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和平の提案

 食後の飲み物はアリステアも俺も紅茶だった。

 俺は砂糖は二杯、アリステアは三杯、その上にミルクも入れている。

 彼女は紅茶に一口口を付けると、核心から話を始める。


「実は、私は国王陛下の密命を帯びてアイク殿のところへやってきたのです」


「密命……ですか?」


 驚くべきことではなかったが、興味がある話である。


「内容を早速伺いたい、――ところですが、その前に何故、俺のところに話を持ってきたのでしょうか? 重要な案件ならば、魔王様に直々交渉を申し込んだ方が早いですが」


「そ、それは……」


 と彼女は言葉を濁す。


「魔王の居城ドボルベルクまで赴くには日数を有します。それに魔王軍の支配地を突っ切り、魔王殿に会う勇気はありませんでした。それにその時間も」


 確かにそれには勇気がいるだろうな。

 魔族が支配する地域を女性が少人数を伴って突っ切る。

 もしも途中で話の分からない魔族と出逢えばそのまま虜囚の憂き目に遭う。

 最悪死ぬことも考えられる。

 そんな危険を犯すのは愚策だろう。


「では、他の軍団長のもとへ向かわなかった理由はあるのですか? 前線には他の軍団長の根城もありますが」


「………………」


 彼女はしばし沈黙すると、何か決意をしたかのように頷く。


「……正直に申し上げますと、最後にアイク殿とお会いしたとき、感銘を受けたのです」


「感銘……、ですか?」


「はい」


 とアリステアはまっすぐな瞳でこちらを見つめてくる。


「アイク殿に機密書類を奪われた後、実は私は死ぬつもりでいました。いえ、その前からいつ死ぬべきか、それだけを考えていました。戦場で多くの部下を死なせ、国王陛下に諫言(かんげん)をし、幽閉されてしまったのです。ロッテンマイヤー家の家名を大いに傷つけてしまいました。死をもって償うしかない、と考えていました」


