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森の女王の妹アネモネ

 こうしてエルフとの同盟が成立したわけであるが、それによって魔王軍が得た物は、



『世界樹の葉と(しずく)

『世界樹の森でしか産出されないキノコ類』

『エルフ族の戦士隊』



 だった。


 前者二つは、霊薬や秘薬を作るのに、役立つだろう。

 もしも魔王軍に安定的に供給されるようになれば、魔術師を抱える軍団や旅団は大いに助かる。 


 戦場での魔力不足を補ったり、回復薬の素材となる。

 魔王軍を影から支えてくれる交易品になるはずだ。


 それにエルフ族の戦士隊は、強力な精霊魔法や弓の名手も多い。

 心強い戦力になってくれるだろう。


 一方、同盟を結ぶからには、こちらも何かを提供せねばならない。

 世の中にはタダというものは存在しない。

 一方的な協力関係などすぐに破綻する。

 こちらもエルフに益となるものを提供せねば、この同盟関係はすぐに破綻するだろう。

 だから俺は、フェルレットに提供すべきものを率直に提示した。



「魔王軍と同盟を結んでくれたからには、この森の安全は我々が必ず守り抜きます」



 断言をする。

 言葉だけではなく、行動でも示すつもりだった。

 エルフの女王フェルレットに言う。


「フェルレット様、もしかしたら、この森には大きなネズミが一匹、紛れ込んでいるのではないですか?」


 その言葉を聞いたフェルレットは、「なぜそれを?」という顔をした。


「先日戦った白い獣。あれは明らかに高位の魔術師が召喚した召喚獣でした。諸王同盟側の嫌がらせでしょう。いや、警告かな」


「その通りです」


 とフェルレットは語る。


「ならば、我々とエルフの同盟が成立した今、その魔術師の行動は手に取るように分かります」


「……つまり、本格的にこの森に侵攻を始める、ということですか?」


 フェルレットは尋ねてくる。


「ええ、間違いなく」


「………………」


 フェルレットは沈痛な面持ちをする。


「……この森が戦場になる、ということでしょうか?」


「残念ながら」


 俺はそう言うとこう付け加える。


「ですが、ご安心ください。すでに手は打ってあります。俺の軍団は、いえ、魔王軍は一度同盟を結んだ相手を見捨てることはありません。それだけはご安心ください」


 そう言ってのけると、さっそく戦の支度を始めることにした。


 といっても手持ちの兵はゼロである。

 兵力は彼女から借りなければならない。フェルレットに断りを入れる。


「今、森の付近に待機させている旅団があります。シガンという俺の最も信頼している竜人が率いている部隊です。その部隊が到着するのに、十数日かかるでしょうか。それまでの間ですが、兵をお貸し頂くことはできませんか?」


 女王フェルレットは即答できない。


 当然だ。


 兵の指揮権を寄越せ、といっているのだ。

 普通の国の王なら、怒り狂い、無礼討ちにあっても文句はいえない。

 しかし、彼女はしばし熟考した後に、ゆっくりと頷いた。


「エルフ族にはこんな(ことわざ)があります。毒の実を食べたならば、その木までも食らいつくせ、という諺が」


 なるほど、俺も似たような諺を知っている。毒を喰らわば皿までも、という奴だ。


「つまり、全面的に信頼してくれる、ということでいいんですね?」


 フェルレットは頷く。


「アイク様の用兵は、神算鬼謀と伺っています。私などが指揮するよりも遙かに上手く戦士たちを指揮してくれるでしょう」


 だけれど――、と彼女は続ける。


「自分で言うのもなんなのですが、エルフ戦士長を務める娘は、気位が高く、ちょっと扱いづらい娘なのです。それでも我慢して頂けますか?」


「我慢も何も、協力して頂くのです。なにも問題ありません」


 と、言ってみたものの、少し不安になる。


 この森にやってきてからエルフたちと接してみたが、やはり噂通り少し高慢なところがある。エルフの女王フェルレットは案外、素直なところがあるが、やはりそれでもまだ天敵であるギュンターには完全に心を開いていない。


 そのフェルレットをして扱いが難しいと言わしめるのだから、相当に個性的な人物がやってくるのだろう。


 そう思い覚悟することにした。


 数刻後、宮殿にあるサンルームに『その者は』やってくる。

 その姿を見て驚くと同時に、エルフは悪戯好きの妖精である、という伝承も思い出す。

 俺が呆気に取られていると、エルフの女王は口元を抑え、笑いを堪える。

 俺たちの目の前にやってきたエルフの戦士長は、エルフの女王にそっくりだった。


 無論、エルフの女王はそれなりに煌びやかな衣服を身に纏っているし、戦士長は戦士らしい格好をしているが、それ以外はほぼ一緒だ。


「双子……?」


 という単語が思わず漏れる。

 どうやら正解らしく、フェルレットは双子の妹を紹介してくれる。


「この娘は私の双子の妹、アネモネといいます。気むずかしい娘ですが、どうか宜しくお願いします」


 その言葉を聞いたアネモネはさっそく、おむずかりになる。


「姉上、今更、魔王軍と手を結ぶことに異を唱えるつもりはありませんが、その紹介の仕方はないでしょう。私は武人です。姉上の命令とあれば、例え魔族の指揮下に入るのもやぶさかではありません。別に気むずかしくなどありません」


