午後の既視感
この行為は依然やった事があるんじゃないか?
そう感じたことはないだろうか?
俗に言う『デジャヴ』。その不思議な現象に、今私は悩んでいる。
まず、私は窓から差し込む日差しに目を覚ますのだ。それ自体はどうという事はないように聞こえる。しかし頭の上にある目覚まし時計に目をうつすとそのアナログな時計は七時五分、そして三十二秒の所を丁度針が回る。
その時に屋外から学校へ向かう子供の話声、TVからは昨日夜遅くにどこかの国でテロがあったことを言っていて、アナウンサーは突然入ってきた速報に慌てながら記事を読んでいた。それが予定され、知っていたかのように私はその時思い出すことができるのである。
「何かおかしい・・・」
そう呟きながらもいつも通りの私の朝を一杯のコーヒーから始める。
確かに、ここまでにしても自分の一挙一動足が見透かされているかように現象は起こるのだ。自分で何をやっているのか分かるというのは当然の事のように聞こえるが、とにかくすべての動作に追い掛けるような記憶が付き纏うのは気持ちいいものではない。
ここで私は考えてみた。これは習慣的な動作が引き起こすフィードバック現象ではないだろうか?
そういう理由なら、このいつも使っているカップをやめて違うカップでコーヒーを入れてみたらどうなるだろう?
・・・だめだった。鮮明だったものは少し薄れた感じはしたがまったく無くなろうという気配はない。それどころか違うカップでコーヒーを入れる処まで見てしまうのだ。
まったく何なのだろう、この感覚は。
そのままデジャヴは会社に出社して午後になっても続いた。いや、続いていると言うのが正しいだろう。もう一人の自分が影のように後ろについているというか、・・昨日まではこんな事は無かったと言うのに。これでは昨日がずいぶん昔のように思える。
ひどいものだ。まったく私が何をやったというのだ。
すでに言いようのない苛立ちが自分を襲ってきていた。その都度、私はそれを出来るだけ無視するように努める。結局、気にしてもしょうがないと言うのが最終的に自分の出した答えだった。
しかしそう思ってはみたものの、だ。仕事に支障が出るほどに十分気にしていたようで、手につかない仕事のメールがデスクトップのタスクトレイに山積み状態となりほぼ手つかずのまま返信待ち状態となってしまっていた。
就業時刻は十分前に過ぎていた。
山となった仕事をどうしようか頭を掻いていると時に、同じ部署の同期と後輩の女子社員が一緒にブランドのハンドバッグを片手に近づいてきた。
「どうですかぁ?私たちこれから飲みに行くんですけど一緒に」
後輩のその言葉に週末だったことを思いだす。時折、愚痴りあいの飲み会に付き合うのだ。
「ああ、いいね。行・・・・」
自分自身が朝から気持ち悪いのを吐き出したかったが、そこで私は言葉に詰まった。記憶のなかの自分はここで仕事を残して快くこの女の子たちの誘いにのっていたからである。それに既視感で2倍愚痴を聞くのは御免だ。
「行きたいところだけど・・どうせまたお財布要員だろ?」
「あは、わかりますぅ?」
ばれたか、といった表情で後輩は軽口で返すと、どっちでもいいですよと答えを促す。
「まだ仕事も残ってるし、・・ごめんね」
「そうですかぁ。残念ですけどそれじゃ、失礼しまーす」
「あぁ、また誘ってやってくれ。・・・さて」
目の前の仕事を見てため息が出た。
(やっぱりいっときゃよかったか?こりゃ)
後悔しても遅かった。
それでも、なんとかかんとか今日片付けないといけない作業だけは終わらせて、ふらふらな状態で仕事場を離れたのが午後10時。そして今この駅へと向かうガード下で時計の針は10時半のところを少し回った頃だった。ここまで事あるごとに時計を見ていた。記憶と違った事をしたにも関わらず後ろについた記憶は離れなかったからだ。もう終わっているんじゃないかと云う思いが自然と時計に目を向けるようになる。
