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アリステアとイヴァリースの町

 アリステアを街へ誘う。


「アリステア殿、せっかく、遠方から来られたのです。我がイヴァリースの街を一度見物されてはいかがですか?」


 口説き文句のようであるが、そのような意図はなく、世間話でもしながら、ローザリアの内情を探ろうと思ったのだ。


 最初は断られると思ったが、アリステアは素直に「嬉しいです」と首を縦に振った。

 なんでも魔族の街を一度見ておきたいらしい。


 どのように魔族が人間を統治しているのか、イヴァリースはどのように豊かになったのか、鉄砲なる武器はどうやって作ってるのか、興味が尽きないらしい。


 正直に話してくる姿は少し可愛らしいが、「やれやれ」と思わなくもない。


 それは敵国の人間に「スパイ行為」がしたい、と宣言しているようなものではないか、と思うのだが、敢えてそのことは注意しなかった。


 そもそもこの娘には口が軽くなって貰わなければ困る。

 先ほど、セフィーロは言っていた。


「もしもその娘が口を割らないのであれば、(わらわ)がとっておきの秘薬(じはくざい)で口を割らせても良いし、頭蓋骨を切開して情報を取り出すこともできるぞ」


 ――あの魔女がその言葉を実行しない保証はどこにもない。


 なるべくスマートに情報を聞き出し、ローザリア国王とその後ろに控える連中の動向を探りたかった。

 そういう意味では、この娘は扱いやすくて助かる。そう思いながら館の外へ出て街へと向かった。



 まず案内をしたのは街の中心にある大広場、そこには大きな噴水と彫刻がある。


 元々はただの広場だったのだが、ドワーフの王ギュンターが、「詰まらん」と増築してくれたものだ。

 中央に女神の像が飾られており、その指先から水が噴出している。いわゆる水の女神アクアルの像であった。


 噴水口としての題材としては、珍しいものではなかったが、それを見たアリステアの感想は、素晴らしい、の一言だった。


「あのような見事なものは、王都リーザスでも見られません」


「それはギュンター殿にもお伝えしなければ。あの像は彼の部下が造ったものですから」


「ギュンター殿、というと、噂の鉄砲を作っているとかいうドワーフの王ですね」


「正確には彼の部下が、ですが」


 彼女は何人くらいいるのでしょうか? とメモ帳を取り出し、尋ねてくる。


(やれやれ、本当に分かりやすいというか、嘘がつけない娘なのだな)


 という感想が湧くが、素直に教える。


 次いで彼女を案内したのは、イヴァリース郊外にある農場だった。

 今は一面、クローバーが広がっている。


「なぜ、クローバーが植えられているのですか? こんなものは家畜しか食べませんが」

「その家畜に食べさせるためですよ」


 と俺は正直に話す。


 四輪作農法は、秘策中の秘策ではない。農家の人間にそうするように指示を出しているのだから、いずれその噂は大陸中に伝わり、真似をする人間も出てくるだろう。


 いや、すでに魔王軍の支配下の街では導入が始まっている、という。

 隠す必要など何もなかった。


「こうして畑を休ませ、植える作物を変えるのです。そうすれば連作障害を起こさず、耕地を休ませる必要がありません」


 その言葉を聞いたアリステアは「なんと!」という顔をすると、「そんな方法があったとは」とメモ帳に必死でメモをしながら、「我が領地でも、いや、ローザリア全土で導入をせねば」と呟いた。


