異世界式ゲリラ戦術
双鷲騎士団はこちらの目論見通り、部隊を4分割していた。
四方からエルフの王都を攻め、エルフ族を包囲殲滅するつもりでいるようだ。
それぞれ600規模の軍団に別れ、森の中心に進軍してくる。
ただ、この森の別名は、
『戻らずの森』
精霊たちの加護を受けた森に人間たちは四苦八苦しているようだ。
その進軍スピードは、亀よりは遅く、ナメクジよりはまし、といった程度だった。
まるで迷路のような森に迷い込んだ人間たちは、右往左往している。
完全にこちらの計算通りだった。
この調子ならば、ゲリラ戦術は成功を収めるだろう。
案の定、まずは北方から攻め込んできた人間たちが、悲鳴を上げた。
エルフの戦士長、アネモネ率いる部隊だ。
彼女たちは、木々を猿のように飛び回り、敵軍を攪乱しながら、弓を放つ。
鎖帷子を着込んだ兵士たちの胸に深々と弓矢は突き刺さる。
一方、重武装の騎士たちには精霊魔法を巧みに使う。
地精霊の力を借りて、地面から泥の手を呼び出し、固定する。
そうすれば重装甲の騎士とてただの的でしかない。
弓の名人であれば鎧と鎧の隙間に弓を当てることとて可能だ。
それに風精霊の力を借りれば、敵のボウガンも恐れるに足らない。
敵兵が持っているボウガンの矢は、突風によって軌道を逸らし、空しく木々に突き刺さる。
敵兵は思わぬ攻撃に混乱をきたすが、流石は歴戦の古強者。
すぐに態勢を立て直すと、反撃に転じる。
地精霊の泥の手は敵軍の魔術師に破壊され、ボウガンが無意味であると悟った兵たちは、剣を抜き放ち、突進してくる。
それを《遠視》の魔法で確認した俺は、アネモネに撤退の命令を出す。
「深追いは禁物だ」
さて、彼女は俺に従ってくれるだろうか。
それで彼女の能力、或いはこちらに対する信頼度を測れるのだが……。
しばし、アネモネの表情を観察したが、彼女は迷うことなく、撤退してくれた。
ほっと胸をなで降ろす。
「これでいい。これがゲリラ戦の基本戦術だからな」
誰に言うでもなく呟く。
後は、この戦法を、昼夜問わず、間断なく繰り返してくれれば、敵兵は音を上げてくれるだろう。
彼らは睡眠する暇さえ与えられず、徐々に消耗していくはずだ。
精神的にも体力的にもである。
この戦術の厭らしさ、強さは歴史が証明してくれている。
毛沢東は、ゲリラ戦術を駆使し、日本軍に対抗し、国民党を駆逐し、政権を獲得したし、
ホー・チミンとグエン・ザップはジャングルに籠もり、歴史上最高の軍事国家であるアメリカを撃退したし、
ゲリラの語源ともなったスペインは、ゲリラ戦術を駆使し、歴史上有数の英雄であるナポレオンを大いに苦しめた。
前世でも、その戦術は有効だったし、勿論、この異世界でも有効だ。
数が少ない側が馬鹿正直に真正面から挑むのは、愚か者のすることだ。
後世、俺の業績がどう評価されるかは分からないが、『愚か者』のレッテルを歴史家に張られるのだけは避けたかった。
《遠視》の魔法で北方の戦線を見つめ終えると、次に西方の戦線に視線を移そうとしたが止めた。
西方を担当しているのがドワーフの王であることを思い出したからである。
「ギュンター殿ならば心配は不要だろう」
彼の用兵は、先日の戦いでしかと確認した。
堅実にして剛胆、それでいて隙がない。王としての器もあるが、指揮官としても頼りになる存在である。ただ、犬猿の仲のエルフと上手くやっていけるかだけが心配だったが、それよりもリリスの方が気になる。
俺は意識を東方へ集中させた。
そこで戦っているのは、勿論、淫魔族のサキュバス。
我が第8軍団の副官にして、精鋭の旅団長であるが、彼女の指揮官としての技量はどうだろうか。
俺が軍団長に出世するまでは、名目上副官であり、部隊長であったが、俺はリリスの指揮官としての腕を買って彼女を部隊長に指名したわけではない。
その腕前のみを買って兵を指揮させていたのだが、単独で指揮をさせた場合、どの程度の力を発揮するのだろうか。
未知数であり、興味深かったが、結論から言えば、その指揮はなかなかのものだった。
巧み、とは言いがたいが、それなりの指示を下している。
リリスは自分は突出するような真似はせず、後方からちゃんと指示を出している。
俺が教え込んだとおり、エルフの長所である敏捷性、器用さ、精霊魔法の巧みさ、などを考えながら指揮しているようだ。
なかなかの成長ぶりだ。
我が軍随一の猪武者かと思っていたが、侮りすぎていたのかもしれない。
「時がリリスを成長させたのかな」
もしくは旅団長という責任有る立場が彼女を成長させたのかもしれない。
「これは思わぬ収穫かもしれない」
その姿に関心し、思わず「ほう」という言葉を漏らしてしまう。
しかし、その言葉が彼女に届いたわけではないだろうが、その言葉を発したと同時に、リリスは自分も突撃を始める。
……どうやらエルフたちの活躍に当てられて、興奮し始めたようだ。
すっかり本性を取り戻し、自ら前線に立ち始めた。
「やれやれ……」
思わずと息が出るが、注意はしなかった。
エルフの奇襲を受けたところで、リリスの突撃を受けたのだ。その効果は絶大であった。
人間たちは恐慌をきたし、陣形を完全に崩している。
これは思わぬ効果である。
これを狙ってやったのならば、リリスの指揮官としての評価を一段階上げてやってもいいのだが、どうやらそうではなく、単純に興奮の絶頂に達して居ても立ってもいられなくなったようだ。
「うりゃー!」
と、ただ、大声を張り上げながら、彼女はレイピアを振るっている。
彼女がその魔剣を振り下ろすごとに敵兵は倒れていくが、指揮官が指揮を止めたエルフの部隊は混乱をきたしたようだ。
連携が取れずに困惑している。
無論、それは想定内なので、俺はエルフの戦士に《念話》の魔法を送る。
指示は至って簡単だった。
「その単細胞に代わり、貴殿が指揮を取るべし」
事前にリリスが指揮を放り出すことを想定していた俺は、エルフの戦士にそう伝えていたのだ。
彼は俺の《念話》を受け取ると、大きく頷き、指揮を採り始めた。
再び、縦横無尽に木々を駆け巡るエルフ族たち、秩序を取り戻した西方のエルフ族たちは再び、作戦通り、ゲリラ戦術を展開してくれる。
その光景を見た俺は、文字通り一息つくと、《遠視》の魔法も《念話》の魔法も遮断する。
部下たちの心配は不要、と判断したからだ。
彼らに任せていれば、敵兵は徐々に音を上げ、戦意を失っていくだろう。
問題なのはこちらの方だった。南部戦線、つまり自分が受け持つ方面には、一向に敵兵の姿が見えない。
だが、俺は焦ることなく、敵軍がやってくるのを待った。




