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鬼火の森と宮廷魔術師

 翌々日の夜、敵兵と遭遇する。

 森の奥に視線を集中する。

 真っ暗な森の奥から、鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)がゆらりゆらりと揺れる。

 それも一つ二つではない。

 数十、いや、数百の鬼火がこちらに近づいてきていた。


 無論、それらは実際の鬼火ではなく、人間の兵隊たちが持っている松明なのだが、真っ暗な森の中から揺らめくそれは、幻想的で美しかった。


 しばしその光景を堪能していると、エルフの戦士の一人が尋ねてくる。


「アイク殿、大丈夫でしょうか?」


 その言葉を発したのは、昨日、俺を女王の下へと誘ってくれたエルフの娘だった。

 彼女の心配事は承知しているので、安心させるため、こう口にする。


「心配する必要はない。確かに南方の戦線に割いたエルフの戦士は少ないが、俺が何とかするから」


「…………」


 彼女から返答はない。

 どうやら敵の数に圧倒されているようだ。


 それはそうか。

 敵の数はざっと見たところ600以上、東西南北の戦線の中で最大の規模を誇る。

 それに敵軍の主力のようだ。

 騎士と思わしき兵が多く、その上多くの魔術師も抱えている。

 もしかしたら、先日、エルフの村を襲った高位の魔術師もその中にいるのかもしれない。


 その数をたったの数十人で迎え撃たなければならないのだ。

 もしも俺が彼女の立場ならば、同じように足を震わせていたかもしれない。

 この南方戦線に配属されている数のエルフは一番少なく、一方、相手となる敵の数は一番多い。


 敵軍を恐れるな、という方が無理な注文だろう。 

 そう思った俺は、彼女たちの士気を鼓舞するため、最前線に立つことにした。


「……やれやれ、これではリリスのことは叱れないな」


 そう思ったが、こればかりは仕方ない。


 吐息を漏らしながら、《飛翔(フライ)》の魔法を放ち、木々の間を飛び回るように敵軍に近づいた。

 同時に《静音(サイレント)》の魔法で音を完全に消している。


 暗闇にひるがえる俺の不死のローブは、まるで梟と蝙蝠を合わせたかのような生き物に見えることだろう。


 もっとも、俺の存在に気が付いた敵兵がいれば、の話であるが。


 完璧な動作で敵兵の後背に回り込むと、敵兵の後ろから、《炎柱(ファイア・ストーム)》の魔法を解き放った。


 多くの兵が炎柱に飲まれ、火だるまになる。

 あまり気分の良い光景ではないが、これも戦場でのならい。

 手加減など出来ない。


 火柱が森の中に上がると、それを合図にエルフたちの奇襲が始まる。

 他の戦線と同様、エルフたちは己の特技を生かして、それぞれ奇襲を加えている。


 俺はその光景を確認すると、《転移(テレポート)》の魔法を放った。

 敵軍の中心に転移するのである。

 そこに件の魔術師がいると思ったからだ。

 先日、この森に白い獣を放った魔術師がそこにいると踏んだのだが、その計算は見事に的中した。


 騎士団の中に魔術師のローブを羽織った人物が居ると目立つことこの上ない。

 それにその意匠を凝らしたローブは、その人物が高位の魔術師であることを証明していた。

 真っ白いローブに金縁の意匠を施した魔術師に一礼をする。


「ローザリアの宮廷魔術師のヴァリック殿とお見受けいたしますが、いかに」


 その言葉に魔術師はぴくり、と反応する。


 その動作で俺の勘が正しいことが分かったが、そもそもこの男は自分の正体を隠すつもりはないようだ。


 堂々と名乗りを上げる。


「いかにも、小生はローザリアの宮廷魔術師、ヴァリックと申す」


 と、俺と同じように一礼をしてくる。

 流石は宮廷魔術師だ。その辺の礼儀はしっかりしているのだろう。

 続いてヴァリックはこう問いかけてきた。


「その不死のローブに異形の姿、それに円環蛇の杖。貴殿が魔王軍にその名が高い、アイク殿、で宜しいのかな?」


「名高いかは分かりませんが、アイク、で間違いはありません」


 そう言うとヴァリックは不敵に笑う。


「なるほど、そういうことか」


「そういうこととは?」


「いや、先日放った小生(しょうせい)の渾身の召喚獣が撃退されたのは貴殿のせいか、と今更ながらに納得しましてな」


「やはりあれを召喚したのは貴方でしたか、恐ろしい魔力をお持ちのようだ」


「それを見事に打ち倒した魔族に言われると皮肉にしか聞こえませんな」

 

