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獣討伐とエルフの治療

 白い獣、名は分からない。

 ただ、高位の魔術師が召喚した召喚獣であるとは判別できる。

 召喚獣独特のオーラのようなものを身に纏っていた。

 狐と狼の中間のような形態、それに青白い魔力を身に纏っている。

 こんな獣は自然界にはいない。


 それを証拠に、白い獣はエルフ族が放つ矢をまったく受け付けない。

 すべて目の前ではじき飛ばしてしまう。

 恐らくではあるが、この獣には魔力を付与した武器でなければ意味はないだろう。


 そう思った俺は、ギュンターの武器に魔力を付与する。

 簡易的なもので良かった。


 このドワーフの膂力(りょりょく)と技量があれば、当たりさえすれば、一撃で獣を葬りされるだろう。



 ぶわん!



 空気を切り裂く音がすぐ前方から鳴り響く。

 だが、残念ながらその一撃では、白い獣の頭蓋骨を粉砕することはできなかった。

 ギュンターの斧は地面を穿(うが)ち、大きな穴をあけるだけだった。

 どうやらこの白い獣は、そこらの獣よりも俊敏な脚力を持っているようだ。


 ならば取りあえずその動きを弱める方がいいな、と悟った俺は、《火球(ファイア・ボール)》の魔法を唱えた。


 速度重視に調整したオリジナルの魔法だ。

 以前、人狼のベイオに放ったことがあるが、人狼にさえ当たるのだ。


 この獣に当たらない道理はない――、そう思ったのだが、意外にもこの獣は人狼よりも俊敏であった。

 ひらり、とサイドステップをすると簡単に避ける。

 火球によって燃え上がった火も恐れないようだ。

 なかなかやるな、そう思った俺は作戦を変えることにした。


「ギュンター殿、奴をあの池に誘導することはできますか?」


「……できるが、なにか考えがあるのか?」


「ええ、一応は」


「詳細は聞かないでおこう。アイク殿が無意味な指令を下すことはないからな」


 ギュンターはそう言うと戦斧を振り回しながら、白い獣に襲い掛かった。

 まるで小枝でも振り回すような軽やかさだ。

 しかし、それでも獣にはまったく当たらないのだから、あの白い獣の俊敏さには恐れ入る。


 ただ、流石はドワーフの王、徐々に、だが、確実に獣を追い詰めている。

 時折、戦斧が奴の毛先に当たり、白い毛が宙を舞っている。


 もしかしたらこのまま何もせずにギュンターが葬り去ってくれる、そう思ったが、流石にそこまでは甘くないようだ。


 白い獣はギュンターの息が上がった瞬間を見逃さず、彼に鋭い爪を突き立てた。

 ギュンターは右肩を切り裂かれても、一言も苦痛の声を上げない。

 その胆力は恐れ入るが、俺はこれ以上彼が傷つくところを見たくなかった。

 大声を上げ、ギュンターに指示する。


「ギュンター殿、もう結構です。下がってください」


 その声を聞いたギュンターは僅かに頷くと後退する。

 俺はその瞬間を見逃さず、《火球》の魔法を放つ。

 無論、避けられることは想定済みだ。

 ただ、避ける場所が、後ろの水辺しかないことは確認してある。



「――つまり」


 

