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王都からの客人

 その後、俺はイヴァリースに養鶏場を建てることを命じた。

 勿論、理由は以前言っていたマヨネーズ作りのため、ではない。

 まあ、その意味合いもあるが、養鶏場というのは実にコストパフォーマンスのいい施設だ。


 卵は生命の源。完全栄養食と呼ばれるくらいバランスが良い物だったし、鶏肉自体、大変良質なタンパク源になる。


 そもそも鶏肉自体旨い。牛や豚も好きだが鳥も好きだ。

 胸肉はカラアゲにしても旨いし、モモ肉はソテーにも煮込みにも使える。

 パサパサなささ身だってチーズを挟んで油で揚げれば御馳走に変わる。

 鶏肉や卵がたくさん出回るようになれば、市民の生活も潤うだろう。


 ちなみに今までも鶏肉は流通していたが、各農家が庭先で飼っている卵を産まなくなった雌鶏や卵を産まない雄鶏が市場に出ていた。いわゆる地鶏という奴だ。


 まあ、味は悪くないのだが、農家レベルでの生産になるとどうしても大量には流通しにくい。

 現代の大規模な養鶏場とはいわないまでも、それなりの規模の養鶏場を作れば街はとても豊かになるだろう。


「ならば早速建設しよう」


 とは、日本酒の瓶を片手に持ったギュンターである。

 試作品の日本酒をとても気に入ってくれたようで、最近では常に口にしているようだ。

 曰く、「酔いはしないが、口触りはいい」とのこと。


「要は気に入ってくれている、ということですね」


 とサティは微笑む。


「どうやらそのようだ」


 と返すと、俺も微笑み返す。――と言っても仮面越しでサティには見えないだろうが。


「しかし、ご主人様は本当に休まれている暇がないですね」


 と、サティは唐突に言う。


「ご主人様にお仕えするようになってから、ご主人さまがゆっくり羽を伸ばされているところを見たことがありません」


「まあ、それは仕方ない。人間……、いや、魔族もだが、偉くなればなるほど忙しくなる」


「サティの知っている貴族様は皆、暇を持て余していましたが」


「言われてみればそうだな」


 人間よりも魔族の方が働き者、とはある意味滑稽だ。


 だが、我が魔王軍にもセフィーロという名の怠け者もいるし、他の軍団長の中にも怠け者はいる。魔王軍という組織は先進的で、怠けていても結果さえ出せば、魔王様はなにもいわない。


 ただ、逆をいえば働き者でも無能であれば、容赦なく左遷されてしまうのだが。

 前世の信長様も無能者はどんな宿将でも追放していたしな。


「そう言った意味では、団長は今、大丈夫なのだろうか?」


 最近、連絡を取っていないが、ちゃんとやれているか心配である。

 もっとも、それは釈迦に説法なのかもしれないが。

 麗しの元上司、黒禍の魔女セフィーロは伊達に何百年も生きていない。

 俺が抜けたくらいでぐらつくほど第7軍団はやわではないはずだ。

 むしろ、いまだ戦力が足りていない自分の軍団の方を心配しなければいけないのかもしれない。


 先日、エルフの戦士隊とその長であるアネモネが加わったとはいえ、第8軍団の戦力は魔王軍でも最小クラスだ。まだまだ戦力を増強しなければ、魔王様の役には立てないだろう。


