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1.そして、僕は俺になった

 うすらぼんやりとした白い空間で、僕は目覚めた。


 僕は……誰なんだろう? 

 日本人であること、21世紀を生きていたこと。身につけているのはパジャマであること。その他、いろいろな知識が脳裏に浮かんでくるが、自分のパーソナルな部分だけがぼんやりしている。


 ただ、ぼんやりしていながらもはっきりしていることがあった。

 ――僕は、僕自身にとって、何か物凄く幸せなことがあった。

 それが具体的になんなのかわからない。しかし、僕は幸せだった。


「うん。混乱しているようだね。おはよう」


 唐突に目の前に現れて挨拶をしてきたのは、スーツ姿の男性だった。

 30歳くらいの精悍な顔つきの男性。長身で金髪。白人っぽい。

 そんな胡乱な人物が、日本語で僕に話しかけてきた。

 

「あなたは? ここは? 僕は誰なんですか?」

「順番に答えよう。私は君たちの感覚で言う、神のようなものだ」


 ――どこかで聞いた憶えがある、「最近は死んだ後に神様に会って異世界に転生するのが流行なんだよ」と。

 細部は思い出せないが、そんな発言をどこかの誰かに教えてもらった気がする。


「……僕は、死んだんですね。それで、転生ですか?」

「…………最近の子は話が早くて助かるな」


 神様は驚いていた。うん、当たりみたいだ。

 そうか、僕は死んだのか。――幸せだったなのに。本当に、本当に残念だ。悲しい。いや、悔しいな……。


「なんで死んだかわからないけど、死んだんですね」

「いや、君は死んでないよ? 今のところはね」

「はい?」


 どういうこと、という疑問が顔に出ていたのだろう。神様は穏やかに微笑んで語りかける。


「そう、君はまだ死んでいない。ただ、病気で死ぬ寸前なんだ。そして……憶えているかい? 君は、幸せだった」

「はい。具体的には憶えてないけど、それだけはよくわかっています」


 先ほどから懸命に自分のことを思いだそうとしているんだけど、全然駄目だ。

 確かなのは、自分のことに集中すると、どうにかして戻りたいという感情が心の奥底から溢れてくること。


 僕は渇望しているのだ。もう一度、人生の続きを生きたいと。


「僕は……生き返れるんですか?」

「そう。大事なのはそこだ。本当は記憶があれば話が早かったんだが、こちらにも色々と事情があってね。いくらか君の意識を操作させて貰っている。それでだ、私は君に取引を申し出たい」

「取引ですか?」


 こちらに出せるものなんて何もないのに。どんな取引をしようというのだろう?


「私のお願いを聞いてくれたら、君を生き返らせよう。神が誓う。約束だ」


 そういう神様の顔は笑っていたが、口調は真剣そのものだった。


「あの、正直、僕は拒否できる立場にないのですが、何をするか先に聞いてもいいですか?」


 神様は「もちろんだとも」と頷き、言葉を続ける。


「簡単だ。……妻を連れ戻して欲しい。妻は女神でね、ちょっとした喧嘩で遠くの世界に行ってしまった」


 神様でも夫婦喧嘩はするんだ……。なんか迷惑な話だな。いや、おかげで僕は生き返るチャンスを貰えているわけだから、有り難い話か。


「なんで僕なんですか? もっと適役がいるのでは?」


 僕に思い出せる知識は全て現代日本の生活に関わることだ。戦うとか、救出するとか、説得するとか、「異世界の女神を連れ戻す」ことに役立てる人材だとはとても思えない。


「簡単な理由でね。君は私の妻のお気に入りなのさ。――いや、最近我々の間では人間の人生を見るのが流行していてね。人間は素晴らしい! どの人生にもドラマがある!! ってことでね」

「神様が覗き見を……」


 僕が呆れたようにいうと神様はちょっと申し訳なさそうな顔をした。


「もちろん、節度は守っているとも。とにかく、君は妻のお気に入りの人間だったのだ。幸運な男だよ」

「はあ、実感がありません」

「そうだろう。まあ、こうして私と会えているのも妻の加護だと思ってくれ」


 死にそうなところで生き返るチャンスを貰えたのだから、女神様とやらのおかげと喜ぶべきなんだろうか。実感がまるでないけれど。


「仕事の内容はわかりました。……あの、いきなり異世界に放り出されるんですか?」


 無力な現代人のまま異世界に放り出されたりすると詰んでしまう。何かしらのサポートが欲しい。

 そんな僕の気持ちが通じたのか、神様は笑顔で応じてくれた。


「その不安はもっともだ。だが、安心したまえ! 君のために素晴らしい肉体を用意した!」


 そう言うと、神様は僕の右隣を指さした。

 そちらに視線をやると、スポットライトによって突如二つの存在が照らし出される。

 

 一つはバギー。タイヤが4つで、大きくて、なんだかどこでも走れそうなやつだ。荷台にはしっかり荷物が乗っている。


 そしてもう一つは……人間。身長2メートルを超えるモヒカンマッチョだ。雑魚キャラの代名詞として漫画などで有名な奴である。ご丁寧にトゲ付肩パッドのジャケットまで装着している。

 ちなみにモヒカンの色は赤。

 大きくて、筋肉がいっぱいなのに加えて、赤いモヒカンが肉体の力強さを強調している。

 いざ実物を見ると、凄く強そうだ。


「……なんでモヒカンバギーなんですか?」

「外見を取り繕わない方が強くできるんだよ。大丈夫、現地では支障無いようになっている」

「じゃ、それでいいです」

「えっ、いいの!」


 僕が即答すると神様は滅茶苦茶驚いた。

 自分から言い出したのに何言ってるんだ。


「その身体と装備でお仕事に支障ないなら文句はありません。僕に生き返る機会を与えてくれたわけですから。……選択の余地もありませんし」


 僕は生き返って日本で生きたい。そのためなら、モヒカンバギーだろうが何だろうがやってやる。

 行き先が異世界なら、強い身体を貰えるほうが有り難い。


「そ、そうか。なんだか申し訳ないな。まあ、現地に行っても私からのサポートがあるから安心してくれ」


 アフターケアまであるのは素敵だ。いきなり問答無用で過酷な環境に転生するパターンもあるらしいしね。


「それは安心です。では、宜しくお願い致します」

「ああ、さ、目を閉じて」


 言われるがままに、目を閉じる。


「私の妻の居場所も、説得も、君ならどうにかできるだろう。その程度は考えてあるから安心してくれ」

「わかりました……」


 神様に返事する声には、自分でも驚くほど力がなかった。

 少しずつぼやける意識の中、僕は少しだけ、胸を焦がす幸せな記憶を垣間見た。

 そうか、僕は夢への第一歩を――――。


 僕の意識はそこで一度途絶えた。 


 そして、僕は俺になった。

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