-27sone 不可欠
「おい、起きろ」
懐かしい声が、寝起きの感傷に甘い針を刺す。
十並マコトは顔を伏せたまま少し笑った。
真っ白なベッドで目を覚ました清高が、どこか虚ろな面持ちでこちらを見ている。
「おはよ。死ねなくて残念だったね。……早速だけど屋上行かない?」
・
歩かせるのはまずいと思い、車輪つきのあいつを借りて清高を連れ出した。
罅の入った腕を吊るし、片方だけ袖を通したカーディガンが、彼の暗さに魅力を添えている。
辿り着いた扉を押し開け、濡れた土の匂いを吸った。スコールの余波で屋上の床に水溜まりができている。
「待ってて」
話を聞かれるのはまずい。周辺に誰も潜んでいないことを確認した。
アルミのフェンスに近づいて森を指す。
「真夜中に崩れた」
水気を含んだ地盤の緩みが原因だと解説されていたけれど、惨い殺しを繰り返し、血煙の中で踊り狂っていた奴らへの罰であってほしい。そうでなければ納得できない。あれは罰だ。
清高は僅かに目を見開き、黒い衝動を封じ込めるように唇を噛んだ。
「犠牲者出てないし、修復する意味ないから見捨てるって。あの一帯全部」
死体は燃え尽きた車ごと土砂に呑み込まれた。真っ二つになった橋の半分も、折れた樹とともに茶色い波に攫われて行方がわからないらしい。
「十並、悪かった。俺のせいで……」
責められる覚悟はしていたが、謝られるとは思っていなかった。
「僕のこと怒らないんだね。どうして?」
ここにいれば、いずれはシティ・ユメイに帰される。
奴らの死体が永久に土の下でも、犯人グループが失踪したとなれば、間もなく警察内部に紛れている仲間が動き出す。あの街で捕まったら終わりだ。
「留学しない?」
手段を他に思いつかなかった。
なぜ、と訊き返してこないので、清高も今後の身の振り方を悩んでいたのだろう。
彼に許可を取らず、告発書の文面を石で削って森に埋めてしまったので、ユメイの警察を正すために再び策を講じなければならなくなった。
その代わり、『W事件』と関連づけられて清高が指名手配されることはないはずだ。
「りほちゃんに手続きとか頼めるかな」
「采生先生……?」
・
連絡をしてみると、昨日、屋上から戻ってすぐに投函した寮のルームキーが、無事に莉保の元へ届いたようだった。
休みを取って必要なものを持って来てくれるというので、昼過ぎのロビーで彼女を待っている。
今朝、行き先の国の希望を伝えると、清高が苦しげな沈黙の後に頷いた。何か複雑な事情があるのかもしれないが、彼そのものが複雑な事情で構成された人間なので仕方がない。とりあえず返事はイエスだ。
「僕たち同じ部屋にして貰えるらしいよ。夜ヒマだったから問い合わせてみた」
「は? また寮生活かよ。ここにいるよりましだけど」
やはりメディカルセンターは気に入らなかったようだ。
清高の卑屈っぽい笑い方が、偽者ではない証明に思えて可笑しくなる。
白衣を着ていない莉保を見たのは、たぶん初めてだ。
小さなバッグにスーツケースがふたつ。肩の辺りで切り揃えた髪が爽やかに揺れている。
再会の喜びを分かち合い、3人で芝生の広場に場所を移した。
「もう会えないかと思った。急にいなくなっちゃったから」
莉保は自分と清高の怪我の具合を気にかけていたが、理由を訊かれることはなかった。
清高とのこれまでの遣り取りで、踏み込まない領域を定めていたのだと思う。
ふたりの関係はいつも透明な静けさに包まれていた。
「よければ留学先から手紙書いて」
別れ際に差し出されたメモに自宅の住所が載っている。
「りほちゃん、素敵な人生送ってね」
「ありがとう。マコトくんも元気でね」
抱擁を交わし、彼女は清高に向き直った。
「筧くんが保健室に来てくれて嬉しかった」
莉保は、引き留めるように伸ばされた彼の手を胸元に寄せて握った。
「投げ遣りにならずに頑張って生きてね」
莉保のやさしい指で髪と頬に触れられた清高は、無感情を装いながら泣くのを我慢しているように見えた。
「采生先生。お世話になりました」
・
屋上の生温いフェンスに凭れ、白っぽく霞む空を仰いだ。
薄い風に乾きかけの傷を晒す。
「清高の、秘密と約束守ってくれそうなとこ好きだよ」
初めて会ったときからこうなる運命だった。失うものは何もない。
「僕のこと許してくれる?」
清高は試すような視線でこちらを見て唇の端を上げた。
「まだ迷ってる」
「許さなくていいよ」
ふと懐かしくなって、文系クラスの制服を着た彼の姿を回想してみた。
「いろいろ決めちゃったけど後悔してない?」
「するわけないだろ」
「だよね」
人殺しイコール罪人ではない。誰かのための復讐は、その誰かに心を捧げるという永遠の誓いだ。
「新しい部屋、近くにお洒落なクラブあるといいよね」
「俺は別に」
言葉がわからなすぎて、到着早々街の中で孤立しそうだ。
それを話すと、清高も同じことを思っていたらしく、ふたりで笑った。
きっと、自由で、楽しくて、眠る時間も勿体ないくらい刺激的な毎日。
いつも、あなたの命に愛おしさを感じると言われたくて堪らなかった自分を、フェンスの内側に置いて行く。
「歩けそうなら着替えてショッピングビルまで行かない? メディカル生活から脱出したい」
「いいけど」
「派手な柄のロンTほしいんだよね。生還祝いに清高にもプレゼントするよ。……あの夜、緑地公園で会えてよかった」
-27sone end.
Thanks! See ya!!




