10.妖精からの依頼
森の中を進むと、妖精の里があった。
一言で言うと、メルヘンな場所だった。
切り株やきのこなどを模した、うさぎ小屋くらいの小さな家が点在する花園とでも言うとイメージできるだろうか。
俺達は妖精の里の中心から少し離れた場所にある、人間用の大きな家へと案内された。
来客用にこういった建物をいくつか用意してあるそうだ。
室内に入り、テーブルと椅子が並ぶ応接に案内される。
妖精達がクッションを持って来て気絶しているシーニャの寝る場所を作ってくれた。親切だ。マッチョだが。
「筋肉は苦手でしたかな?」
「いや、それはないと思うんだが……」
苦悶の表情で気絶するシーニャを見て、ナイスミドルが聞いてきた。
マッチョが苦手なら俺を見た瞬間に攻撃しているはずだ。単純にマッチョ妖精が不気味だったんだろう。口には出せないが。
「う……う、ん……ん……」
悩ましい声をあげて、シーニャが身じろぎした。
「どうやらお目覚めみたいだな」
「暴れたら即座に押さえましょう」
俺とセインが身構える。
シーニャは顔を押さえながら、ゆっくりと身体を起こした。
「……ここは? たしか、素晴らしく筋肉の発達した妖精をみたような……」
「それは見間違えじゃねぇぜ。ほれ」
「ひっ! ……やっぱり、見間違いじゃありませんでしたの」
俺がその辺にいるマッチョ妖精を指さすと、シーニャは一瞬だけ驚いた。攻撃はしない。どうやら、多少落ちついたらしい。
「姉上。大丈夫ですか?」
「はい……。そちらの服を着ている妖精さんが、きっと長老さんですのね」
テーブルにお茶を並べているナイスミドルに向かってシーニャは微笑んだ。
「よくわかりましたな」
「我が家に伝わる伝承通りの服装をしておりますもの。……ちょっと、身体を鍛えてますけれど」
「ホホホ。流石はライクレイの子孫ですな。仰るとおり、私がこの里の長老です」
空中で頭を下げる長老。俺達もつられて返礼した。
「シーニャ・ライクレイですの。こちらは妹のセイン。この逞しいお方はモヒー・カーン様。わたくし達の仲間ですわ」
立ち上がったシーニャがそう挨拶すると。俺達はそれぞれ椅子へと案内された。
席に座り、テーブル上に人間用のお茶入りカップが配られる。ちょっと甘いそうだが良い香りのするお茶だ。
話し合いは、シーニャの謝罪の言葉から始まった。
「先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありませんでしたの。資料で読んだ妖精の姿とあまりに違うので……」
そう言って頭を下げるシーニャを長老は手で制して笑顔で言う。
「確かに、今の私達の姿は人々の伝承とはかけ離れておりますからなぁ」
「あの、なんでそのような逞しい姿をしていらっしゃるのですか? 妖精というのはもっとこう、儚い存在だと聞いていたのですが」
その通りだ。ここまでの道すがら聞いた話では、妖精というのは儚く可憐な存在。そして悪戯好きということだった。
残念なことに、俺達が目にするのはマッチョな男妖精ばかりだ。話が違う。
「ふむ……では、まずは我々の事情を説明致しましょう。――全ては二年前、女神が現れたことが始まりです」
長老の話はこんな感じだった。
二年前、女神が世界に現れた際、この里に現れ、妖精達に「女神の国に来ない?」と声をかけた。それも女だけに。
好奇心に負けた女妖精達は全員『女神の国』へ行ってしまった。
残された男妖精達は、いつの日か女妖精を取り戻すため、身体を鍛え始めた。
そして、今日に至る。
「いや、鍛えすぎだろ……」
里の男妖精全部マッチョになってるし。しかも長老以外半裸だし。別の種族みたいだぞ。
「なんだか途中から楽しくなってしまいましてな。私達妖精は基本、享楽的な生き物なのです。実は『女神の国』へ行った女妖精達の気持ちもちょっぴりわかるのですよ。……楽しそうだったのでしょう」
「妖精は享楽的。ライクレイ家に伝わる伝承通りですわ」
「ホホホ、ご先祖様にはとてもお世話になりましたよ」
そうですか、と何とも言えない気持ちで答えつつ、俺達はお茶を口に運ぶ。
「っ! この飲み物……美味いな」
カップに入っていたのはお茶ではない飲み物だった。
蜂蜜とレモンのジュースみたいな味わいと、不思議な清涼感がある。結構甘いんだが後味が残らない。
「本当ですわ。あの、これは何という飲み物なのですか?」
「妖精汁です」
「ブフォオオ!」
夢中で飲んでいたセインが吹き出した。
俺とシーニャもカップを置く。
「ホホホ。名前はちょっとアレですが、中身は私達が集めた花の蜜と果物と薬草です。……名付け親はライクレイ家のご先祖様なんですよ」
