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-17sone 不純物


 週末の昼下がり、十並となみマコトはセルラの着信を無視した。

 食器を片づけていた清高きよたかが、気遣わしげにこちらを見ている。

「出ないのか? 聞かれたくないなら外すけど」

「大丈夫。実家から。そのうち切れるよ」

 騒がしい端末をソファに放ると、彼はそれを拾い上げて遠慮がちに握らせてきた。

 言いたいことはわかる。しかしなぜか表情が不安寄りで、明らかに清高の方が動揺している。

「OK。自殺行為だけど仕方ないね」


 通話を終えた直後、囚われている自分の意識にぞっとした。

 話をした発信者の女性は、長いあいだ家政婦と交換手オペレーターを兼業してくれている。

 内容は単純に、母親が会いたがっているから顔を見せに来てほしい。以上。

 幻覚が見えそうなくらい暇なのだろう。鬱陶しすぎる。

 今後のためにも強く拒絶しなければ。

「ごめん、少し命削ってくる」

「好きにしてくれ」

 清高は、自分が実家に帰るのを喜んでいるようだった。

「すぐ戻るから。夕食カレーがいいな。具は任せる」

 わかった、と頷き、彼はどこか寂しさを重ねた笑顔で上着を手渡してきた。

 見送る仕草が妙に大人びていて、遠い惑星の人みたいだった。

「乗り遅れるぞ。早く行け」



 サブウェーを9駅遣り過ごして地上へ出ると、迎えの車が来ていた。

 運転手がこちらに気づいて後部座席のドアを開ける。

「大きくなられましたね」

「そっちが縮んだんじゃないの? ……冗談だよ。久しぶり」

 挨拶風に抱き合ってから車に乗り込む。

 走行中、ウィンドウに頭を預けて街並みを辿った。愛着も思い出もなくて、ただひたすらに涼しい風が吹いている。


 車から降りてみると、生家の空気がまったく変わっていないことに驚いた。

 見かけの平和に隠された虚ろな気配。

 出迎えてくれた家政婦は最後に会ったときより元気そうで、通じ合う懐かしさに笑みが零れた。

「あの人どこ?」

「奥さまはお部屋に……。後ほど紅茶とビスケットをお持ちします」

「ありがと。でもお気遣いなく。10秒くらいで終わらせる予定だから」


 ノックの音が尖っている。指の関節が痛い。

「どうぞ」と中から声がした。

 長閑のどかなウィークエンドにふさわしい試練だ。

 無関心を装って部屋に入る。

 母親はベッドで上体を起こし、こちらを見つめているようだった。

 わざとらしく病人ぶっていて最悪だ。

 レースのカーテンに囲われている寝台に感謝した。直視しなくて済む。

「何か用? すぐ帰るから急いで」

 早くしないと危険だ。ノーダメージを目標にしたい。

マコト、もっと近くに来て。今日はゆっくりお話ししましょう」

「無理無理」

 ルナティックすぎる。

 つけ入る隙を探すように、母親が挙動を窺ってくる。

「だめよ。派手な格好をしてはいけないと言ったでしょう。もしかしてあなた、また悪いお友だちと遊んでいるの?」

「別に。……感度のいい女の子とは遊んじゃったかな。……それより悪い母親とお喋りする方が問題あると思うけど」

 冷たい台詞で突き放した爽快感に心を乗っ取られそうだ。

「単位は大丈夫なの?」

「成績表こっちにも送られてきてるはずだけど」

 どうせ開封せずに捨てたのだろう。クレイジーすぎてついていけない。

「怒らないでちょうだい。あなたを心配しているのよ」

 白々しさの操り方が詐欺師そのものだ。正気なのか疑いたくなる。

「変な薬で僕のこと永遠に眠らせようとしてたよね? 信じるわけないじゃん。殺されかけたのに」

 余裕っぽい口調に笑顔を加えてみた。

「それでもお母さんは允のこと信じてるわよ」

 報いは受けないつもりらしい。まともな愛情を注がれなかったから、こちらも返さない。

 ふと閃いた。この場で、カーペットの色が識別できなくなるくらい盛大に血を流しながら、自分の身体を滅茶苦茶に破壊する。そこまでやればさすがに、不要な命を生み出して弄んだ罪を反省し始めるだろう。

