エルフの宮殿への道
「このエルフの森の別名は戻らずの森です」
俺たち一行を案内してくれたエルフの少女は饒舌に語ってくれた。
「その由来は、この森に迷い込んだ人間は、二度と戻ってこられないからです」
「どうして戻ってこられないのですか?」
メイドのサティは尋ねる。
「地精霊によって磁場を生み出し、羅針盤を狂わせ、風精霊によって旅人を惑わせ、森の奥に入れぬよう工夫しています」
「いわばこの森全体が精霊の加護を受けている、というわけか」
「その通りです」
「ならば諸王同盟の方々は攻め入ることができないのではないでしょうか?」
サティは素朴な疑問を口にする。
サティの問いに答えたのは俺だった。
「攻め入ることはできなくても、火を放つことはできる。それに大軍の前では精霊の力も無力だ」
それについてはエルフの娘は真っ向から否定する。
「どんな大軍がやってきても、精霊の加護を受けた我々エルフ族が負けるわけがありません。それにこの森は我々の裏庭も同然です。地の利はこちらにあります」
向きになって否定するが、それは楽観的過ぎるだろう。ただ、敢えて指摘する必要はない。
現状の戦力で諸王同盟に対抗できるか否か、はエルフの女王が決めることだ。
それに的外れな言い分でもない。
戦に勝つには、天の時、地の利、人の和、が必要なのだ。
少なくとも地の利はエルフにある。
それは認めざるを得ない。
それに先ほどの様子を見る限り、人の和もエルフ側にある。
仲間を気遣う姿を見てそれは一目で判別できる。
この森の地形を利用し、上手く戦えば、大軍を追い散らすこともできるかもしれない。
あとは天の時だが――
こればかりはエルフの女王に判断して貰うしかない。
エルフの女王が賢明な女王ならば、こう言ってくれるはずだ。
「魔王軍との同盟、是非にお願いしたい」
と――。
俺はエルフの女王がそう言ってくれると信じながら、森の奥深くへと向かった。
道中、エルフの村を横切る。
質素な村だった。
木々の上に掘っ立て小屋のようなものが建てられている。
ただ、素朴といえば聞こえがいいが、言い方を変えれば貧相だった。
リリスなどは開けっぴろげに、「貧乏くさいですね」とコメントを漏らす。
一方、サティは「なんだかとても素敵ですね」と対極の言葉を漏らす。
どちらの感想も的を射ている。
人間の住む家に比べれば確かに質素だが、こういう家に住むのも悪くない。
前世でも今世においても、木の上に住む、というのは少年の心を躍らせる。
ツリー・ハウスに憧れない少年などいない。
もしも俺が子供ならば、心躍らせながら、家の中に上がらせて貰っていただろう。
いや、実は今も、木の上に登ってみたくてうずうずしているのだが、それを抑えているほどだ。
こんな成りをしているが、一応、これでも魔王軍の軍団長なのだ。
あまり威厳のない真似はできない。
そう思っていると、エルフの娘は、「宮殿に着きました」と歩みを止める。
「これが宮殿?」
一同を代表して感想を発したのはやはりリリスだった。
この娘、やはり躾がなっていない。後で説教をせねば。
しかし、リリスが発した言葉は真理を突いている。
俺の感想も同じようなものだった。
(これが一国の女王の住む宮殿か……)
というのが率直な感想だった。
一応、村の中心にある一際大きな巨木に作られているが、あまり大きくもなければ立派でもない。
樹の周りに螺旋状の板が設置されているが、その作りも粗末だった。
いや、素朴というべきか。
ドワーフの王ギュンターならば、その階段にすら立派な彫刻でも施しそうだが、エルフの女王はそんな必要性さえ認めていないようだ。
実際、「ワシがこの宮殿の主ならば、もっと立派な作りにしてやるものを……」と、溜息を漏らしている。
その言葉を聞き、エルフの娘はむっとしている。
そこがエルフとドワーフの気が合わない所以なのだろう。
物を見ると作り込みたくなるドワーフと、自然との調和を大切にするエルフ。
仲むつまじくしろ、という方が無理だった。
ただ、今回ばかりは仲良くして貰わなければ話にならない。
そう思った俺は、二人の間に入るようにエルフの娘に話しかけた。
「エルフの女王はどんなお方なのですかな、お嬢さん」
「お嬢さんではありません、わたしはこれでも280歳の大人です。子供扱いしないでください」
彼女は不機嫌さを隠さずにそう言う。
「なるほど、とてもそのような年齢には見えませんが」
「エルフ族は17歳で成長が止まるのです」
やはりこの異世界のエルフ族も若く美しい姿を維持できる種族らしい。
魔族にもそういったタイプの種族は多いが、あまり羨ましいとは思わない。
たった数十年生きるだけでもこんなに面倒なのに、その人生が数百年に及ぶと思うとぞっとする。
できれば早く平和な世界を作り上げて、さっさと寿命を使い果たしたい。
そんな風に思っていると、サキュバスのリリスが耳打ちしてくる。
「エルフ族というのは本当に高慢ですね」
お前が言うか、と思わなくもないが、確かにその通りなので苦笑いを漏らしてしまう。
「まあ、そう言うな。それが彼らの特徴なんだろう」
「ですが、ものには限度というものがあります。アイク様は仮にも魔王軍の幹部、それに正式な使者なのですよ。あの態度は許せません」
「右の頬をはたかれたら左の頬を差し出せ、という格言がある」
「なんですか? その馬鹿みたいな格言は。マゾの言葉ですか?」
「とある世界の偉い預言者の言葉だよ。彼は汝、自分を愛するかのように隣人を愛せ、という言葉も残している」
「つまり、どういう意味ですか?」
リリスはきょとんとしている。
サティは補足する。
「つまり、人を許す心を持ちなさい、ということではないでしょうか?」
「その通り」
俺は答えるが、それでも納得がいかないようだ。
「ちなみにその預言者とやらは最後にどうなったんですか?」
リリスは尋ねてくる。
俺は正直に答える。
「弟子に裏切られて、磔にされた」
「………………」
サティとリリスは沈黙する。
「ま、人はあまり信用しすぎるな、という教訓だ。ただ、相手が無礼だから、といって腹を立てても仕方ない。その預言者のようにお人好しになる必要はないが、彼の万分の一くらいでも寛容な精神は必要だ」
「要はこれくらいで怒ってはいけない、ということですね」
サティは纏める。
「その通り」と俺がいうと、螺旋階段を上がりきり、エルフの宮殿へと辿り着いた。
エルフの娘は扉を開け、中を案内してくれたが、途中で止まると、「関係のない方はあちらの控えの間で待っていてください」と言った。
関係ない、とは俺とギュンター以外のものを指しているのだろう。
案の定、リリスは頬を膨らませたが、サティは当然のようにニコニコと受け容れる。
俺はリリスに受け容れるように一言言う。
「保安上の理由だろう。魔王軍の連中を大量に謁見の間に招き入れる王などいるわけがない」
「それはそうですけど、でも、お茶くらい出すのが礼儀ではありませんか?」
と言ってると、エルフの女官と思わしき人物が、銀のトレイにお茶を乗せてやってくる。
どうやら流石に客人にはお茶を出すらしい。
もっとも、ギュンター曰く、エルフのお茶は香草茶で、砂糖さえ入れられていない質素なものらしいが。
ともかく、珍しいお茶に釣られてリリスが引き下がってくれたのは有り難かった。
俺とギュンターは目配せすると、エルフの娘に従い、謁見の間へと向かった。




