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イヴァリースで酒造り

 イヴァリースへ戻ると、案の定、ジロンが城門までやってきて「だ、旦那ぁ~」と泣きついてきた。

 どうやら問題が山積みしているらしい。

 俺は「やれやれ」と漏らすと、さっそく執務室へと向かった。

 机の上に置かれた書類の山を見て、溜息が漏れるが、一件一件処理するしかない。


 サティに珈琲(コーヒー)を注文すると、徹夜をする覚悟を決めた。

 彼女は頼まれるまでもなくすでにコーヒーカップを手に持っている。

 流石はプロのメイドさんだ。

 俺はサティに「先に寝ていてもいいぞ」と、言おうと思ったがやめた。

 この娘のことだ。俺が徹夜で仕事をしている限り、主人より先に寝るなんてことはないだろう。


 言っても無駄なことは言わない。そんなことをする暇があるのなら、さっさと仕事を終わらせた方が早い。


 書類に目を通し、オークの参謀ジロンに指示を出す。

 それを繰り返すこと数十回、5杯目の珈琲を飲み終えたとき、やっと机の上から書類が消える。

 見ればいつの間にか窓から光が差していた。


「やれやれ、結局徹夜か……」


 仕方ないといえば仕方ないが、これも領主としての務めだった。

 ジロンを家に帰らせると、俺は欠伸をしながら、執務室の外に控えているだろうサティに言った。


「ふぅ、やっと終わったよ。サティももう寝なさい。俺も寝る」


 彼女は返事をするでもなく、すっとドアから離れたようだ。

 どこまでも奥ゆかしい娘である。

 自分の寝室へ戻ると、夕刻まで深い眠りについた。


 起きると同時に、温かい食事が用意されているのは、もはや予想の範囲内であった。

 主人の生活リズムを完全に把握している。

 完全にプロの仕事である。


 俺はサティの作った鹿肉のシチューとライ麦パンを食すと、イヴァリース街をどうやって発展させるかを考えた。



 イヴァリースの街の人口は、万に近づきつつある。

 俺が産業に力を入れたため、農工業生産力が飛躍的に跳ね上がったからだ。

 出生率が上がったのは勿論、各地から流民や難民が集っている。


「これもご主人様の四輪作(ノーフォーク)農法のおかげですね!」


 サティは嬉しそうに言う。


「あと、ギュンター殿の呼んだドワーフの職人の力も大きいですよ」


 とはジロンの持論だった。


「ああ、まあ、内政面においては特に課題はないんだよなあ」


 イヴァリースの食糧自給率は100%を超える。つまり他の都市に輸出している状態だ。


 俺の開発した農法や水田によって、膨れ上がった住人の胃袋を満足させるだけの量を確保しつつ、他の都市に輸出できている。


「工業の方も上手くいってるしな」


 ギュンターの一声で集まったドワーフの職人たちは、日々、火縄銃を量産。我が軍団の銃保有率は中々のものになっているし、南方の通商連合に大砲や工芸品を輸出するまでになっている。


 それと引き替えに南方特有の香辛料や穀物などを輸入している。


「考えてみればドワーフ様々ですね」


 ジロンは漏らす。


「確かにギュンター殿がいなければ、今のイヴァリースの繁栄はなかっただろうな」


 前世のベストセラー『聖書(バイブル)』なる書物にも、轆轤(ろくろ)を回すものは飢えない、という格言がある。


 つまり技術を持っている人間は、いつの時代も食うに困らない、という意味なのだが、この異世界に転生して、改めて技術者の有り難みを知った。


「……そう考えるとギュンター殿に恩返しが必要かな」


 思わず漏れた言葉に、サティとジロンは反応する。



「「それはいいですね」」

 


