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-23sone 不始末


 十並となみマコトは、靴を片方履いていない自分を笑った。

 どこに落としてきたのだろう。いつの間にか右のスニーカーが消えていて、残った靴下も脱げかけている。ときおり木の根を踏む硬い感触が足の裏から伝わってくるけれど、痛みがなかったので発見が遅れた。

 ――暑い……。

 人形より軽そうに見えた清高きよたかも、いざ抱えてみると意外に重く、ほんの数分で腕が戦線離脱を持ちかけてきた。体感温度は46℃を超えている。頼りにしていた夜風も遠ざかり、熱っぽい身体を真っ直ぐに保つのが難しい。

 容体が心配だが、清高の襟元から、皮膚を突き破って登場した鎖骨の断面がちらついていて下を向きにくかった。被害者は痛覚を遮断したらしく、不気味なほど平和な表情だ。

 ――全部夢だったらいいのに。

 深い森は、出口が見えない迷路のようだ。あとどのくらい歩けばよいのかわからなくて降参したくなる。

「清高。少しでいいから喋ってよ」

 応答がない。通算5回も無視された。

 睫毛を伏せた清高は妙にすっきりとした顔をしていて、このままやわらかく死にたがっているように見えた。

 血を流すことが多すぎて、生きているのが苦痛だったのだと思う。

 これから自分たちはどうなるのだろう。前途多難だ。


 道程は険しく、ライトの代わりに役立ってほしかったセルラも充電が切れていた。

「挫けそう、なんだけど」

 清高は薄く目を開け、ほんの微かに唇を開いた。

「……星、きれい」

「ん、何? 干しきれないって? いつもほとんど僕の服だよね。ごめん。手伝うから」

 呆れたように短く笑って、彼はまた喋らなくなった。

 もし清高が捕まるようなことがあれば、否定されても一緒に殺したと言う。失うものは何もない。

 主犯と共犯でメンバーは2名だ。作戦会議には絶対に参加して貰わないと困る。

 後味のよくない結末に落ち着こうとしているけれど、本人は満足したのだろうか。

 死んでも惜しくない命だと思っているのだろうか。

 こちらはいろいろと複雑だ。

 風がなくても心は揺れている。

 満たされない情景の中で、これ以上寂しくなりたくなかった。



 オアシスに導かれる寸前。樹木の隙間から見える街灯に誘われて、ようやく森を抜けた。

 アスファルトのざらついた質感に、自分の右足が何も履いていないことを気づかされる。靴下はどこへ行ったのだろう。最悪だ。

 ――月とか星に祈るしかないね。

 進んだ先の建物がメディカルセンターだと信じたい。目的地を変更できるほどの体力は残っていなかった。

 灯りの下で浮かび上がった清高の額から、小指の爪と同じくらいの血の塊が吐き出されていて、傷口を開けば頭の中まで覗けそうだ。


 ERの入口が見えて安堵した刹那、背後から接近してきたレスQの車に追い越された。

 ドアの辺りが騒がしくなり、そしてすぐに誰もいなくなる。

「走れなくてごめん」

 この状況下で、自分たちが歓迎されるはずもないことを考えながら、スロープの半ばで無意識に膝を着いていた。もう限界だ。清高には申し訳ないが立ち上がれそうにない。

 諦めかけたとき、不意に自動ドアが開いた。

 現れたナースと視線が合う。彼女は目を丸くして口元に手を遣った。

 気に入って貰えるよう、微笑んで首を傾けてみる。溢れた汗が頬を伝った。

 駆け寄ってきたナースが清高を一瞥し、こちらを見る。

「次の患者さんが到着するから急いで」

「助けていただけるんですか」

 彼女は頷いた。

 追い立てるように、先ほどと同じサイレンが真後ろから迫ってくる。


「この方どうされました?」

 撥ねられたと言うのを躊躇った。通報されるとまずい。

「……飛び降りました」

 よくあるケースなのか、さほど驚いた様子もなく、嘘の申告がカルテに書き込まれていく。

 知らない街のERは戦場のような激しさだ。

 伝えたいことがあったけれど、声をかける余裕すらない慌しさで清高が連れて行かれた。器用に洗濯物を吊るしていた白い手が矢のように通り過ぎていく。

 不安で泣きたくて壊れそうなのに、誰も清高の命を保証してくれない。理由は訊かなくてもわかる。

「あなたも来なさい」

 促されるまま一歩踏み出した。

 その瞬間、自分が片方だけ靴を履いていないこと、そして脱げたスニーカーを、おそらく車体と接触した現場に残してきたことに思い当たった。

 清高が持っていたスイッチと、このシティの警察へ宛てた告発書らしき封筒はポケットの中だ。手紙は本人に返して判断を委ねたいが、装置は他者の目に触れないよう処理しなければ。

「あの、……」

「何?」

 白衣の女性も立ち止まる。

「セルラを落としたみたいなので探してきます」

「今じゃなきゃだめなの?」

「はい」

 制止を振り切り、丁寧に頼み込んでカウンターに置かれていた非常用ライトを借りる。

 嫌なタイミングで新たな搬送車が停まり、自動ドアの手前で焼けた服の少女とすれ違った。

 清高を助けてくれと縋ったせいで、幼い子どもが犠牲になるかもしれない。飛び交う大声たいせいと足音から、人員が足りていないのは明らかだった。

 ――僕が責任取ればいいんでしょ。罵倒されても殴られても構わないよ。



 長く虚ろな夜だ。

 傷んだ足を動かしながら、願いが届かず、幸せの欠片をかき集めたまま旅立っていく人たちを想った。生と死は不可測で無慈悲だ。

 そのうち、シティ・ユメイの住民がナウラにいる訳を問い質される。

 投身するために徒歩で隣市まで来たというのは不自然だ。

 運悪く証拠を押さえられた場合、全部奴らの責任にしてしまうのはどうだろう。

 清高はたぶん、何を訊かれても喋らない。

 そもそも、先に殺意を振りかざしてきたのはあちらだ。

 人を轢き殺したと思い込んで錯乱し、自殺した。

 シナリオはそれでよかった。

 清高の怪我が飛び降りではなく、事故の外傷だと気づかれるだろうか。

 嘘を結んでいくことに疲れたら、素直になるのも悪くない。

 自分の推理が間違っていなければ、清高は被害者遺族からやさしく抱き締めて貰える。市民にも感謝され、『W事件』は終焉を迎える。

 たとえポリスに拘束されても、ふたりで犯罪的精神傾向を治療するための施設に繋がれるだけだ。後悔はしていない。


 海の方から儚い雨音が聴こえた。

 清高に死なれる気がして、震える手を胸に置く。

 ――ふたりで撮った写真、1枚もないね……。

 強がっているけれど本当は、夜に怯えるような傷を負うことが怖くて堪らなかった。



                                 -23sone end.


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