魔王様への謁見
魔王城ドボルベルクは異様に広い。
その権力と力を誇示するために建設されたので、ただひたすらに長く、無駄に複雑な廊下を歩かねば、魔王の間にはたどり着けない。
一説には無駄に複雑な経路を作ることにより、クーデターに備えている、という説があるが、そんな長大な廊下を歩かされる方の身にもなって欲しかった。
俺はとぼとぼと上司の背中を追う。
敬愛する上司は、魔法を使ってプカプカと浮かび、すいすいと進んでいる。
こういうときは俺も《飛翔》の魔法に憧れる。一応、俺も使えることは使えるが、彼女のようにうまく制御できず、ただひたすら高く飛ぶことしかできない。
「団長、謁見の間はまだですか?」
そう問おうとしたとき、その大きな扉は現れた。
おそらくではあるが、そこが謁見の間、つまり魔王が鎮座している場所なのだろう。
その事実を証明するかのように、セフィーロは、
「アイク、ここで待っていろ。まず妾が話をしてくる」
そう言うと一人、謁見の間に入っていった。
扉の前に控えていた重武装のトロールが2匹、ぎろりとこちらを見た。
セフィーロは軍団長で顔が知れ渡っているだろうが、俺はどこの馬の骨、と思っているのだろう。
魔王軍の懐刀の異名はあるが、その知名度はまだまだのようだ。
俺は睨みをきかせてくるトロール2匹を無視すると、この扉の奥にいる人物の想像をした。
魔王軍の総司令官。
魔族の王にして魔族最強の男。
どのような人物なのだろうか。
噂では残忍にして冷酷、無能なものは敵味方なく殺す、という。
一方、その人物の中に何か見いだすべきものがあれば、例え魔力や腕力が劣っていても引き立てる、という話もある。
また魔族としての家柄、格なども考慮せず、純粋に能力のみで評価し、魔王軍に改革をもたらした人物としても知られる。
そもそも、一昔前の魔王軍、いや、魔族は今とは比べものにならない存在であった。
人間側に対して、常に劣勢を強いられていたのだ。
一騎当千の猛者が集う魔族が、劣勢を強いられていた理由、それは魔族独特の特性に合った。
魔族とは生まれながらにして協調性に欠けるのだ。
それに魔族は自分よりも格下と思ったものの命令は絶対に聞かない。
つまり、何が言いたいのかといえば、魔族は常に仲間内で争っていた。
常に仲間割れを繰り返し、人間たちに各個撃破されていったというわけだ。
俺のじいちゃんが現役だった頃など、このドボルベルクの面前に人間の連合軍が迫ったことがあるが、それでも城内で激しい権力争いをしていたそうだ。
その状況を一変させたのが、現魔王、ダイロクテン様である。
協調して戦うということを知らない魔族に協調性を教え込み、その絶対的カリスマで魔族達を支配する男、それが今現在の魔王であった。
「ふうむ、ダイロクテン様か……」
一体、どんな人物なのだろうか。
考えれば考えるほど、興味が湧いてくる。
旅団長クラスの人間が会えることなど滅多にない。
どきどきしながら、その時を待ったが、10分後、セフィーロに呼ばれる。
《念話》の魔法によって、
「入室してもよい」
と許可されると、俺は緊張しながら扉を開けた。
謁見の間は想像以上の大きさだった。
豪華な調度品も置かれているし、他の大陸にある珍しい物品も置かれている。
噂通り、珍しい物好き、新しい物好きのお方らしい。
俺はしばし、豪華な部屋を見回したが、すぐにその部屋の主に視線をやった。
件の魔王様である。
俺の視線は、玉座の間にいる小さな少女一点に注がれた。
……ん?
少女?
