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-25sone 不格好


 微弱に意識を取り戻した今も、心配事が消えずに残っている。

 十並となみマコトは、こちらに背を向けた女性を引き留めた。小さな銀のトレイを手に載せていて、ワンピース型の白衣を着ている。

清高きよたかは……?」

 ナースが振り返り、少し笑って頷いたのを見て、清高は死んだと思った。

「……っ」

 胸の奥が凍りついて何も聴こえない。生きたまま水の底に埋められたみたいだ。

 ナースは疑問符を浮かべた表情で首を傾げた直後に慌てた様子で近づいてきた。

「違うんです、誤解です。つい紛らわしい伝え方をしてしまって……」

 強いショックで精神が崩壊したと思われたのか、慰めるように抱き締められた。

「お友だちは別のお部屋に」

「無事なんですね……」

 先走って泣いたりしなくてよかった。気が抜けてまた朦朧としてくる。

 それでも、「会いたいですか?」の問いに頷かないはずがない。

 生きているというのが本当なのか確かめたい。嘘だったらどうするかは決めていない。


 清高のところへ向かう前にナースが呼びつけた医者から質問攻めにされたが、返答に困るような内容ではなかった。

 いつの間にか風邪らしき熱っぽさも落ち着いていたけれど、靴をロストした右足のダメージが酷く、ガーゼと包帯で固められていて上手く歩けそうにない。

「あいつを貸して貰えませんか? 骨折したときに使う……」

 ナースは何度か瞬きをして微笑んだ。

「Mから始まるあの杖ですね。待っててください」

 戻ってきた彼女に腕を支えられ、渡されたそれを装備して立ち上がってみる。


「……あの、僕たちの後に運ばれてきた女の子って」

 通路を歩きながら、ナースは重く視線を下げた。

 何か言うべきだと思ったが口を開けない。

 順位を奪って幼い子どもを死なせてしまったかもしれないのに、平然主義者のふりをしている自分に驚いた。

「トナミさん、カケイさんの注射痕についてご存じありませんか?」

「すみません、僕には……」莉保りほと清高の関係は誰にも打ち明けられない。

 まっさらな風を感じたくて、遠い景色に救いを求める。

 陰鬱で綺麗な空だ。窓の側を通るまで、今が夜明け前だと知らなかった。

 杖の補佐は有り難いが、着衣の裾が不自然に捲れてきてまずいことになっている。

 空腹を理由に仕方なく起きてきたニートみたいに見られていないか不安だ。

 けれど廊下には人の気配がなく、叫びたくなるほど静かだった。


 ナースの話によると自分は、このメディカルセンター付近の路上で力尽きていたところを、通りかかった大学生のグループに助けられたらしかった。

 スタッフが呼び止めたが、泥酔していて連絡先を言わずに行ってしまったという。

 憶えていないことを申し訳なく思いながらも、彼らの人命を軽視しない生き方をリスペクトした。



 対面した清高は想像していた最悪の状態に近く、これまでに一度も意思を持ったことのない植物のように見えた。普通に会話をしていた頃の姿が夢みたいだ。

 ナースはこの部屋での禁忌事項を口にした後、励ましの言葉を置いて別の場所へ行ってしまった。

「清高。眠いの?」

 本当に生きているのか疑いたくなる。怪我人というより重病人だ。

 顎の裏に縫い合わせた切り傷がある。それが半透明のテープから黒い線のように透けていた。額の怪我を塞いだガーゼに血が滲んでいる。

 寝具の下がどうなっているかはわからないが、相当酷そうだ。もう少し早く森を抜けられていたらと後悔せずにはいられない。

 密かに憧れていた彼の、尖ったガラス片に似た殺意の影が、目を閉じた顔のどこを探しても見当たらないことに胸が痛んだ。

「けっこうきつかったね」

 上手く泣けなくて壊れそうなのに、真っ白な肌と青くなった爪が悲しくて、清高の無感情な手に触れることができなかった。

「大丈夫だよ。安心して」

 現場に転がっていたスニーカーは回収した。

 清高が持っていた装置は分解して土に埋めた。

 共犯として、できる限りのことはした。だから信じてほしい。

 2本の杖を壁に立てかけ、ベッド脇の簡素な椅子に座る。

「毎日しっかり寝ておかないからこういうとき起きれないんだよ」

 このまま目覚めないつもりだとしたら、寂しいけれどそれでも構わない。

 内側だけ大人になりすぎた清高が、肉体と精神のどちらにも苦痛を感じていない時間を守りたいと思った。


 今、冷たい窓に凭れて雨音を待っている。

 現場に刻まれた血痕を洗い流してくれる空の温情が必要だ。

 勇気と罪深さはいつも、細いイコールで繋がっている。



                                 -25sone end.


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