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-15sone 不意打


 午後からまた、殺人的なスコールに見舞われると告知があり、授業はa.m.-2で解散。

 前回は持ち堪えたが、今度こそシティが壊滅するかもしれない。


 十並となみマコトは、清高きよたかの作ったシチューを丁寧に掬った。

 天候のせいで気分が不安定なのか、彼は先ほどからキッチンの奥に座り込んでいる。

 食器を下げに行くと視線が合った。

「大丈夫?」

 清高は少しだけ頭を動かした。頷いたのか判断しにくい感じだ。

 放っておく気になれず、振り払われるのを覚悟して腕を引く。

「せっかくだしウェザーニュース観ようよ」

 こちらの強引さに慣れたらしい清高は、大人しくリビングのソファに座り、上体を倒してクッションに凭れかかった。

「死にかけてないよね? 本人に訊くことじゃないけど」

 何が可笑しかったのか、一瞬だけ笑顔を見せる清高。唇を閉じた控えめな笑い方なのに、どこか人好きのする甘いニュアンスがある。

 TVを点けると、シティマップのほぼ全域が赤く染まっていた。土砂崩れの恐れがあるため、森や崖に近づかないよう警告されている。

 息を呑む気配と同時に、清高が突然立ち上がった。

「十並。俺、出掛けるから」

「冗談だよね?」

「いや、……すぐ戻る」

 出任せっぽい口調に焦りが滲んでいる。

「待ってよ清高。やめた方がいいって。急にどうしたの?」

 彼は何も明かさず、追及をやめろと態度で牽制してくる。そして黒い上着に袖を通し、扉へ向かった。



 暗い日の胸騒ぎばかり、なぜ当たるのだろう。

 すぐに戻ると言った清高が、夕刻を過ぎても帰って来ない。

 避難していればよいけれど、屋外を歩いていて無事に済むとは思えない荒れ模様だ。

 奇妙な間隔で襲うスコールと暴風。殴打に軋む窓ガラス。

 散々迷った末、清高のセルラに連絡してみた。電波は届いているし、電源も入っている。しかし応答がない。


 夜になっても状況が変わらず、悪い予感に挫けて莉保りほにもかけてみたが、彼女は動揺した声で心配だと繰り返していて、清高の所在については知らないようだった。

 今日のニュースは『W事件』に一切触れていない。

 前回の轢殺体遺棄から進展がないこともあり、犯人不明のまま放置されている。

 清高と事件の接点も未だわかっていない。だが、あの焦りようは尋常ではなかった。

 その後も連絡はなく、仕方がないのでもう一度コールしてみた。

 電波が乱れ、雑音が混ざり始めている。

 諦めて切ろうとした瞬間、繋がった。驚きと期待で鼓動が跳ねる。

「……清高?」

『持ち主の方のお友だちですか?』

 聞き覚えのない男の声に戦慄する。

 猟奇犯に拉致されたのか。

 セルラを握る手が小刻みに震えている。

「本人に代わってください」

『それはちょっとできません』

「どうしてですか」

 強く問い詰めたかったが、下手な物言いをすると清高が殺される。

 相手は緊張を見せず、出だしから落ち着いていた。それが逆に危機感を煽る。

『森の近くに青年が倒れていると、現場を通りかかったドライバーから救助要請がありましてね、我々レスQ隊員が今しがた、最寄りのメディカルセンターに搬送しました』

 男は敵ではなかった。しかもある意味、手錠とロープより酷い展開だ。


 隊員から場所を教えられ、森の側のメディカルセンターを訪ねた。

 Taxiを使ったが、僅かな移動で、髪も服も靴もすべてスコールの犠牲になった。

 呼び止めたナースに事情を話し、清高のところへ案内して貰う。容態を訊くと、憔悴している他に、身体中に打撲のような怪我をしていて、どこかから落ちたのか、激しい暴力を受けたのかは解明されていないとのことだ。

 ひとり用の室内は、小さなライトのみで闇が濃く、寮の夜に似ていた。

 清高は白いベッドに横たわり、睫毛を伏せている。しばらく起きそうにない。

「また泣いてたの?」

 熱っぽい感情の波に苦しんでいる様子が、ときどきとても可哀想になる。

「ロケーション最高だね」

 壁の一部が窓になっていて、仕事をしているナースたちに手を振ったり、笑顔を交わしたりできる、スタンド席最前列レベルの素晴らしい部屋を引き当てたにも関わらず、本人は深い眠りのままゆっくりと死にたがっているようにも感じられて、そのことに気づいた自分が切なかった。

