領主になったけど城壁がないんですが
「ぷはぁー、生きた心地がしなかった」
それが魔王との謁見を済ませた俺の率直な感想だった。
「なんじゃ、アイクよ。柄にもなく緊張していたのか」
「柄にもなくって、俺はこんななりはしてますが、気は小さいんですよ。団長ならご存知でしょう」
「生憎と、お前は仮面を付けているのでな、その表情までは確認できない」
「冷や汗をたっぷりかいてますよ」
「ならば、任地に戻ったら、湯浴みでもするのじゃな。一汗ながせば気分も静まろう」
「任地? ですか」
思わず尋ねる。
「なんじゃ、先ほどの魔王様の話を聞かなかったのか」
「いや、褒美をくれると言いましたが、金貨を1000枚ほど」
「馬鹿者。ただでそんな大金をくれるわけがなかろう。それは都市の領主として渡された軍資金も含まれている」
「都市の領主? この俺がですか?」
「別に不思議なこともなかろう。アーセナムを落とした勲功一番はお前なのだ。領主に出世するなど当たり前じゃ」
「そうなんですか。でも、いきなり領主ですか。しかも、アーセナムみたいな大都市の。俺にできるかな」
戦闘や戦争の経験は積んできたが、政治や内政に関してはサッパリだ。
一応、じいちゃんからその辺のことも含め、教育を受けてきたが、勉強と実践では大きな隔たりがある。
「いや、お前の赴任先はアーセナムではない」
セフィーロはそういうと、にやり、と人の悪い笑顔を浮かべる。
「通常、魔族の世界では『切り取り次第』といって、自分たちが奪った都市は、自分たちが占領運営するが、アーセナムは重要拠点だ。魔王様に献上し、直轄地にして貰った」
それは賢明な判断だと思う。
あの都市は、今後、魔王軍の要石となるはずだ。
信長……、――じゃなかった。魔王様ならば確実に運営し、魔王軍に絶大な富をもたらしてくれるはず。
また、大陸中央にある城塞都市として、戦略の柱にもなってくれるはずだ。
取りあえず大都市の領主に任命されなかったと安堵したが、彼女はそれをあざ笑うかのように俺の赴任先を告げた。
「アイク、お前の赴任先は、アーセナムの南方にあるイヴァリースという街だ」
「イヴァリース? ですか? あまり聞いたことがない街ですね」
「ふむ、小さな街じゃからの。お前の任務はその街を守り抜き、その街の税収を2倍にする。それがもっかのところの目標じゃ」
「2倍……ですか? この戦乱の最中、それも最前線の都市で?」
「なんじゃ? 不服か? なんなら3倍でもよいのだぞ」
不服も不服であるが、魔王軍にとって上官の命令は絶対であった。
俺は、「やりますよ、やればいいんでしょ」、そんな面持ちで、部下達が待つアーセナムへと戻った。
イヴァリースの街へ旅立つ一行、通称不死旅団。
その規模は300兵ほどで、オークにゴブリン、トロール、それにスケルトンを中心とした典型的な魔王軍の旅団である。
通常、魔王軍は、同一種族、吸血鬼なら吸血鬼を中心、人狼ならば人狼を中心に組織されるが、不死旅団は特に不死族のみで組織されているということはなかった。
そもそも、団長である俺からして、中身は人間なのだ。
一応、その外見上、不死族の最上級魔族ということになっているが、俺の身体は腐ってもいないし、肉も皮もそげ落ちていない。
第一、こんななりはしているが、死霊魔術よりも攻撃魔術の方が得意なくらいだ。
更に言えば、うちの主力部隊の一つであるスケルトン隊も、団長であるセフィーロから譲り受けたものだ。
ただ、俺の『見た目が』不死の王だから、不死旅団などと呼ばれているに過ぎない。
むしろ軍団長であるセフィーロに、もう不死族はいらないので、「なるべく理知的で自制のきく魔族を配属してください」とお願いしているくらいだった。
俺たちはイヴァリースにつくと、まず人間の元領主に挨拶した。
中年の冴えない貴族だ。
武装解除と、魔族への全面的な服従を条件に生きながらえた男で、名をエドワルドという。
彼は新たな支配者である俺たちを平身低頭に迎える。
これでもかという美辞麗句、おべっかを使ってきたが、それらを無視すると、さっそく命令を発した。
「まずは城壁の修理をしたい」
イヴァリース攻略にあたり、破壊された城門の修復、それが緊急課題だった。
軍団長から課された課題は二つ、この都市の死守と、税収の倍増だ。
後者はともかく、前者は至急に片付けたい課題だった。
城門を視察する。
「うむ、見事なまでに破壊されている」
確かこの町は、セフィーロ自身が指揮をとり攻略したはずだ。
「……あの人は自重しないからな。戦後のことなんてこれっぽっちも考えない」
占領後、虐殺に及ばないだけマシなのだが、戦後、その城門を修復する、という概念が抜けているのだ。
彼女は自分の持ちうる最大級の魔法、《隕石落下》で、城門ごとぶっ飛ばしたようだ。
いや、城門だけならばまだいい。
その魔法の余波は周辺まで及んでおり、その光景を見ただけで溜息が出そうであった。
オークの参謀、ジロンも溜息をつきながら、同意した。
「アイク様、これは修復に半年はかかりそうですね……」
「半年もかかったら、その間に人間共に攻め入られるな」
「そうですな。では、逆に考えてこのまま放置しますか? 修復途中で襲われたら丸損だ」
確かにそういう考え方もある。
だが、魔王軍はもっかのところ快進撃を続けているが、その勢いもここまでだろう。
理由は二つある。
一つ目は、本国からだいぶ離れ、補給線が伸びきっていること。
二つ目は、人間の抵抗が頑強になってきたこと。
現在、我が魔王軍は、ローザリアという王国を侵略中である。
すでに国土の半分を制圧しているが、上記の理由で進撃速度も鈍くなってきた。
敵の王都に近づき、抵抗が激しくなっていることもあるが、どうやらローザリア王国は隣国と同盟を結び、諸王同盟を締結させたらしい。
ローザリアの周辺国から続々と援軍が送られてきている。
魔族には分からない感情だが、人間という奴は危機に立たされれば共闘するのだ。
力を合わせ、襲い掛かってくる生き物なのだ。
周辺国は、ローザリアを見捨てることもできる。
所詮他人事だと無視することもできる。
だが、そのあとはどうだ?