 ほぼ同時にそう口にした二人、思わずサティとジロンは顔を見合わせるが、二人とも笑顔であった。

 その姿を見て俺は、心の中で「採用」と、漏らすと、彼女たちの意見に従うことにした。



 さて、酒造りか。

 どうするべきか、頭を悩ませる。

 我がイヴァリースも元々は農業都市、酒くらい産出する。


 葡萄(ぶどう)の収穫時期になれば、大樽の中に葡萄を詰め、毎年選ばれた乙女たちが、足踏みをしながら葡萄を潰す。


 毎年、街で一番の器量よしの乙女たちが選ばれるらしいが、今年はサティとリリス、それと先日配下に加わったエルフのアネモネ辺りが候補者の最有力だろうか。


 彼女たちがスカートをたくし上げ、踏み潰した葡萄の果汁がワインになるのだ。

 今から楽しみな光景ではあるが、葡萄酒ではギュンター殿は喜ぶまい。

 アルコール濃度の高い蒸留酒を愛飲されているお方だ。 


「葡萄酒など水と変わらない」が口癖の方だしな。


 そんな人に今更葡萄酒を提供しても仕方ない。

まだ工業用のアルコールでも提供した方が喜ぶのではないだろうか。

 いや、流石にそれは冗談だけど。


「まあ、ワインを蒸留すれば、ブランデーやコニャックになるけど、それはそれで芸がないな」

「ならばウィスキーでも作りますか?」


 とは酒飲みのジロンの提案だが、悪くない。幸いなことにイヴァリースはウィスキーの主原料である穀物類が豊富にとれる。


 ――が、ウィスキーは熟成に時間が掛かるし、旨いウィスキーを作るのには上質な水がいる。

このイヴァリースの付近にはあまり上質な水は望めない。

 良質な水を得るにはイヴァリース郊外に酒蔵を建設せねばならないだろう。

 せっかく、人手をかけて郊外に酒蔵を建設するのだから、ありきたりな酒ではなく、珍しい酒を造りたかった。


「それも悪くないが、まあ、今回は保留で。できることならば、今までギュンター殿が飲んだことはない酒を振る舞いたい」


「そうなると、果実酒などはいかがでしょうか? 珍しい果物と氷砂糖を漬けておけば、とても美味しい果実酒が出来ます」


 サティは言う。

 ジロンも相づちを打つ。


「いいですね。ゼノビアから色々な果物を取り寄せていますしね。食料庫にはドライフルーツも山盛りにある」


「そうだな、個人的には梅酒は好きだが……。ギュンター殿はどうかな。甘い酒など酒ではないといってたからな」


「そうです、実はオレも甘い酒は苦手です」


「珍しくて辛口の酒か」


 ――となると。


「やっぱりここは日本酒でも造るかな」


「ニホンシュ? ですか?」


 サティは不思議そうな顔で尋ねてくる。ジロンもだが。


「日本酒とは米から造る酒のことだ」

「お米からもお酒は造れるんですね」

「米も穀物だしな。穀物や果物からなんでも酒は造れる。例外を探す方が難しいんじゃないかな」

「簡単に作れるものなんですか?」

「米を口に含んで吐き出せば、自然と酒になる。口噛み酒、という手法だ」

「…………」


 サティが少し引いているので俺は笑いながら、


「サティが作ったものならば名物になるかもしれないのにな」


 と、冗談めかして言うと、米の作り方について補足した。


「綺麗に精米した米を蒸して、それを一旦冷気で冷やす。そこに麹菌を加えて一定の温度を保ちながら二日ほど寝かす。その際は温度を保つため、寝ずの番をする。そうするとそれが酒母と呼ばれる酒の元になる」


 ふむふむ、とサティとジロンは聞き入る。


「その酒母を大きなタンクに移し、米・麹・水を何回かに分けて発酵させ、不純物を濾過したら完成だ」

「なるほど、結構手間が掛かりますね」


「まあな。その代わりブランデーやワインなどと違って寝かせれば寝かせるほど旨くなる、ということはない。出来上がればさっさと飲める。あと、利点は海産物との相性がいいことかな」


「葡萄酒で干しダラで一杯やるのがオレは好きですが」


「いや、海産物はやはり日本酒だな。ワインだとどうも生臭さが先立つ」


 といっても、ここは内陸都市、あまり新鮮な魚介類とは縁がないが。

 そういった意味では日本酒は南方の通商連合の輸出品にいいかもしれない。

 南方の島嶼都市ならば海産物は豊富だ。金持ちも多いし、需要はあるだろう。


 試作品が出来上がったら、通商連合の盟主であるエルトリアに送り、試飲して貰うのも悪くないかもしれない。


 あの人は美食家だ。エルトリアの口に合うならば、彼女の口コミから金持ちの間で流行るかもしれない。


 そう考えると、ギュンターを喜ばせつつ、イヴァリースの新たな特産品を作れるかもしれないな。


 ある意味一石二鳥だ。先ほど思い出したエルトリアに聞かせれば、「やはり君には商人としての才能がある」と喜ばれるかもしれない。


 そんな風に考えながら、ジロンに酒造りの指示を出した。

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