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18.ヴルミナの抱える問題

 翌日。昼過ぎに役場に行くまでの時間、俺達は街へ出かけることにした。


「初めての街。初めての買い物か。……別に欲しいもんとかねぇんだよなぁ」


 シーニャに貰った小銭を見ながら俺は呟いた。装備品は神様から支給されるので旅道具を揃える理由は薄い。使命を果たしたら日本に帰るが、別に土産を持っていけるわけでもない。


「美味いもんでも食い歩くか……」


 ヴルミナに到着するまで、ろくな食事にありつけなかったうっぷん晴らしでもするかね。


「まあまあ、カーン様は食べ物ですの」

「食事の前に、軽くこの辺りを回りませんか? どこに何があるか知っておくのは大事ですよ?」

「おう。それもそうだな」


 何気ない呟きだったが、隣にいる姉妹にしっかり聞かれていた。

 そもそも食べ歩きをするにしても、街の地理が頭に入っている方が有利だ。

 俺は素直に三人で町歩きすることにした。


 それからしばらく、俺達はヴルミナの街の中心に向かいながら、町歩きを楽しんだ。

 様々な市場、壮麗な噴水、職人の集まる地区、初めての異世界の街は全てが物珍しく、眺めているだけで飽きることがない。

 そしてちょっと高めの店が並ぶ通りに来たところで、姉妹の足が止まった。


「どうした? なんかあったか?」


 二人はじっとある店舗を見つめていた。

 俺はピンときた。

 その店の看板が、雄弁に何を扱っているか語っていたからだ。


「あの店は……本屋だな?」

「正解です。流石はカーン殿ですね」

「実はあのお店、わたくしの友人が立ち上げたお店なんですの。この街にも出来ていたんですのね」


 嬉しそうにシーニャが語る。

 その後、興奮気味に早口で聞かされた内容によると、印刷系の古代魔法とやらのおかげで本が大量生産されるようになったらしい。そういえば、彼女のステータスにもそんなことが書かれていたな。

 

 シーニャはとても楽しそうに、生き生きと研究について教えてくれた。

 この姿こそが、シーニャの本来あるべき姿なのだろう。

 復讐などなければ、今もどこかで本当に好きなことに打ち込んでいたに違いない。


「……なあ、俺はその辺で何か食ってるから、二人はあの本屋に行ってきたらどうだ?」

「えっ。いいんですの?」

「しかし、それでは、カーン殿が……」

「俺の心配はしなくていいぜ。せっかくの街なんだから、買い物を楽しむくらいするべきだ」

「カーン殿……」


 勿論、一緒に本屋に入るという選択肢もある。異世界の本に興味が無いといえば嘘になる。

 しかし、俺なりに思うところがあった。

 この姉妹は復讐の旅をしてきて、俺の想像以上にストレスを抱えているのでは? というものだ。

 

 昨日、宿の女将さんが『前は明日にでも死んでしまいそうな様子だった』といったことを言っていたのが、思いのほか俺の脳裏に深く刻み込まれていた。


 二人のためにも息抜きは必要だ。作家(微エロ)と腐女子の二人には、存分に本屋を楽しんで貰おう。


「カーン様、あの、本当に良いのですか? 私も姉上も、本屋に入ったらなかなか出て来ませんよ?」

「いいことじゃねぇか。夢中になれることがあるのはいいことだ」

「……セイン、お言葉に甘えましょう。では、カーン様、後ほど」


 にかやかに微笑みながら、シーニャに礼を言われた。

 お言葉に甘えるとか、俺が凄い気を使ってるみたいじゃねぇか。単なる思いつきなんだがな。


「それじゃ、昼前に集合だな。昼食はおすすめのとこで頼むぜ」


 二人を本屋の前に置いて、俺は出店の出ている通りへと一人歩いて行った。


○○○


 姉妹が本屋にいる間、俺は露店の出ている通りで肉の串焼きやら、よくわからない包み焼きやらを食い荒らし、その後、戦利品を大量に抱えた姉妹と合流して、また肉料理を食べた。