 さて、彼女を驚かし、心を開かせるにはこれくらいで十分だろう。

 農園を歩きながら、俺はなにげなく、尋ねてみた。


「話は変わるのですが、ローザリアの国王、トリスタン3世という方はどのような方なのですか?」


 彼女は即答する。


「立派なお方です!」

 と――。


「…………」


 返答に窮してしまう。


 まあ、彼女の立場ならばそう言うしかないだろうが、それだけではなんの情報も得られない俺は踏み込んだ話をする。


「例えば趣味のようなものはありますか?」

「陛下はキツネ狩りと詩作が趣味です」

「ほう、風流ですな」


「はい、常日頃から近習を伴ってはキツネ狩りに出かけ、夜になれば蒼い月を眺めながら美しい詩を(そら)んじています」


「なるほどね」


 と俺は呟く。


 つまり、政治に全く興味のない凡庸な君主、というわけか。

 やはりローザリアの実権は宰相であるアイヒスが握っている、とみて間違いないだろう。

 次いでそのアイヒスという人物について尋ねることにした。


「トリスタン陛下は立派な文化人のようですな。それでは和平の話、必ず守ってくれるでしょう」


「勿論、陛下に二つ心はありません。陛下ほど戦争を忌み嫌われている方はいませんし、陛下ほど慈悲深い方はいません。なにせ、私を幽閉の身から救ってくださったのは陛下です」


「アリステア殿が幽閉されたのは、御前会議で強硬にイヴァリースに戦力を集中させるべきだ、と進言したからと聞いていますが」


「……はい」


 と、声が小さくなったのは、その時のことを思い出しているためだろうか。


「アイク殿の前で言いにくいのですが、国王陛下は確かに怒られましたが、幽閉を決定したのはアイヒス殿です」


「宰相閣下がお決めになったことなのですね」

「……はい、臆病者め、お飾りの団長のくせに戦略に口を出すな! と罵られました」

「ということは、戦の指揮は実際には宰相閣下が取り仕切っていると?」


 アリステアは頷く。


「政治もですか?」


 アリステアは同じように頷く。


「それではトリスタン陛下は宰相閣下の操り人形ですな」と言えばそのまま頷きそうだったが、流石にそんな非礼なことは口にできない。


 だが、その表情と態度で、ローザリアという国の内幕が見えたような気がした。



 政治や戦に興味を示さない国王、それをいいことに国政を牛耳る宰相。

 


 まるで物語に出てくる亡国の典型的なパターンだった。

 ただ、敵国とする際には有り難い政治情勢だが、今の状況下では不利に働く。

 戦に嫌気が差している国王、その国王が勝手に魔王軍と和平を結ぼうと使者を送ったのだ。

 ローザリアを私物化していた宰相は良い気持ちがしまい。

 それどころか、政治と軍事を牛耳ってきた人間としての自尊心をしこたま傷つけられているかもしれない。



 そうなるとやはり、



 和平会議をぶち壊し、その場で国王を暗殺、その罪を魔王軍になすりつける。

 


 という暴挙に出てくる可能性も十分あり得た。

 俺はしばし考える。

 交渉の席に着くのは危険なのだろうか。


 ジロンやセフィーロの言うとおり、のこのこと敵の術策にはまる道化を演じることになってしまうのかもしれない。


 そんな風に考えていると、アリステアは俺の顔を窺うように尋ねてくる。


「どうかされましたか? アイク殿」


 心配げに尋ねてくるアリステアだったが、彼女を安心させるため、決断を下す。


「やはり、交渉の席には着くべきだろう」


 と――。

 敵の罠の可能性は多いにあったが、別に罠に掛かっても問題はなかった。

 トラバサミに掛かってしまっても、そのまま相手の喉笛を食いちぎれば、必然的にこちらが勝つのだ。

 要は敵の用意した罠の上を行く策をこちらが用意すれば問題ない、ということだ。


 そう思った俺は、アリステアの方へ振り向くと、


「今日は貴重な時間を過ごせました。今後ともどうかよしなに――」


 と、紳士のように頭を下げた。


 アリステアは、きょとんとした顔をしているが、一応、「こちらこそ」と返礼の挨拶と礼をする。

 その姿はなかなかに可憐で、そのさまは大貴族の娘を思わせた。


 さて、何も理解していないような娘だが、もしも交渉が決裂した場合、どのような表情をするのだろうか。


 無論、全力で和平条約を調印させるつもりでいるが、交渉の席が嵐に包まれたとき、この娘はどのような顔をし、どのような行動に出るか、不謹慎ではあるが、興味が尽きない。

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