しかし私は時計を見るその都度、後から襲ってくるデジャヴに何やら恐ろしいものを感じざるをえないのだった。
そしてこのガード下。知っているような気がする・・・。
足音が近付いてきた。まるでそれが自分の足音のように思えてならない。自分の記憶がそれ自身形を持ってついてきているような気がする。それでもそれと同時に、この現実もしっかりとデジャヴ掛かっていた。
足音が近付いてきていて、不思議とその景色を俯瞰したように見る自分。自分を追い越そうともするその足跡は自分のすぐ後ろに立つ。振り向けば誰か分かるだろう。自分ではないだろうか?そんな考えもかすめるが、なんだか嫌な予感だけが頭をよぎる。だが振り返る勇気は無く、汗の出るばかりで、私は遠くを見つめるしか出来なかった。
この足音が通りすぎた時、この不思議な現象は終わるのではないか。不意にそんな考えが浮かぶ。訳が分からない不安感と極度の緊張が、当然のようにその希望的観測はそうなるんだと言う予知じみた考えをするようになっていた。
足音は私の後ろから斜め後ろに、そして後ろの人物は一気に私のすぐ横にその影を現す。
変な動きに「何だ?」と疑問符が一つ浮かぶ。
その時だ。私の右脇腹を熱いものが通り抜けた。自分の中から力がどくどくと流れ出るのがわかった。膝から倒れコンクリートの地面の感触が頬に冷たくざらざらした感触を残している。不思議なものだ。こんな時まで記憶の鬼ごっこは続いている。
そして・・・鬼が子供を捕まえるかのように思考のほうも途切れるのだ。
* * * *
「ねえミカエル、このサブルーチンで無限ループに入っちゃってるよ」
それはモニターをにらめっこしながら傍らの同僚に話しかける。
「また個人用の因果律でのバグかい?どうせデータ入力でミスしたんだろ。そんなデータ、デリートすればいいんじゃねーか」
背もたれにもたれて少し伸びをしながら同僚は頭を覆っていた。ずいぶんと疲労がたまっている様子だった。
「ひっど。そんなことしちゃ僕がガブリエルに怒られるの分かってるだろう?真面目に考えておくれよ」
「悪りーな。しかしこういう事が目立つとシステム構築からやり直さなきゃいけないかもしれないなぁ」
「そうだよ、また方舟にデータをプールしてさ。一気に初期化しちゃおうよ」
モニターを見ながら冗談とも本気ともつかない笑いで、カタカタと仕事の続きをする
「疲れたか?」
「あっ、ガブリエル、大丈夫です!もうちょっとです」
不意に優し気にかけられた声に疲れを隠した笑顔で答える。このあたり自分を褒めたい。
「ほどほどにな、ほら、サリエル、そこ、エラー、ある程度リファクタリングもしながらでいいから、デバッグ頼んだぞ」
少し優しい声した後に、締めてくる上司。あぁ、めんどくさい。
「はーい」
「それからミカエル君、あんまり無理させないようにな。終末に間に合えばいいから」
「へーい」
軽い感じの同僚はあまり組織としては褒められない返事だったが言われた当の本人は少し苦笑しただけで、気にしたようではない、信頼が厚いのか、諦められているのか。
「だいぶ末期なんですけどねー、ちょっとコードが複雑になってきてまして」
「アクセス違反がちょくちょくあるしー、それが基幹コードに絡んできてるしー、もうだいぶ面倒な感じ」
適当な感じをしていてもそれなりにやばいところはつかんでいるのはさすがだと思う。そのあたりは見習いたい。
「まぁまぁ、とにかくもうちょっとなんだから頼む」
「とか言いながら、また終末延ばさないで下さいよー、まったく56億年延びるなんて、ブラックもいいところだ」
「人ぎぎわるいなぁ、うちは相当ホワイトだとおもうがね」
「デスマーチにならなきゃいいですけど…」
午後の一室で下界を覗き込む。さぁ続きを干渉しよう。
* * * *
この行為は依然やった事があるんじゃないか?
そう感じたことはないだろうか?
俗に言う『デジャヴ』。その不思議な現象に、今私は悩んでいる。
・ヲワリ・