「……ご先祖様。私のご先祖様は一体何故そんな名前を……」
セインが頭を抱えはじめた。少なくともネーミングセンスに問題があるご先祖だとは思う。
「わたくし達のご先祖様は愉快な人だったと聞いておりますわ。妖精と意気投合できるくらいなんですもの」
「その通りです。いや、よいお方でした。して、その子孫の方々とそちらのカーン様はどのようなご用でこちらに?」
「じゃあ、本題といこうか」
俺達はカップに妖精汁のおかわりを貰いながら話を始めた。名前はともかく美味しいわこれ。
○○○
「ライクレイ家でそんなことが……。なんとも……悲しいことです……」
数十分後。俺達の話を終えると長老は静かに涙を流し始めた。優しい人だ。
「シーニャさん、セインさん。妖精の里を代表して、ご両親のお悔やみを申し上げます。そして、ライクレイ家に大恩ある妖精は協力を惜しみません」
そう言う長老の後ろの窓には、涙を流しながら頷くマッチョ妖精が沢山張り付いていた。盗み聞きしてたのか、ちょっと恐い光景だ。
そんな状況に引いてるかと思われたシーニャ・ライクレイだが、彼女は涙ぐんでいた。
「あ、ありがとうございます。正直、妖精の里に来て協力して貰えるとは思っていませんでしたの……」
そう言って、涙を流しながら頭を下げる。たまに変なことをいう彼女だが、色々と気負っているのだろう。
それを見たセインが同じく頭を下げながら言う。
「本当に、心から感謝いたします。恩があるとはいえ百年以上前のことで力を貸してくださるとは……」
「お気になさらず。ライクレイの方は魔物によって滅びかけてくれた私達を救ってくださったのです。皆さんにとっては遠い昔のことでしょうが、私達にとっては最近なのですよ。私もお会いしましたしね」
「妖精って寿命長いのか?」
「ざっと500年はありますな」
「……長生きなんだな」
そうすると、ここにいる妖精は全員ライクレイ家のご先祖様に会ってると考えていいだろう。それなら力を貸してくれるのもわかる。恩人の子供なんだからな。
「ライクレイのお二人の目的のため、姿隠しの秘術を授けるのは簡単です。どちらかというと、カーン様の方が問題でして」
「俺には力を貸せないってことか?」
俺が女神を説得し連れ帰るためにやってきた神の使徒であること。また、なんなら使命を果たしつつ女妖精達に帰ってくるように働きかけてもいいことを伝えてある。
話した感じ、長老は嬉しそうにしていたのだが。
「いえ、そうではありません。むしろ、女神の説得に成功すれば女妖精が戻ってくるわけですから、協力したいと思います。……問題は、カーン様そのものです」
「……俺が人間じゃないからか」
俺がそう言うと、シーニャ達がはっとした表情になった。そこまで考えていなかったんだろう。当然だ。俺も人間のつもりで過ごしてるからな。正直、天使だなんて自覚はない。
「はい。貴方の存在は人間と比べて目立ちすぎます」
セインが言っていたように、見る人が見れば一目でわかるのだろう。
「では、カーン殿への協力は不可能なのですか?」
「困りましたわね……」
神すら騙す妖精の姿隠し。女神と会うための役に立つと思っていたんだが、これは無理かな?
「ご安心ください。少し手間がかかりますが、相応の品をご用意しましょう。その代わりといってはなんですが、お願いがあります」
「お願い?」
「ここより北に行った場所に、曇り山と呼ばれる低い岩山があります。頂上が岩場になっていて、私達の古い儀式場があるのです」
「何か儀式の一つもすればいいのか?」
「いえ、かつてはそこで妖精達が日々儀式を行っておりましてな。結果、その岩場では『妖精石』と呼ばれる特別な鉱石が採れるようになったのです。それを手に入れて来てください。カーン様のために必要です」
なるほど必要な材料を採ってこいってことか。望むところだ。
「簡単なお使いですね。いきましょう、姉上! カーン殿!」
元気よく立ち上がろうとするセインに対して、シーニャは落ちついて妖精汁を飲みながら言った。
「その岩山には何かあるのでしょう。わざわざわたくし達に頼むくらいなのですから」
「その通りです。曇り山にはシャドウ・リザードと呼ばれる、たちの悪い魔物が住み着いておりましてな。私達では近づけないのです」
「なるほど。俺の腕試しってことか」
俺に力を貸すために素材を採ってこさせる、ついでに実力も見たいってことだな。
長老は厳かに頷いた。
「ライクレイ家の復讐はともかく、女神に近づくのは至難の技。神の使徒の力を試すようで申し訳ありませんが、是非、お願いしたく……」
俺はシーニャとセインを見た。二人とも笑顔で頷いてくれた。
「よし、その話乗った。腕試しにちょうどいいぜ」