「えっ……?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
これは我が上司の悪戯であろうか、玉座に座っていたのは、14~5歳の少女であった。
もちろん、人間ではない。
牙を生やしており、角もある。
12枚の黒き羽根も生やしており、見た目で即座に魔族と分かったが、想像したような威厳ある人物ではなかったのだ。
その可憐な姿からは、稀代の魔王、カリスマ的な魔族、という印象は一切受けなかった。
ただ――
俺はすぐにその偏見から解放される。
確かに見た目こそ見目麗しい少女であるが、その少女から放たれる禍々しいオーラ、それは人間の、いや、魔族の常識を超えていた。
彼女の全身を包み込むその魔力の波動は、今にも解き放たれ、こちらののど笛をかきってきそうなほどの畏怖に満ちていた。
(……やはりこの少女こそ魔王だ。見た目に騙されてはいけない)
即座にそう悟った俺はうやうやしく頭を下げる。
少女が、
「面をあげい」
と、言うまで。
面を上げてもやはりそこに居たのは可憐な少女であった。
彼女は続ける。
「貴様が、セフィーロの配下、アイク、であるか?」
「はい、その通りです」
自分でもいささか芸がないな、と思いつつ型どおりの返答をする。
「あの難攻不落の都市、アーセナムをたったの1週間で落としたとか」
普通の魔族ならば、その通りです、と自分の功を誇るだろうが、残念ながら俺は人間、他人の功を奪うような真似はできなかった。
「すべてはセフィーロ様のおかげです。それに他の旅団長が敵の主力部隊をひきつけ、手薄になったところを強襲したのです。自分だけの手柄ではありません」
「ほお、なかなか謙虚だな。魔族にしては珍しい。貴様、本当に魔族か?」
「………………」
げ、やばい。謙遜が裏目に出た。
ここはやはり魔族らしく、尊大に振る舞うべきであっただろうか。
そんな風に迷っていると、セフィーロが助け船を出してくれた。
「このものは、奈落の守護者、と呼ばれたロンベルクの孫でございます」
その言葉を聞いた魔王は、
「なるほど、ロンベルクの孫か。道理で謙虚なわけだ」
彼女はそういうと口元を歪めた。
「あやつは魔王軍の穏健派であった。それに魔王軍随一の切れ者であった。その者の孫だ。思慮深くても不思議ではない」
いやはや、見た目に騙されるところだった、と続け笑う。
「そうか、ロンベルクの孫であったか。で、それゆえに、住人を殺さず、責任者も処罰せず、ほぼ無血開城に近い形でアーセナムを落としたということか?」
「………………」
答えに迷う。
詰問調でいわれたからだ。
現魔王様は結果のみを重視される、という風聞であったが、やはりあの処置は不味かったであろうか。
魔王軍なら魔王軍らしく、見せしめで責任者を公開処刑する、くらいのことはしておくべきだったろうか。
ただ、やはり人間である俺にそんなことはできない。
いや、それは仮に俺が魔族だとしてもそれは同じだ。
恐怖による支配は永続しない。
必ず破綻をきたすのだ。
俺は自分の所見を述べることにした。
「魔王様、自分の考えを述べても良いでしょうか?」
魔王は、僅かに顎を傾けることで了承した。
「旧来の魔王軍のやり方。恐怖によって支配する。それは一見、効率的に思われますが、俺はその方法は非効率だと思っています」
「ほう、どう非効率なのだ」
「人間は恐怖を恐れますが、恐怖には従いません。それは過去の歴史を見れば明らかでしょう。人間の指導者を殺し、魔族が支配者となった都市と、人間の支配者をそのままにした都市の生産性、双方を比べたとき、最終的に我が軍にもたらす富の量の差は明白です」
「その持論はロンベルクのものか?」
「……そうです」
と、肯定して見せたが、これは前世の記憶も関連している。
恐怖を前提にした共産主義、自由を前提とした資本主義、結局、最終的な勝利者となったのは後者だ。
それにいまだに残っている独裁国家の低い生産性、それを見るに恐怖政治という奴がいかに生産性が悪いか、俺はよく知っていた。
それはたぶん、このお方も一緒のはず――
そう確信していた。
まだ会話を初めてさほど時間が経っていないが、俺はある種の確信めいたものを感じていた。
その確信とは、
『たぶん、この人も俺と同じ転生者だ』
というものだった。
この人が魔王軍にもたらした改革、その聡明さ、圧倒的なカリスマ。
そして、その口調に考え方。
それは俺が、いや、日本人ならば誰しもが知っている人物を想起させる。
彼女は、
「ダイロクテン魔王と名乗っている」
こちらの人間には意味不明な言葉だが、日本語に直すとこうなる。
『第六天魔王』
少し歴史に詳しい人間ならば、その人物の名前がすぐに浮かぶだろう。
それに彼女は、自分のことを、
「ウフである」
とも呼んでいた。
それも漢字に直すと、「右府」となる。
とある人物の最終的官職、右大臣の呼び名が、「右府」となる。
その人物は日本史に絶大な影響を残し、戦国時代に終わりを告げた人物だ。
残忍で冷酷な人間、という評価もあるが、俺はそうは思わない。
苛烈な人であるが、合理的な人物で、無駄な虐殺などしない人物である。
もしも、彼女が俺が思っている人物と同じならば、俺の考えを是としてくれるだろう。
そう思い、持論を展開したわけであるが、その賭けは成功したであろうか。
先ほどからじっと俺を見つめる魔王の瞳を仮面越しから見つめる。
もしも見当違いだったならば、俺はこのまま処刑されてしまうかもしれない。
そう思い思わず冷や汗をかいたが、俺の賭けは成功した。
彼女は、無表情のまま、
「――であるか」
と、漏らすと、こう続けた。
「どうやらお前は見所のあるやつのようだ。他の魔族とはひと味もふた味も違う」
気に入った。
と言うと「褒美を取らす」と言った。
意外な言葉にきょとんとしてしまう。
俺はセフィーロが、
「――感謝の言葉を述べぬか」
と、肘をついてくるまで、その場に立ち尽くしてしまった。
「ありがたき幸せにございます」
再び芸のない返答をすると、魔王は軽く頷き、
「精進せよ」
と、謁見の間を後にした。
俺はしばし、彼女の背中を見送りながら、その場に立ち尽くしていた。