ローザリアが倒された後は、次は自分たちだ。
と、当然そのように想像し、援助の手をさしのべる。
そこが年中仲違いをしている魔族とは違うところだった。
――俺の見解では、魔王軍の進撃はここで一旦止まる。
つまりここが人間たちとの戦いの最前線になる、ということだ。
そう考えれば、やはり城門を修復しない、という選択肢は有り得なかった。
俺はオークの参謀ジロンに命じる。
「城門の修復を始める。人足と技術者を集めるぞ」
ジロンは「わかりました」とその命令に従う。
「それでは、街から人足と技術者を調達しましょう」
ジロンはさも当然のように言ったが、それは否定する。
「いや、それは駄目だ。非効率的すぎる」
「え? それでは我々に汗水流して働け、というのですか?」
「力のあるトロールは石の運搬ぐらい手伝え。ただ、まあ我々は奉仕者ではなく、支配者だ。その辺はけじめを付けないとな」
だが、だからといって、人間を強制的に働かせても意味はない。
繰り返すが、恐怖ほど非効率的な支配体制はないのだ。
あくまで自発的に働かさなければ、人間も魔族も能力を発揮しない。
そのことを熟知している俺は、ジロンに命じた。
「まずは市民の中から自発的に協力する者を募れ。ちゃんと報酬を支払うことを約束してな。なんならこの俺の名、いや、魔王様の名にかけて誓うと看板にでも書け」
「……はあ」
ジロンはキョトンとした顔で問う。
「それで技術者と人足の半分は確保できるだろう。足らない分は、後方の支配地の都市の住民から募れ。仕事にあぶれた連中が来てくれるはずだ」
何度も言うが、報酬の件はきちんと伝えるんだぞ、と重ねる。
「あと、さっきも言ったが、旅団の中でも、力のあるもの。トロールなどには存分に働いて貰う」
トロールは大型の戦鬼だ。
知能は8歳児程度だが、その力は現代に例えれば、ダンプカーやショベルカーに相当するはずだ。
「人足や技術者達を集めたら、そのものたちを、24時間体制で作業させろ」
「24時間体制でですか?」
ジロンはその大きなまなこを見開く。
「し、しかし、アイク様は人間は大事な労働力だとおっしゃったではありませんか。そのような条件で働く人間などおりますまい」
「あほう、働かせるのは8時間だけだよ。それ以上は絶対働かせない」
「は? たったの8時間だけですか? 今、24時間体制で作業させろといったではないですか?」
「輪番制を敷くんだよ」
「輪番制?」
ジロンは理解していないようだ。
まあ、当たり前か。
魔族はもちろん、この世界の人間にも理解できない考え方だろう。
通常、この世界の人間は、朝日と共に目を覚まし、日が沈めば家に帰る。
魔族はその逆のパターンもあるが、ともかく、照明が発達していない時代だ。そういうサイクルの生活になるのは当たり前だ。
しかし、城壁の修復は火急を要する。
ならば24時間体制で修復するしかあるまい。
通常より多くの人足と技術者を集め、その者達を20のグループに分け、順番で、交代に働かせる。
ただし、労働時間は1日8時間。
魔王軍だがブラック企業にだけはなりたくない。残業は一切させないし、休日もちゃんと与える。もしも作業中に怪我をすれば補償金も与える予定だ。
この方法を使えば、通常の3倍の早さで城門を修復できるはずだ。
通常よりも多くの人足が必要で、しかも夜間、大量のかがり火も必要となるが、この際、けち臭いことは言っていられなかった。
魔王様から頂いた金貨もある。
大盤振る舞いをしても問題ないだろう。
いまだにキョトンとした顔をしているジロンにそのことを伝える。
この男はアホウであるが、間抜けではなかった。
俺の意図までは理解できていないようだが、俺の指示には忠実に動く。
「かしこまりました」
と、うやうやしく頭を下げ、準備を始めた。