森の妖精との同盟成立
謁見の間までの廊下は案の定、短かった。
木の上に作られた宮殿だ。長い廊下など作れるわけがない。
ただそれでも道中、ギュンターと話すくらいの余裕はあった。
「ギュンター殿はエルフの女王とお会いしたことがあるのですよね?」
「うむ」とギュンターは短く頷く。
「どのような印象を抱きましたか?」
「個人的には好きになれない娘だが、客観的に見れば悪い娘ではない。エルフの民に慕われているし、国の統治も行き届いている。ただ、若干、世間が見えていない節がある」
「というと?」
「エルフはこの森の中心にある世界樹を守ることを生涯の役目としている。ことがそれ以外に及ぶと視野狭窄になる。要はすべては世界樹を中心にことを考える、といったところだろうか。それとワシが言うのもなんだが、とても自尊心の強い娘だ。人間に屈するのもよしとせず、かといって魔族の協力を得るのも厭がるタイプの娘だろう」
要はとても頑固なのだよ、ある意味ワシによく似ている、とギュンターは笑いを漏らし、続ける。
「ただ、先日受け取った手紙から察するに、アイク殿に期待をしているようなのは確かなようだ」
「期待、ですか」
「アイク殿は、ドワーフを手懐け、人間たちも平等に扱うともっぱらの評判だからな。いくら世間に疎いあの娘でもその評判くらいは耳に届いているのだろう」
「手懐けるだなんてとんでもない。協力して貰っているだけですよ」
「そういう謙虚なところも響き渡っている」
ギュンターはそう言って笑いを漏らすと、言葉を止める。
「さて、エルフの女王の噂話はこれくらいにしようか。あの娘は世間の声に疎いが、耳だけは異様に良い。この噂話も聞き取られているかもしれない」
まさか、とは言わない。
エルフのその尖った耳は伊達ではない。
その聴力は亜人の中でも最高なのではないだろうか。
それにここで四の五の話していても仕方ない。
数十秒後にはそのエルフの女王と面会できるのだ。
その為人はそのときにでも判断すれば良いだろう。
魔王軍とて慈善事業で戦争をしているわけではない。
エルフの女王が役に立たない人物なのであれば同盟を結ぶ必要はない。
逆に魔王軍にとって害となる人物ならば戦わなければならないかもしれない。
戦争とは、政治とはそういうものだ。
それを確かめられるだけでも今回の会談は有益となるだろう。
そう思いながら、エルフの娘が謁見の間の扉を開けるのを待った。
扉が開かれると、まばゆい光が目に入ってくる。
どうやら謁見の間は吹き抜けになっているようだ。
陽光がふんだんに降り注いでいる。
その光の下に、エルフの女王は佇んでいた。陽光に包まれたエルフの女王は美しい。
幸か不幸かは分からないが、俺は美女と出逢う機会に恵まれていたが、エルフの女王はその中でも特筆に値する。
陽の光を纏った女性は、半神的なまでに美しかった。
金色の髪を身に纏い、まるで彫刻のようにそこに佇んでいた。
一瞬、息をするのも忘れてしまいそうなほどの存在感だった。
そんなエルフの女王が、緑陽樹で作られた玉座から、俺たちに声をかける。
「ようこそ、魔王軍の使者の方よ」
「…………」
その外見に見合わず主の声は思いの外、優しげだった。
それに胸も上下している。呼吸をしている証だ。
どうやら彼女は神が作り出した彫刻でも魔法生物でもないようだ。そのことに安堵した俺は恭しく頭を垂れる。
相手は仮にも一国の王だ。失礼があってはいけない。
「お初にお目に掛かります。魔王軍、第8軍団団長アイクと申します」
「貴方の噂は前々から聞いています。何でも魔王軍の中でも異端の存在であるとか」
「他のものがどういう噂をしているのかは存じ上げませんが、そのように思われている自覚ならばあります」
そう言うと、女王は「くすくす」と笑い、口元を押さえた。
どうやら冗談の通じる相手のようだ。
「いえ、失礼しました。会見の席で笑うなど無礼ですよね」
「いえ、お気になさらず」
俺がそう言うと、エルフの女王はまず謝辞を述べてくる。
