「誠実だった先代と出来の良かった娘達いれば、こうはならなかったろうに」と。



○○○


 レイサムの街から離れた山中。

 その一角にある隠された花畑に俺達はいた。

 夕闇の中、白と黄色の花に一面が彩られた幻想的な景色が広がっていた。


 これが全部、麻薬の花だってんだから恐ろしい。綺麗だからこそ、危険なのだろうか。物騒な話だ。

 俺達はマイクスのやったことの後始末をすべく、屋敷を出て真っ直ぐここにやってきていた。


「カーン様、お願い致します」

「じゃ、始めるぜ」


 斧を構える。こういう時に相応しい能力を、この斧には付与されている。


「汚物は消毒だあぁぁぁぁ!」


 麻薬畑が斧から吹き出た爆炎に包まれた。

 魔法の炎は普通の燃え方をしない。俺が対象に指定したものを焼き尽くすまで燃えさかる。


 炎に包まれた麻薬畑から視線を移し、俺は言う。


「二人とも、この後はついてこなくてもいいんだぜ?」


 これから俺は目的を果たすために女神の国の中枢に向かう。そこでは確実に、女神の三騎士が待ち受けている。

 女神の三騎士はシーニャとセインにとって敵じゃない。無理に戦わなきゃならない相手でもない。そのくせ、危険すぎる相手と来ている。

 俺は、ライクレイ姉妹がここからの旅に関わる必要は無いと思っていた。


 俺の問いかけに対する返答は早かった。

 美人姉妹はちょっと怒った様子でそれぞれ口を開いた。


「怒りますわよ?」

「全くです。ここまでお世話になった方に恩返しもしないとなれば、両親に会わせる顔もありません」


 そう言う二人の顔を見て、説得不可能だと察した。女神の三騎士と確実に戦いになるってのに、スッキリした顔をしていやがる。

 たしか、どこかで一蓮托生とか言っちまったしな。


「すまねぇな。力を、貸してもらうぜ」


 俺が頭を下げると、二人は魅力的な笑みを浮かべてながら頷いていた。


 そして、俺達は女神の国の中心へと旅立った。

真面目な話はこれで終わり、次からは軽めのノリの最終章に入ります。

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