束の間の休戦
エルフの王都に戻ると、俺たちは歓声によって迎えられる。
エルフは植物を愛するため、花束や花冠こそ用意されていなかったが、それでも見目麗しいエルフたちから賞賛されるというのは心地よい。
それに女王自ら、王都の端まで出迎えて、俺たちの武勲を賞賛してくれるのは、僥倖なことであった。
……人目もはばからずに抱きついてくるのも一国の女王としてどうかと思うが。
その様子を見かねたわけではないだろうが、女王の双子の妹にしてエルフ族の戦士長であるアネモネが控え目に咳払いをしながら言った。
「姉上、人目もありますゆえ」
エルフの女王フェルレットは実の妹の方へ振り向くと、
「いいではありませんか。アネモネは戦場でたっぷりアイク様の勇姿を堪能できたのでしょう? 王都ではわたくしに独占させてください」
と、再び俺をぎゅっと抱きしめてくる。
変わった女王様である。
悪い気はしないが、リリスのキツイ視線と、サティのにこやかな笑顔が怖くなってきたので、離れて頂く、それにまだすべてが終わったわけではなかった。
エルフの宮殿に向かうと、俺は女王に事情を説明した。
フェルレットは、俺の話したことを要約する。
「つまり、敵の魔術師を捕らえることには成功したが、敵軍はまだまだ健在、ということですか?」
「その通りです」
俺がそう答えると、フェルレットは続ける。
「それではまだ戦が終わったわけではないのですね」
彼女は嘆息する。余程、戦が苦手な性格のようだ。
「先ほどの戦果をもって、なんとか和平に持ち込むことは出来ないのでしょうか?」
フェルレットは、上目遣いに尋ねてくるが、それはできない。
「こちらに戦う意志はなくても、向こうには十分あるでしょう。少数の兵によって手玉に取られ、虎の子の魔術師も捕虜とされたのです。逆に怒り狂って攻めてくるはずです」
「今度もゲリラセンジュツとかいうもので追い返せないのですか?」
「それは無理でしょう。前回の失敗を教訓に、今度は兵を一纏めにしてくるでしょうから」
「なるほど、そうなると、正面衝突となるわけですね」
「ええ、小細工はもう通用しないかと」
ただし、と俺は付け加える。
「先ほどの一戦で敵はこちらに脅威を感じているはずです。その行軍は遅々としたものになるでしょう。前回以上に」
「つまり?」
フェルレットは流麗な声で尋ねてくる。
「先日も言いましたが、今、我が魔王軍の部隊がこちらに向かっています。このまま上手くすれば、敵軍を挟撃することも可能です」
「キョウゲキ?」
フェルレットはキョトンとする。どうやらこの女王は軍事に関しては素人以下のようだ。
見かねたアネモネが姉に説明をする。
「つまり、敵軍を挟み撃ちにできる、ということですよ、姉上」
フェルレットはその言葉を聞き、「なるほど」と漏らすが、たぶん、この娘は理解していないだろう。
「キョウゲキ? それって美味しいの?」的な顔をしている。
その顔を見て呆れてしまったが、代わりにアネモネが囁くように謝ってくる。
「申し訳ありません、アイクさん。姉は内政に関してはそれなりに長けているのですが、こと軍事に関してはなんの知識もないのです。弓を握ったことすらないのではないでしょうか」
俺も小声で返す。
「いや、下手に知識のある人間に横槍を入れられるより助かるよ。それに姉妹で弱点を補い合っていいじゃないか。内政は姉、軍事は妹、バランスが取れている」
アネモネは「恐縮です」と頭を垂れる。
どうやら先日の一戦で完全に俺のことを信頼してくれるようになったようだ。
今ではリリスよりも言うことを聞いてくれるので助かっている。
そんな風に考えていたのがばれたのだろうか、それとも俺とエルフの娘が隠れてこそこそしているのが気に喰わないのだろうか、リリスは呼ばれてもいないのにこちらの方へやってくる。
「何を二人でこそこそ話しているんですか?」
相変わらず嫉妬深い娘であるが、邪気はないようだ。
「さっき戦場から帰ってきたのに、まだ戦争の話をしているんですか? そんなに根を詰めていると倒れてしまいますよ」
「不死族だから疲れはないさ」
と、言いたいところだったが、リリスの言うことは正しかった。
エルフの女王と、サティが、戦場から帰ってきたエルフ族の戦士の英気を養うため、料理を用意してくれている、というのだ。
なんでも女王自ら、台所に立ち、その腕を振るってくれたとか。
それは有り難いことである。
一国の女王がそこまでしてくれるのは、僥倖以外の何物でもない。ここは素直にその宴に参加させて頂こう。
そう思った俺は、リリスの後ろに続き、宴の場所へ案内して貰おうと思ったが、そんな俺にアネモネはそっと声をかけてくる。
「姉上の作った料理には手を付けない方がいいかと」
曰く、とても食べられたものではないらしい。
戦争が苦手、外交下手、天然、彼女には色々な弱点があるそうだが、その中でも料理の下手さは特筆に値するらしい。
「……確かに欠点の多い女性だ」
そう思ったが、それでも彼女から差し出された料理には口を付けねばならない。
それは外交上の儀礼でもあったし、人としての礼節でもあった。
そう思いながら、宴の場所へ向かった。