「なんでも先ほど、我が国の民を白き獣から救ってくれたとか。まずは彼らの王として感謝を述べさせて頂きます」
「当然のことをしたまでです」
と、返すが、ギュンターは「ふん」と鼻を鳴らすだけだった。
フェルレットもその姿を見たせいではないだろうが、「……一応、ギュンター殿にも礼を言っておきます」と、続ける。
渋々といった体だ。
過去に何があったのかは知らないが、ここで喧嘩を始められても困るので、俺は本題に入ることにした。
「獣退治はついでにしか過ぎません。それにエルフを救ったことを交渉材料に同盟を申し出るつもりはありません。同盟とは互いの利害関係が一致しているときのみ成立するものだと思っていますから」
「なるほど、正直な方ですね。つまり、魔王軍と同盟するからには、それなりのものを寄越せ、というわけですね」
「はい、大変、不躾な申し出だとは承知していますが……」
「いえ、当然でしょう。我々もただでこの森を守って貰おうなどとは思っていません。それ相応のものを提供しましょう」
「例えば?」
こちらとしてはエルフの戦士隊を提供して貰いたいのだが、女王の発した言葉は意外なものだった。というか、想定外過ぎた。
「この身を貴方に捧げましょう。私を好きにして構いません」
「…………」
あまりの台詞に思わず言葉を失ってしまう。
一瞬、冗談かと思ったが、彼女は本気のようだ。
「自分で言うのもなんですが、私の容姿は他者よりも優れています。アイク殿の慰みものにしてくださっても結構です。――いえ、不死の王である貴方にはそういった感情はないでしょう。ならば実験材料にでも使ってください。昔から、高貴なエルフの血肉は、最適な魔法素材になるといわれていますし」
「なるほど……、確かに」
高貴なエルフの血は、霊薬の一種として用いられている、という話を聞く。
それにその涙は稀少な宝石になるともいう。
魔族の魔術師ならば、喉から手が出るほどの素材かもしれない。
もしもこの場に魔女セフィーロがいれば快諾するであろう条件であるが、残念ながら、俺には狂錬金術師の素質はない。
丁重に断ると、彼女は残念そうに項垂れ、続ける。
「……それではアイク殿が欲しているのは、エルフの戦士隊なのですね」
やはりエルフの女王はそのことを分かっていたようだ。
それでも尚、それを拒んだのは、エルフは余程戦いが好きではないと思われる。
今はそんなことを言っていられる時代ではないのだが、代わりに説明をしたのは俺ではなくギュンターであった。
「エルフの女王フェルレットよ。気持ちは分かるが、今はそのような時代ではない。平和に生きる。大いに結構だ。しかし、こちらが武器を持たぬからと言って、相手が手を出さない、という保証はない」
「……それは重々分かっているのですが」
ドワーフの王ギュンターは諭すように続ける。
「エルフとドワーフ、水と油のような存在だが、平和を愛する、という共通点がある。なのにドワーフの国は滅んだ。フェルレットよ、ワシはお前のことは好きになれんが、それでも我が王国と同じ道を歩んで欲しくはない。ワシがいえるのはそのことだけだ」
そう言い切ると、ギュンターは口を真一文字に結ぶ。
これ以上は口を挟む気はない、といった表情だ。
エルフの女王フェルレットはギュンターの表情をしばし見つめると、こちらの方へ振り向く。なにか決心を固めたかのような顔だ。
「……アイク殿、正直、私は魔族のことは信用していません」
彼女はそう切り出すと言葉を重ねる。
「ドワーフという種族も信用していません。勿論、人間もですが」
ですが、と彼女は続ける。
「私はこのドワーフの王が頑固で意固地で偏屈であることを知っています。その王がそこまで信用するアイク殿を信用することにします」
「遠回しな言い方ですが、魔王軍と同盟を結んでくださる、ということで宜しいですか?」
フェルレットは、こくり、と頷く。
僅かに頭を垂れるフェルレットは相変わらず美しかったが、俺はそれに見とれることなく、彼女と同盟の詳細について話すことにした。