 今、奴の後ろ足が水に触れているということだ。

 俺は目の前の溜め池にめがけ、《電撃(ライトニング・ボルト)》の魔法を放つ。

 池に放たれた雷撃は、文字通り、稲妻の速さで池全体に伝わる。

 当然、池に足を付けていた白い獣にも伝わる。

 白い獣は初めて獣らしい声を発した。



「うぉぉぉん!!」



 と苦痛に満ちた声を発する。

 その瞬間を見逃さない。



「ギュンター殿、今です!」



 ギュンターは承知! と言わんばかりに獣に襲い掛かる。

 俺の魔力を付与した戦斧は白い獣の頭蓋骨に命中する。


 脳漿が飛び出る――、ことはない。


 召喚獣は実体を持つものと持たないものがいる。

 あの獣は後者のようで、致死的なダメージを受けた瞬間、消滅した。


 残されたのは術者があの召喚獣を召喚したときに依り代とした護符(アミユレツト)だけだった。それはひらりと舞い、池の中に落ちた。


 それを拾うと、護符は俺の手のひらで燃え上がる。どうやら御丁寧に証拠隠滅の細工まで施されているようだ。


 先ほどの獣を召喚した魔術師は余程、狡猾で周到な奴のようだ。

 そう思っていると、リリスとサティが駆け寄ってくる。


「お怪我はありませんか?」


 サティは心配そうに尋ねてくるが、リリスは、「アイク様があんな雑魚に後れを取るわけないでしょ」と言い返す。


 いつも通り喧嘩になりそうなので、そこで会話を止めさせるが、サティの言葉によってとあることを思い出す。


 そういえばあの獣に襲われた青年は無事なのだろうか。

 かなり深々と背中を切り裂かれていたはずだ。

 致命傷になっていてもおかしくはない。

 俺は急いで茂みへと向かった。


 案の定、そこにはエルフの青年が倒れていた。

 周囲の仲間は、必死に止血しようとしている。

 エルフ族は精霊魔法の名手だが、回復魔法は苦手のようだ。

 水精霊(ウィンディーネ)を召喚し、傷口を塞ごうとしているが、それでは間に合わないだろう。


 水精霊を使い仲間の治癒をしているエルフの娘に場所を譲るよう要求する。

 エルフの娘は、一瞬、こちらの顔を見て、仲間たちと相談を始めるが、すぐに場所を譲ってくれた。


 リリスは、「現金な奴らですね」と言うが、どうやら先ほど白い獣を倒したことにより、信頼を得たようだ。


 俺はまず、《水作成(クリウェイト・ウォーター)》の魔法で傷口を洗い流す。


 治癒魔法は万能ではない。

 傷口を塞いでも細菌が体内に入れば、それが元で病気となり、死に至るケースもある。

 治療を施すからには万全を期したかった。


 俺が魔法で作った真水で傷口を洗い流すと、案の定、エルフの若者は苦痛の声を上げるが、こればかりは我慢して貰うしかない。


 傷口についた泥を払うと、回復魔法を施す。

 みるみるうちに塞がっていく傷口。


 それを見てエルフたちは、


「す、すごい、神業だ」


 と賞賛の声を上げるが、なぜかリリスも驚きの声を上げる。「おお!」と。


「お前はいつも見ているだろう。なにをそんなに驚いているんだよ」


「だって、以前よりも傷口が塞がる速さが上昇しているんですもん」


 むう、言われて見れば確かに。

 昔は回復魔法が苦手だったんだよな、俺。


「これはあれですね、たぶん、アイク様がお優し過ぎるから、上達されたのでしょう」


「優しすぎる?」


「だって、アイク様は敵兵にさえ、慈悲を掛けられます。戦闘後、敵兵にも回復魔法を掛けている姿を何度も見たことがあります」


「なるほど……」


 確かに自覚はある。無論、味方の負傷者を最優先にするが、戦後は敵味方関係なく回復魔法を掛けていることが多い。


 何事も積み重ねが大事、ということか。

 そんな風に思っていると、エルフの青年の傷口は完全に塞がる。

 周囲のエルフたちはほっと息を撫で下ろしているようだ。

 傷の癒えたエルフを彼らに托すと、改めて挨拶をした。 


「俺の名はアイク、先ほども言ったが、魔王軍の使者だ。女王に面会を求めたい」


 無論、彼らは同意してくれる。

 白い獣を狩り、仲間まで助けてくれた恩人に非礼を働くほどエルフは高慢な種族ではないようだ。

 彼らの代表者と思われる人物は俺に握手を求めて来ると、エルフの森の女王の下へ案内してくれた。

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