「どうしたの? 疲れたならベッドに座りなさい」

 もう、うんざりだ。

「二度と会いたくない。明日セルラの番号変えるから」

「待って。側に来て顔を見せてちょうだい」

 踵を返すと、やさしい声で誘いをかけてくる。

「いいでしょ? 允……。あなたはお母さんが本当に好きだった人に似ているから」

「は?」

 簡単に傷を抉られる弱い自分を戒めたくて、苛立ちを抑えることができない。

「そんなに見たいなら写真でも眺めてろよ!」



 帰り際、ロビーに置かれていた彫像を蹴り倒した。

 その程度で荒んだ胸の裡を鎮静できるはずもなく、サブウェーに揺られている今も、黒い残り火が燻っている。

 行くべきではなかった。何を期待していたのだろう。惨めな自分を虐げたくなる。

 清高が毛布で包んで慰めてくれるかもしれないが、真っ直ぐ寮へ帰る気になれない。

 通りかかったストアで素敵なワインを見つけ、せっかくなのでレジでストローもいただいてみた。


 辿り着いた緑地公園は、薄い星明かりの下で静かに夜を受け入れている。

 冷えたベンチに座ると、枝葉の微かなざわめきだけが耳に届いた。

 アルコールセラピーに縋って、少し落ち着こうと思う。

 栓を抜き、ストローで葡萄色の液を吸い上げた。

 ――こんな飲み方したら死ぬかもね。

 急速に視界が焦点を失っていく。夜風が心地よくて、目を閉じれば深く眠れそうだ。

 きっと清高もわかってくれるだろう。


 不意にセルラが振動し、夢が途切れる。

 目蓋が熱っぽくて、手の甲で拭うと涙の線が移った。セラピーの威力が想像以上で、何が悲しいのか、核心に迫るのが難しい。

 ――清高……。

 夕食の時刻を過ぎても帰らないので連絡してきたようだ。

 けれど放置した。泣いていると思われたくない。それなのに、またかけてきてくれるのを切望している自分が可笑しくて苦しかった。

 訊かれたら言ってしまうだろう。十並マコトという人間が母親の裏切りによって造り出された生命であることや、本当の父親が奇怪な自死を遂げたらしいことを。


 中等部の頃、探偵の真似事をして、その人物の名前を突き止めた。出来心で検索してみると、画面に表れた男と自分の、眉目の感じがよく似ていた。彼は学生時代に留学し、海外でアクター活動をしていたが、滞在期間を延長せずに帰国したようだった。

 ――10作中6つがプレイボーイの役とか……。セクシー以外に魅力ない人だったのかな。全然気に入って貰えてない雰囲気だね。……僕もだけど。

 調べを進めた結果、その男は母親の同窓生に間違いない。

 日頃接していた仮の父親が、酷くよそよそしかった謎が解けた。

 叶うなら、自分に混ざっている異質なものをすべて取り出したい。

 気づいていないふりをして仕舞い込んだ暗い履歴。

 誰からも存在を喜ばれていない。求められてもいない。

 だから、自分に混ざっている紫色の歪な遺伝子を、ひと欠片も残さずに取り出してほしい。

 仔犬っぽい笑顔とファッションの防御で、精神を守りきれなくなる前に。



 澄んだ夜風が熱を冷ましていく。

 綺麗な星空にさわれそうだ。

 幼い頃、流れ星が何の合図なのかを知りたかった。

 結局今もわからない。


 緩んだ頭でしばらく考えて決めた。

 清高が迎えに来てくれたら、いつも甘えてしまって申し訳ないけれど、手を貸して貰って立ち上がる。

 来なければすべてを閉じて、永遠より長く眠る。


 ――それでいいよね。



                                 -17sone end.


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