 自分でも心配になるくらい食べたが、身体のほうは何ともない。天使の肉体のおかげだ。

 そんなわけで、街を楽しんだ俺達は、カインズの待つ役場へと足を踏み入れた。


 ヴルミナの街の役場は広い。というか、城だ。

 実はこの街、昔は小さな国の王都だったらしい。

 その名残である城を、現在は役場として利用しているということである。


 城に入って名を名乗ると、入り口近くのロビーみたいな場所で待たされた。どうやら、カインズが来てくれるらしい。 


「元々役所には来るつもりだったのです。山賊や魔物などの報奨金の情報が貰えますから」

「ほう。冒険者ってやつか?」

「? その言葉は初耳ですわ。神の世界のお言葉ですの?」

「いや、俺の知ってる世界だと、色んな厄介事を解決する人間のことをそう言う文化があってな……」


 フィクションの中だけどな。どうやら、この世界では冒険者という職業は確立されていないらしい。

 

 そんな他愛の無い話をしていたら、カインズがやってきた。 


「ああ、良かった! 三人ともいらっしゃってくれた。昨日はご迷惑をおかけ致しました!」


 嬉しそうに挨拶をしてくるカインズは、ジャケット姿の真っ当な感じの服装をしていた。髪もしっかり整えて、昨日酒場で飲んだくれていたのとは別人のようだ。敬語だし。


「……酒飲んでないと本当にマトモなんだな」

「お恥ずかしい。最近は深酒しないように気をつけていたのですが。仕事が立て込んでいることもあってつい……」

「カインズ君は頑張り屋ですものね」

「酒は光神も否定していないが、ほどほどにな」

「相変わらず厳しい……。でも、二人にもう一度お会いできたのは本当に嬉しいです」


 ライクレイ姉妹の言葉に照れながら苦笑するカインズ。その態度からは好青年という印象しかない。宿の親父さんが「酒さえ飲まなきゃ」と言っていた理由がわかる気がする。


「それで、何の用なんだ?」

「おっと、失礼致しました。こちらの部屋にお越しください」


 カインズに案内されたのは広い部屋だった。式典用だろうか? ちょっとした講堂くらいの広さと高さがある。

 室内では急がしそうに椅子やら書類やらを持って走り回る役人達と、俺達のような武装した連中がいた。

 

 カインズに案内されてやってきた俺達は注目の的なので、遠慮無くこちらかも見返してやった。

 武装している者達の性別、年齢は様々、何となく雰囲気から腕利きの気配がする。

 試しに何人かステータス鑑定をしてみると、予想どおり、全員がライクレイ姉妹と同等くらいの数値を示していた。 


「カーン殿、気づきましたか?」

「全員腕利きだな……」

「これは、特別な依頼があるということですわね」

「その通りです。少々お待ちください、準備がありますから」


 そう言って、俺達に一礼してカインズが離れていった。よく見たら昨日の舎弟二人もここにいて、カインズの指示を受けて忙しく動いている。意外と勤勉だ。

 

 しばらくすると、室内に整然と椅子が並び、掲示板が用意された。まるで説明会の会場のようだ。

 俺達は促されるまま着席した。

 するとカインズが司会として話が始まった。意外と責任ある立場にあるようだ。


「今日皆さんにお集まり頂いたのは、ヴルミナの街から、特別な依頼があるからです」


 周囲がどよめく。が、その割に驚いた顔をしている者はいない。この程度は予想済みか。


「ご存じからも知れませんが、今、この街は危機に瀕しています。交易で栄えるこの街に遠からず大きな打撃を与えるものが存在します」


 カインズの後ろの掲示板に紙が貼り付けられる。

 とても大きな掲示板全体に張られた、大きな紙の正体は地図だった。

 ヴルミナの街と街道、その周辺の山や森。

 特徴的なのは人の住んでいなそうな場所にいくつか×印がついていることだ。


「皆さんには、この街を脅かす山賊の退治に協力をお願いしたいのです」


○○○


 ヴルミナの街は女神の国の周辺では最も大きな街だ。

 そのため、女神の国からもたらされるものも多い。

 具体的に言うと、品質の良い農産物や工業製品、新しい魔法、女神の国を目指す旅人などがそれにあたる。

 

