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エルフとの盟約

 エルフの里へ帰ると、案の定、エルフの女王は小走りにやってきて、俺の胸に顔を埋める。

 香水を付けているわけではないだろうが、花の香りがするような気がした。



「流石です。アイク様」

「素敵です。アイク様」

「最強です。アイク様」



 とあらゆる美辞麗句で褒め称えてくるが、彼女が俺の(ほお)接吻(せつぷん)しようとしたとき、アネモネが止めに入る。


「姉上、はしゃぐのはいい加減にして下さい」


「ですが、アイク様はこのエルフの国を救ってくれた恩人ですよ。感謝の形を全身全霊で表したいのです」


「ですがもなにもありません。エルフの王族は最初に接吻をしたものに嫁ぐと決まっているのです。姉上はアイクさんに嫁ぐつもりなのですか?」


「その掟は口づけをした場合、でしょう?」


「姉上は今、明らかに口を狙っていました」


「いえ、頬です」


 と主張するフェルレット。


「いいえ、口でした」


 と主張するアネモネ。

 延々と言い争いが続きそうなので、彼女たちから離れるとサティのもとに向かった。

 彼女はいつもの笑顔で出迎えてくれる。


「お帰りをお待ちしていました」


 フェルレットやリリスのように情熱的ではなく、控え目な出迎えだ。

 彼女まであっち側の人間になられると困るので、こちらも「ありがとう」と控え目に返答する。

 すると、彼女は言われるでもなく、お茶を運んできてくれた。

 戦場帰りの恒例行事である。


 生憎とエルフの里には、普通の茶葉はないので、香草のお茶、つまりハーブティーになるが、それでも寒空の下に口にする温かい飲み物は身体の芯を温めてくれる。


 しばし、ハーブティーの香りを楽しんでいると、姉妹喧嘩をやめたフェルレットがこちらの方へやってきた。


 今度は俺に抱擁をするのではなく、接吻を迫るのでもなく、真面目な話をするためにやってきたようだ。


 その表情は真剣だ。今後の話をする覚悟を決めたのだろう。

 俺も仮面の中で真剣な表情をすると、彼女と共にエルフの王宮へと向かった。



 王宮へ向かうと、彼女は恭しく頭を垂れ、「今回の助力、誠に感謝します」と言った。


 俺は型通りに返礼すると、「その言葉はエルフの戦士たち、それと不眠不休で行軍してきた我が配下の魔族たちに言ってやってください」と返した。


 実際、その通りだと思ったからだ。

 今回の勝利、俺一人の力ではない。

 魔族である俺のことを全面的に信頼してくれた女王フェルレットの決断。

 それを受け容れ、俺に付き従ってくれたエルフの戦士長アネモネとその配下たち。

 ギュンターやリリスの個人的な武勇。

 それに前述したとおり、なんとか援軍を間に合わせてくれたシガンの努力。

 どれ一つ欠けても今回の勝利に結びつくことはなかっただろう。

 俺だけでなく、皆が賞賛されるべきだった。


 そのことを話すと、フェルレットは、「アイク様は相変わらず謙虚ですね」と微笑み、「勿論、今回の戦に関わったもの皆に後で礼は述べるつもりです」と宣言した。


 女王の心配りに感謝すると、本題に入ることにした。

 ここからは魔術師でもなく、軍人でもなく、政治家にならなければならない。


「我々はエルフとの盟約を果たし、エルフの森を守りました。次は女王陛下にお約束を果たして頂きたい」


 その言葉を聞くとフェルレットも政治家の顔になる。


「わかっています。エルフ族は名誉を重んじる種族です。一度交わした約束を破るような真似はけっしていたしません」


「エルフの戦士隊を提供頂ける、ということで宜しいですね」


「はい」


 とフェルレットは頷く。


「ただし、すべての戦士を割くわけにはいきません。アネモネを中心とした精鋭50。それがこちらの出せる最大の兵力となります。少なくて心苦しいのですが……」


「とんでもない。十分有り難いですよ」


 アネモネの指揮官としての腕は先日拝見させて貰った。

 彼女の弓の腕、精霊魔法、それらは今後大いに役立つだろう。

 それに戦力としてのエルフも大切だが、交易相手としてもエルフ族は大切にしたい。

 エルフ族はドワーフ族のように手先が器用で工芸品や武器を生み出せるわけでもない。

 通商連合のように豊富な食料を持っているわけでも、香辛料が豊富なわけでもない。


 ただ、この森でしか取れない果実や茸、それらを原料とした霊薬や秘薬は高値で売れるし、魔王軍の役にも立ってくれるはずだ。


 それだけでもエルフ族を味方に付ける価値はある。

 そう判断した俺は、エルフ族との同盟の誓約書にサインをすることにした。

 提示された書類にはすでにフェルレットの署名がされていた。

 赤い文字が書かれている。

 彼女の血をインク代わりに書かれたものだ。

 こちらも儀礼に従い、指先を短剣で傷つけ、血を皿に垂れ流す。

 それを羽根ペンに付け、『魔王軍第8軍団軍団長アイク』と署名する。


 一瞬、第7軍団旅団長、と署名してしまいそうになったのは、まだ軍団長という肩書きになれていないためだった。


 ともかく、これで盟約は完全に成立したわけだが、俺がサインをし終えると、フェルレットはいつもの無邪気な顔になり、「くすくす」と口元を抑えていた。


 なにが可笑しいのだろう。

 そう思い尋ねてみる。


「なにがそんなに可笑しいのですか?」


 フェルレットは、失礼、と前置きした上でこう言った。


「ごめんなさい、だって不死族の方の指から血が出るのが可笑しくて」


「――なるほど、たしかに可笑しいですね」


 中身は人間なのだから当然ですよ、と言いたいところだが、それは話す必要性はないだろう。


「それにしてもアイク様の身体の中にも赤い血が流れているのですね」


「ええ、一応は」


 こう返信するしかなかったが、フェルレットは変に(いぶか)しむことなく、こう返してきた。


「それを見て安心しました。魔族の方にも我々と同じ赤い血が流れていると分かって。同じ血が流れているのです。きっと、分かり合うことができるでしょう」


「――ええ、きっと分かりあえますよ」


 そう即答すると、エルフの女王であるフェルレットと握手をし、血の盟約を交わした。

 名残惜しいが、これは別れの挨拶でもあった。

 いつまでもこの森に留まっているわけにはいかない。


 俺たち一行は、このまま本拠地であるイヴァリースへと戻らなければならない。

 イヴァリースは最前線だ。

 いつまでも領主不在のままにしておくわけにはいかない。


 俺はフェルレットに別れを告げると、そのまま宮殿を後にした。

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