 ですが、と彼女は続ける。


「あのとき、アイク殿は、戦には運気もある。死ぬな、と声をかけてくださいました。その言葉があるからこそ、今、私の命はあり、こうして国王陛下のお役に立てるのです」


 つまり、他の団長よりも俺の方が話がしやすい、と、あのとき感じてくれたのだろう。

 そう解釈すると、話を続けるよう促した。


「その国王陛下のため、というのが、今回の使者の役目、というわけですね」

「はい」

「してその内容は?」


 アリステアは悠然と答える。


「国王陛下は、魔王軍との和平をお望みです」


「和平ですか」


 意外な言葉であったが、驚く素振りは見せない。

 ここは外交の場だ。

 彼女のように感情を表に出すのは宜しくない。

 あくまで魔王軍の利益のみを考えて行動し、発言すべきだろう。


「ローザリアの国王陛下がそれをお望みなのですか?」


 彼女が独断で動いていないか、確認する意味を込めて尋ねた。


「はい、トリスタン3世陛下は、魔王軍との和平をお望みです。私はその使者としてこの場にやって参りました」


「……和平ですか、それは唐突ですね」


 そう言わざるを得ない。

 今までそのような話は一度も持ちかけられたことがないからだ。

 余程、諸王同盟は窮地に立たされているのだろうか。

 それとも余力のあるうちに交渉の席を設けて、有利な条件で和平を結びたいのだろうか。

 判断に迷うところである。

 部下たちは俺を予言者のように扱うことがあるが、自分には森羅万象全てのことを見通す力はない。

 ある程度は予測できるが、それが外れることもままある。

 今回の件も真意は分からない。


 ただ、分からないからといって、その申し出を無視する権利は俺にはない。

 アリステアはただの使者だが、それでも彼女から多くの情報を得ておくべきだろう。

 俺は彼女との会話を続ける。


「しかし、ローザリア王国は歴史ある王国です。この大陸でも列強として知られる。今更、トリスタン陛下が魔王軍に和平を持ちかけてくるとは思えない」


「確かに陛下は誇り高いお方ですが、それでも平和を愛するお方です。これ以上、いたずらに戦が長引くよりは、魔王軍との和平も必要だとおっしゃっていました」


「しかし、魔王軍はローザリアの国土の半分を占領している。それに今、戦況はややこちらの方が有利です」


「……なにをおっしゃりたいのですか?」


 アリステアは尋ねてくる。


「つまり、和平をするからにはこちらの有利な条件で結ばせて貰う、ということですよ」


 当然の話だ。


 戦況が不利ならばともかく、今は魔王軍が有利に立ちつつある。

 その状況下で相手側から和平を持ちかけてくるのだ。

 ふっかけられるだけふっかける、というのが、外交の常套手段である。


 それに和平を結ぶにも反対をする軍団長もいるだろう。

 特に第2軍団のゲルムーア辺りは、強硬に反対してくるだろうし、他の軍団長も良い顔はしないだろう。


 ここで下手を打てば、魔王軍内で内乱が発生し、最悪の事態に陥る。

 ――という可能性も否定はできない。


 和平をするにしても、魔王軍すべてのものが納得する成果を得られなければ意味はない。

 俺はそのことを尋ねたのだが、アリステアは、意外にもそのことは承知済みのようだ。


「勿論、それは分かっています。こちらから和平を持ち込むのです。陛下には妥協をする覚悟があります」


「具体的に言うと?」


「魔王軍が現在、支配している地域はすべて魔王軍に差し上げます。それに和平の証として、今後、数年間、金貨を献上します」


 その言葉を聞いた俺は思わず「ほう」という言葉を漏らしてしまう。

 形の上では完全降伏、と受け取っても構わない条件である。

 もしもその条件を飲んで貰えるのならば、和平に応じても構わないのだが……。

 戦乱の世に飽き飽きしている俺からしてみれば、悪くない条件である。


「その話、文章にして頂けますかな?」 


 俺がそう切り出すと、アリステアは勿論、と懐から文章を取り出す。


「正式な調印はしていませんが、これは仮の条約書です」


 と、俺にそれを手渡す。

 それに目を通すが、やはりアリステアの書かれている通りの条文だった。

 花押(サイン)もトリスタン直筆のものだと思われる。

 それを見て、少なくともローザリアの国王は交渉のテーブルに着く気はあるようだ。

 そう悟った俺は、アリステアにこう言った。


「分かりました。この書状は預かりましょう」


「本当ですか!?」 


 俺がそう言うとアリステアはテーブルから身を乗り出して、こちらの方へ乗り出してきた。


 美人の顔が眼前に迫ってくるのは悪い気分ではないが、彼女が美人だからといって、条約の成否に影響を与えるつもりはない。


 それに、これは軍団規模の問題ではなく、魔王軍全体の問題だった。

 到底、俺一人で決めることなどできない。

 この条約の可否は、俺ではなく、魔王様が決めるべきことだろう。


 俺はそのことを言葉にすると、「魔王様に確認をとってきますので、数日、お待ち頂けますかな?」とアリステアに尋ねた。


 彼女は「勿論です!」と顔を綻ばせたが、その顔に邪気はなかった。

 《読心術》の魔法を使うまでもなく、彼女の言葉に嘘はないだろう。

 ――だが、彼女に後ろに控える人物はどうであろうか?


 ローザリアの国王は有能な国王とはいえないらしいが、その後ろに優秀な軍師や宰相が控えているかもしれない。


 俺はアリステアの言葉は全面的に信じる気でいるが、ローザリア王国自体は信用していなかった。

 ともかく、この件は軍団長レベルでは裁可を下せない案件であろう。


 俺はアリステアに宣言したとおり、元上司に相談するため、イヴァリースにある転移の間へと向かった。

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