 今回の件で清高は、元から多くは持っていない幸運を使い果たしただろう。

 色素の薄い指に触れて微量のluckを譲渡してみる。

 眉目の静かな線がほんの少しだけ動いた。

「死んだらきっと後悔するよ」

 彼の望みが何であっても、最後にならなかったことを喜びたい。


 着替えは明日の朝、寮へ戻って取ってくる。

 どこで眠ろうかと部屋を見回した際に初めて、謎めいた旅行鞄に意識が向いた。

 端に寄せたパイプ椅子に置かれていて、表面がまだ濡れている。さほど大きくはないボストン型だ。

 黒というのが清高らしいが、昼間寮を出たときには持っていなかった。

 側で観察してみると多少の使用感があり、4桁のナンバーロックに草の破片がついている。

 外見の判断では、中身はあまり入っていない。

 興味を持たなかったというと嘘になるけれど、手に取ることを本能的に躊躇った。

 清高の秘密を暴いてはいけない。

 たとえ何が起きても、隙のない口元をスパナでこじ開けるような真似はしないと決めている。

 道を踏み外したらもう、誰のことも救えない。



 十並、と呼ばれた気がして覚醒する。

 身体が痛い。部屋の隅に蹲っていたら、そのまま眠ってしまったらしい。

「おい、十並」

「……何?」

 清高は屈んでこちらに目線を合わせ、弱い力で肩を揺さぶってくる。レスQ隊員とメディカルセンターの慈悲がなければ助からなかった傷病者のくせに、随分と余裕ではないか。

「歩いていいの? 74%くらい死にかけてたって聞いたけど」

 急激に怒りたい気分になって、冷ややかな口調をあたためることができない。

 ここまでくると、心配をかけられるより、罵られた方が断然ましに思える。

 無責任で、人を傷つけることを厭わない清高。行動がふざけていて笑う気にもなれない。

「身元不明の死体になりたいなら止めないよ。振り回されるの疲れちゃった」

 悲しげに視線を外し、抑えた声で彼は言った。

「頼みがある」

 こちらの荒れた感情は充分に伝わっているはずだ。それでも今でなければいけないのか。

 黙って待つと、清高は先を続けた。

「少しのあいだ入れ替わってくれないか」

 説明はなかったが、すぐに黒い旅行鞄と繋がった。人目につかない早朝のうちに、あれを処理したいのだろう。

 不本意であっても彼の選択を尊重するしかない。

「OK。不安にならなくていいよ。何も訊かないから」

 素早く服を脱いで、清高の病衣とトレードする。ナースに見つかったら強制終了だ。

「りほちゃんにはここにいること言ってないよ」

 彼は複雑な面持ちで唇の端を上げ、返事をせずに貸した服に着替えた。パーカのフードを被り、黒い鞄を抱え、スライドドアを開ける。モノトーンの配色が気に入ったのか、クランケ番号が印刷されたお洒落なリストバンドを装着したままだ。

「朝の巡回までには戻る。……何かあったら責任は俺が」

 振り返った横顔が普段の清高で安心する。

 血色が悪く、爪も白かったが、意外と死ななそうだ。

「僕はベッドで寝てるね」

 彼を見送り、寝台に横たわった。入れ替わりがばれないよう、頬の辺りまで毛布で覆ってみる。

 やわらかな温もりに包まれて、至上の癒しを手に入れた。



 夢の中で、清高の死の報せを受け取った。現実で最悪を回避した場合、実現しなかったルートを、何らかの形で辿ることが義務づけられているのかもしれない。

 頭を整理していると、清高が帰ってきた。

 時間を気にして走ったのか、少し汗っぽくなっている。

「そんなに急がなくても大丈夫だって」

 彼はもう、あの不気味な黒い鞄を持っていなかった。だが、あれがいつか、思いがけないタイミングで自分の元へ運ばれてくるような、上手く言い表せない恐怖に蝕まれた。

「清高のせいで心労自殺しそう。まだ死にたくない」

「……悪かった」

「本当に反省してる?」

 彼はやさしい目をして頷いた。ときおり見せる大人びた雰囲気が、自分とは対照的な人間であることを無駄に意識させてくる。

 親密さは曖昧なまま、感覚も感情もすれ違ってばかりだ。

 けれど、やがて訪れるはずの訣別の朝、自分より先に清高が泣く気がした。



                                 -15sone end.


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