 この世界に突如出現した女神の国、色々と混乱もあったが、ヴルミナは経済的な利益を享受していた。 

 その反面で、女神の国によって起きている災いもあった。

 

 それが山賊だ。

 それも高品質な山賊だそうだ。


 なぜ高品質なのか? それは彼らの大半が女神の国に吸収されて無くなった国の騎士団の成れの果てだからである。

 最終的に山賊に落ちつくような騎士なので、ろくでもない奴ばかり。しかし、その実力は本物。

 装備も練度も揃った元騎士の山賊は、ヴルミナの街の兵士だけでは対処しきれない。

 そこで、腕利きの旅人や傭兵を雇って、対処に当たることになった。

 

 俺達の前で頑張って説明してくれたカインズの話は、だいたいそんな感じだった。


「女神の国へ続く街道は治安が確保されているのですが、それ以外が問題なのです。このまま山賊がのさばり続けると、この街に大きな影響があるでしょう」


 どうかご協力をとカインズは頭を下げた。昨日の酔っ払った時と大違いな真面目さだ。


「話はわかったが、報酬はどうなんだ?」


 傭兵の一人が質問した。金の質問は大事だ。命がけで戦うんだ、安い報酬じゃやる意味がない。


「出撃する度に金貨三枚。山賊団一つが討伐されるごとに、一人当たり金貨十五枚で考えています……」


 おお、と周囲から声があがった。一回戦うだけで約一月分の収入。山賊団を潰せば半年分のボーナスか。しかし、これが多いのか悪いのかわからないな。


「今の報酬、多いのか?」

「ええ。相場の三倍はありますわ」

「それだけ手強い相手ということでしょう」


 報酬は多いが危険も多いということか。見れば、他の連中も考え込んでいる。リスクに見合うだけの収入か判断しかねているようだ。


「今回はそれだけではありません」


 俺達の反応は想定内という様子で、カインズが話を続けた。


「山賊が貯め込んだ金品について、街で確認したあと、協力者に特別報酬として一部受け渡します」


 うおおおお! と歓声があがる。


「これっていいのか? なんか凄いまずいことやってる気がするんだが?」

「……通常、山賊の宝物などは街が全部没収していきます。異例の対応ですね」

「普通、山賊団の討伐なんて、権力者しかできませんもの。傭兵が協力することがあっても給料を貰うだけで、現場で少しの金品をこっそり懐に入れるのがせいぜいですわ」

「よっぽど困ってるんだな」


 俺の声が聞こえたわけではないだろうが、カインズが心底困ったという声音で説明を続けた。


「ヴルミナの街の周辺には山賊団がなわばり争いをし、山賊から商人の護衛をする山賊までいるくらいです。勿論、半ば無理矢理ですが……。今回の報酬は、特例中の特例です」


 街道の治安は大分乱れているみたいだな。そりゃあ役場も特別対応するか。


「どうか。多くの方の協力をお願い致します」


 最後にカインズと役人達が俺達に頭を下げて、依頼の説明は終わった。


「二人とも、この依頼はどうなんだ?」


 俺はこの世界の事情に詳しくない。カインズは信用できそうだが、ヴルミナの街の役場が約束どおりの報酬を払うか判断できない。

 ここはライクレイ姉妹の判断を扇ぐとしよう。


「……もともと、わたくし達は役場でこの手の依頼を受けて路銀を稼ぐつもりでしたの」

「実入りがいいですからね。それに、今回は特別報酬までついている」

「……なるほど。決まりだな」


 どれ、山賊狩りで治安に貢献して、一稼ぎするとするか。

そんなわけで、モヒーさん達の路銀稼ぎはリナ・インバース方式になります(古い)。

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