 ヴァリックはそう言うと、こう続ける。


「魔王軍の懐刀、か。確かにその通りだ。あの獣を倒せるものは魔族とてそうはいまい。それにその指揮ぶりも見事だ。その少ない手数でよくやる」


「お褒めに与り恐縮です」


 と、皮肉で返すと、魔術師は怒るでもなく、逆に賞賛を続ける。


「しかし残念だ。貴殿のような魔術師が、人間(こちら)側に生まれてくれれば、小生もこんな戦場になど来なくて良かったものを」


「どういう意味で?」


「小生は元々、宮廷魔術師だ。研究に没頭しながらその生を終えたかった」


 ヴァリックはそう言うと、己の杖に魔力を込め始める。


「もしも貴殿が人間側に生まれてくれれば、もっと楽に人生を送れたのだが」


「……それはこちらも同じですよ。貴方が魔族側に生まれてくれれば、俺は今頃イヴァリースで紅茶でも飲んでいたことでしょう」


 そう言うと、俺も円環蛇(ウロボロス)の杖に魔力を込める。

 俺の杖の魔力の色は青、ヴァリックの杖は紫色に輝く。


 二人の魔力が杖に補充された瞬間、決闘は始まった。

 魔術師同士なのに騎士道精神を重んじる戦い方だが、こういう戦い方は嫌いではなかった。


 まずはヴァリックの第一撃が俺の後頭部に振り落とされる。

 


 ブオン!



 魔力を付与した武器独特の音が耳に響く。

 どうやらヴァリックは斬撃の特性に特化しているようだ。

 俺が避けると、紫色の衝撃波が後方に伝わる。

 見れば巨木が真っ二つにされていた。


「なるほど、なかなか面白い」


 確かに宮廷魔術師を務めるだけはあり、その魔力は侮れない。

 やはりこの人物はここで倒しておくべきだろう。

 そう思った俺は杖を振るう。


 ヴァリックと同じような音が鳴り響くが、俺の杖は気絶(スタン)に特化した魔力を施してある。一撃でも浴びせられれば、巨象とて気絶させられる自信がある。


 円環蛇の杖を振り回すが、容易に当たることはなかった。

 なかなかどうして、運動神経も悪くないタイプらしい。

 宮廷に閉じこもって、研究と人脈作りに精を出している魔術師も多い中、見事なものだった。

 身体能力だけで言えば、俺よりも上なのかもしれない。


 ――ただ、残念ながらそれ以外はすべて俺の方が力が上だった。


 それにその身体能力も、じいちゃんの残してくれた『不死のローブ』で強化された俺の肉体には到底敵わない。


 軽く一歩を踏み出すと、相手の懐に飛び込む。

 ヴァリックは驚嘆の声を上げる。

 彼にはまるで俺が《転移》の魔法でも使ったかのように見えたかもしれない。


 あっという間に距離を詰めると、杖を振り下ろす。

 ヴァリックは己の杖でそれを受け止めようとするが、一歩遅い上に、魔力の補充が足りていなかった。

 先ほど放った衝撃波によって魔力が不足していた杖は、小枝のようにあっさりと折れた。


 ぽきり、という音の後に、めきり、という音が響き渡る。

 円環蛇(ウロボロス)の杖がヴァリックの肩口に命中したのだ。

 骨の数本は折れた手応えを感じた。


 これで決着はついただろう、そう思ったが、ヴァリックという男はその精神力も並ではなかった。

 彼は気を失うことなく、大声を張り上げる。


「一時撤収せよ! 戦力の拡散は無意味である。一度集結し、改めて攻め直すのだ」


 その指示で、このヴァリックという男が無能ではないと察することができる。

 今更ながらではあるが、戦力を分散させる愚かさに気が付いたようだ。

 どうやら双鷲騎士団の強さの秘訣はこの男にあったらしい。

 彼が軍師を務めることにより、無数の武勲を打ち立ててきたようだ。

 思わず感心してしまうが、それゆえにこの男を逃がすわけにはいかなかった。


 《転移》の魔法を唱えようとしているヴァリックに、《解呪(ディスペル)》の呪文を掛ける。


 もしも、ヴァリックが『撤退』の命令を叫ばず、最初から転移の魔法を唱えていれば、間に合わなかっただろう。


 ある意味、仲間を思う気持ちが、彼の身の破滅を招いたわけである。

 やはりなかなかの人物のようだ。


 俺は、《呪縛(バインド)》の魔法で彼を縛り上げると、彼を捕虜として丁重に遇するようエルフたちに命じた。


 エルフたちはこの男が白い獣を放った張本人だと知っていたが、それでも捕虜を虐待する気はないようだ。俺の命令に素直に従ってくれる。 


 やはりエルフは平和を愛する種族のようだ。


 改めてそのことを確認し、満足した俺は、四方に散った部下たちにエルフの王都に戻るよう命令を飛ばした。

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