「……さて、その為にはどうすればいいだろう」


 日本酒造り、養鶏場の建設、当面できる内政を終えた俺は、当然、今後の展望を考えなければならない。


 今は俺がこの軍団の長であり、俺の行動によって部下たちの運命が変わるのだ。

 サティには悪いが休んでいる暇などなかった。


 そんな風に考えていると、先日、我が軍団の傘下に入ってくれたエルフの娘アネモネが小走りにやってくる。


 その手には手紙が添えられていた。


「アイク様大変です」


 とアネモネは息を切らしながら言う。


 その慌てようはジロンに似ていたが、指摘はしない。彼女は誇り高いエルフ族だ。オークと一緒にされたら気分を害するだろう。


 俺は彼女が息を整えるのを待つと、「何があったのです?」と尋ねた。

 彼女は手に握りしめた一枚の便箋を差し出す。

 手紙の送り主はエルフの女王、宛名はアネモネだった。


「見てもいいのでしょうか?」


 アネモネは無言で頷く。

 さっと目を通すが、手紙の内容は、妹を憂う姉のありふれた文面だった。

 ただし、追伸、と書かれたところに看過できないものを見つけた。


「この手紙はいつ?」


「今朝方届きました」


「ということはもうすぐ本人がやってくるかもしれない、ということか……」


 俺がそう漏らすと、サティが不思議そうな顔で尋ねてきた。


「エルフの女王様がやってくるのでしょうか?」


 ならばおもてなしの用意をしないと、とサティは続けるが、俺は首を横に振る。


「やってくるのは、女王陛下ではなく、人間の女性だよ」


「人間の女性?」


「サティは覚えているか? 俺が最初にこの街に赴任してきたとき、攻めてきた騎士団があっただろう」


「はい、確か白薔薇騎士団……、でしたっけ?」


「その団長が俺のところに向かってやってくるらしい」


 その言葉を聞いて駆けつけてきたのは、リリスだった。相変わらずの聴覚である。


「あの小娘がまたやってくるんですか?」


 と少し興奮気味に言う。


「覚えているのか?」と言ったのは少し意外だったからだった。


 この娘は鶏ではないが、三歩歩けば以前のことは忘れる脳みそを持っている。


「そりゃあ、覚えてますよ。だってアイク様と一緒に蜜月旅行(ハネムーン)をした際に会った娘ではないですか」


「…………」


 蜜月旅行とは、たぶん、白薔薇騎士団のアリステアがイヴァリース攻略の失敗の責任を取らされ、幽閉されている塔へ向かったときのことを話しているのだろう。


「へー、あの娘、やっと幽閉の身から解き放たれたんですね」


「どうやらそのようだな」


「意外ですね」


「どうしてそう思う?」


「だってあの調子だとしばらくは幽閉されてるかな、と思っていたのですが」


「俺もそう思っていた」


「なにか事情でもあるんでしょうかね? 親が大貴族だと言ってましたし、国王にお金でも積んだのかな。もしくは余程、人材不足なのでしょうか」


「両方ありえる線だな」


 と、俺は自分の顎に手を添え考える。


「確かにアリステアという娘はローザリアでも有数の門閥貴族の娘だ」


「モンバツ貴族?」


「大貴族という意味だよ」


 俺はリリスの語彙(ごい)の少なさに呆れると、己の考えを説明する。


「確かにお前の言うとおり、親がお金を積んだ可能性もあるな。もしくは本当に人材不足で蟄居中(ちつきよちゆう)の将でさえ呼び戻さないといけないほどの状況なのかもしれない」


「アイク様がいろんな騎士団をぼっこぼこにしてやりましたからね」


「ただ、問題はそこではない。正直、なぜ、アリステアが幽閉の身から解き離れたのか、は些末な問題だ」


「というと?」


「問題なのは彼女がここにやってくる意図だ。フェルレット殿の手紙にはその辺はなにも書かれていない」


 その件について補足したのは手紙を持ってきた張本人であるアネモネだった。


「姉は一応、暗殺の危険性を示唆するようなことは書いてありましたが」


「それはない」


 と断言しておく。


「一度、アリステアという娘と会ったことがあるが、そのような姑息な真似をする娘には見えなかった。それにそんな度胸があるタイプにも見えなかったしな」


「ですねー。でも、ちょっと思い込みが強そうなタイプに見えたから、ローザリア国王が『お主にしかできないことなんじゃ』とでも(そそのか)せば、無理を承知でやるタイプにも見えましたが」


「そうだな、その可能性もなくはない、か」


「そ、それではやはりアイク様を暗殺しに!?」


 アネモネは驚愕の表情を浮かべるが、驚いているのは彼女だけのようだ。

 今から対策しておくべきなのでは? と顔面を蒼白にさせている。

 その姿を見てリリスは「くすくす」と笑う。アネモネは「なにが可笑しいのですか」と抗議する。


「馬鹿ね、アイク様があんな娘ごときに後れを取るわけでないでしょ」


 と断言する。

 一同の視線は俺に集まるが、まあ、確かにアリステアという娘に暗殺されることなどないだろう。

 だが、それでも、一応、警戒はしておくべきだろう。



「どんな相手にも油断はするな。歴史上、連勝に連勝を重ねたが、最後の最後に暗殺され、歴史の舞台から消え去った名将は星の数ほどいる」



 というのは奈落の守護者といわれた祖父の遺訓でもあったし、事実でもあった。

 俺は久しぶりにじいちゃんの声と顔を思い出すと、サティの方へ振り向き、こう命じた。


「さて、アリステアという娘が何を目的にやってくるのかは知らないが、ともかく、客人がやってくるのだ。一応、持てなしの用意をしていてくれるかな?」


 サティは「はい!」と微笑むと、嬉しそうにイヴァリースの市場へと向かった。

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