 すでに扱いにくいことこの上ないのだが、俺は席から立ち上がると握手を求める。どうか宜しく、という意味を込めて。


 アネモネは恐る恐るだが、俺の手に触れようとする。


 初めて見る不死族(アンデツド)の不死の王だ。仕方ないといえば仕方ないが、やはりまだ完全に心を開いてくれているわけではないようだ。


 まずは迫り来る敵軍よりも、この娘の信頼を勝ち取る方が先決かもしれない。

 そう思いながら、やってくるであろう敵軍への対処について話すことにした。





 このエルフの宮殿には軍議の間というものはない。

 そもそもエルフは森の外に出て戦う、という概念がないのだ。そんなものは必要としないのだろう。

 ゆえに協議はリリスたちがお茶を飲んでいた控え室の間で行われることになった。


 俺が控え室の間へやってくると、サティは雰囲気を察したのだろう、そそくさと席を立ち上がる。やはりこの娘は場の空気を読むのが上手い。


 一方、 リリスはまだ暢気(のんき)にハーブ・ティーに口を付けている。


 俺が、


「戦が始まる」


 と言い、先ほどエルフの女王フェルレットから預かったこの森の絵地図をテーブルの上に広げるとやっと緊張感を取り戻した。


 ただ、武人の顔にはならない。この娘には日常と戦場の区別はない。


「何事が起こるのですか?」的な顔で地図を覗き込んできた。


 俺は答える。


「近く戦が始まる。諸王連合の軍隊が攻め込んでくるはずだ」


「それはいいですね」


 と、不敵にリリスは笑う。最近、戦う機会に恵まれず暇を持て余している、という顔だ。


 その台詞を聞いてエルフの戦士長アネモネは不機嫌な顔になるが、俺は二人の間に入るように状況説明を始めた。


「先日、この森を襲った白い獣は恐らく、諸王同盟の先発隊だと思われる」


「やはりあの獣は人間の魔術師が召喚した召喚獣だったのですか?」


「恐らくはな。最後に燃え尽きた依り代を確認したが、施されていた魔術文字(ルーン)は、人間の用いるものだった。形式から見るにローザリアの宮廷魔術師とみた」


「なるほど、さすがアイク様です」


「ま、合っているかは分からないが、少なくとも近いうちに諸王同盟の軍隊がこの森に攻めてくるだろう。城下の盟を強いてくるはずだ」


「城下の盟ってなんですか?」


「……要は降伏しろ、って武力で恫喝してくるってことだよ」


「なるほど、勿論、そんなことはさせないために、我々がいるのですよね」


 俺は「その通り」と言うと、アネモネの方へ振り向き、尋ねた。


「エルフの戦士隊は何名ほどいるのですか?」


 アネモネは即答する。


「およそ200名ほどです」


「少ないですね」


 と率直な感想を漏らすリリスだが、アネモネは反論する。


「200名ですが、ただの200名ではありません。皆、精霊魔法と弓の名手です。それに私が日々、鍛錬を施している精鋭です!」


 それは期待できる、というか、期待するしかない。

 少なくともシガンたちが増援に訪れるまで、その数でこの森を守り切らなければならないのだ。

 彼女の過剰な自信が自惚れでないことを願うしかない。


「ちなみにアイク様、敵兵の数はどれくらいなのでしょうか?」


「2000は下らないはず」


「なぜ、そう言いきれるのです?」


 アネモネは反論してくる。


「長年の勘かな」


「勘で戦をされるのですか?」


「勘とは経験と理論に裏打ちされた結論だよ。結構当たる」


 そもそも、高位の魔術師が先発隊に含まれている、ということは、一個騎士団では収まらない規模とみていいだろう。


 それにエルフの森を焼き討ちするのだ。

 敵方も馬鹿ではない、地の利は自分たちにないと理解しているはず。

 最低でも10倍の数の敵兵を用意するはずだ。

 敵が余程の間抜けでもなければそうするはず。


 そう説明したが、アネモネはそれでも懐疑的なようだ。

 その姿を見てリリスはアネモネの肩を叩く。


「まあ、論より証拠。百聞は一見にしかずよ。見ていなさい。数時間後にはアイク様の予言がぴたりと的中して、腰を抜かすんだから」


「腰など抜かしません」


 アネモネはそう主張するが、数時間後、腰は抜かさないまでも、その表情を歪めることになる。

 俺の予測がピタリと敵中したからだ。


 アネモネの部下が放っていた斥候からもたらされた情報は、俺の推測と一致した。


 彼女は、


「……アイクさんの予言がぴたりと当たりました」


 と言うと、予言者でも見るかのような目で俺を見つめる。


 これで少しだけ信頼を勝ち取れたかもしれない。

 そう思った俺は、アネモネにエルフの戦士隊の配置を指示する。

 予想通り、アネモネは俺の指示に素直に従ってくれた。

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