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エルフの女王フェルレット ††

 ††(エルフの女王フェルレット視点)


 エルフ族の女王フェルレットは筆を置き終えると「ふぅ」と溜息を漏らした。

 その姿を見て、侍女の娘が、(ねぎら)いの言葉を掛けてくれる。


「ありがとう」


 フェルレットは侍女の温かい言葉に感謝の言葉を贈ると、エルフの里の名産品である香草茶(ハーブティー)を受け取る。


 フェルレットはひとしきりその香りを楽しむと、己の肩を叩いた。

 侍女は肩をお揉みしましょうか? と尋ねてくるが断る。


「ありがとう、気を遣って貰って。でもそこまで疲れていないわ。ただ、久しぶりに筆を執って緊張してしまっただけ。手紙の内容が内容だけに、ね。文面に気を遣ってしまって」


 その言葉を聞いた侍女は尋ねてくる。


「やはりドワーフ族に救援を求める手紙を書かれるのは恥辱ですよね……、ご心労、お察しします」


 侍女はそう尋ねてくるが、フェルレットは笑顔で返す。

 この忠実な侍女を心配させたくなかったからだ。


「確かに今更、ギュンター殿に手紙を書くのは癪だけどね。でも、その点は気にしていないわ」


 ――というのも嘘。


 本当は仲の悪いドワーフ族に仲立ちを頼むのはとても厭なのだけど、それでもそんなことを言ってはいられない事情があるのだ。


 目下のところ、我がエルフの里は、諸王同盟に睨まれている。

 諸王同盟に屈して、兵と貢ぎ物を提供するか、それとも死を選ぶか、の二択を迫られている。

 最悪の二択だ。


 個人的にはどちらも選びたくない。このまま無視を決め込みたいところだけれど、それもできない。

 返答を誤れば、もしくは遅らせれば、この森が戦火に包まれる。


 それだけは避けたかった。

 それはエルフの女王としての責務でもあったし、フェルレット個人としての願いでもあった。


「それで結局、手紙の内容はどう書かれたのでしょうか?」


 侍女は恐る恐る尋ねてくる。

 この手紙の内容は機密事項(トツプシークレツト)なのだけど、彼女にならば話しても問題ないはず。

 というか、誰かに相談したい、というのが本音なのかもしれない。


「内容は大まかに説明すると、遠回りに魔王軍の助力を得たい、と書いたつもりだけど……」


 果たして伝わっているだろうか。


 結局、エルフ族としての自尊心が邪魔をして、婉曲的というか遠回しにしか書くことができなかった。


 ――それに、フェルレットは人間のことを信用していなかったが、魔王軍のことを信頼しているわけでもなかった。


 よく妹からは姉上の頭はお花畑みたいなところがありますね、とからかわれることがあるけれど、フェルレットはそこまで愚かではない。


 人間を恐れるあまり、魔王軍に頼り、エルフ族を最悪の状況に追い込んでしまう、ということもあり得るのだ。


「――でも、やはり、魔王軍には興味がある」


 本音がぽろり、と漏れてしまう。

 その言葉を聞いた侍女もゆっくりと頷く。

 それを見たフェルレットは侍女に尋ねる。


「正確にいうと、魔王軍にいる、というアイクという御仁に興味があります」


「魔王軍第7軍団の旅団長をされている方――、でしたよね?」


 フェルレットは首を横に振る。


「いえ、正確にいえば第8軍団の軍団長に出世されたみたい」

「もう軍団長になられたのですか? 先日までは旅団長だと伺っていましたが」


「よく分からないのだけど、妹の話によればそうみたい。なんでも、人間やドワーフを傘下に収め、先の戦で大勝利を収めて、出世されたみたい」


「……異例の大出世ですね。それに人間やドワーフたちの協力を得る軍団長など、聞いたことがありません」


「ええ、私も長生きをしている方だけど、そんな魔族の話は聞いたことがないわ。もしもその話が真実ならば、人間のように私たちを使役しようとするのではなく、対等の同盟者として私たちを扱ってくれるかもしれない」


「だからフェルレット様は魔王軍の方に懸けるおつもりなのですね」


「そうね……」


 フェルレットはぽつりと漏らす。


 侍女を心配させないため、そう漏らしたが、実のところ、フェルレットは少しだけ心配だった。


 アイクという人物の風評は伝え聞いているが、それでも魔王軍とよしみを結ぶなど、エルフ族の歴史上一度もなかったのだ。


 ただ、それでもアイクという人物の噂を聞く限り、人間に屈するよりは遙かに賢い選択肢のように思われるのだ。


 だから筆を執り、アイクという人物が本当に信頼に足る人物なのか確かめてみたいのだが、この選択肢は正しかったのだろうか。


 手紙を書き終えた後も、フェルレットの悩みは尽きない。


 アイクという人物はエルフ族の救世主となってくれるのだろうか、それとも人間よりも恐ろしい相手なのだろうか、それを確認したかった。


 ともかく、すべてはアイクという魔王軍最強の魔術師に会ったときに決まるだろう。

 今後のエルフ族の行く末が、いや、この世界の命運まで変わってしまうかもしれない。


 フェルレットは数百年に渡ってこの世界の行く末を見てきたが、今ほど歴史のうねりを感じることはなかった。


 アイクという魔族の魔術師が現れるようになって、歴史は大きく動こうとしている。


 フェルレットにできるのは、その歴史の結末が、エルフ族にとって幸福なものになるように祈り、努力することだけだった。


 森の女神シャリスよ、どうか、アイク殿がエルフ族にを救いもたらしてくれる英雄でありますように――。


 そう祈りを捧げながら、侍女に手紙を送るように指示を出した。

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