第8軍団の初軍議
結論は最初から決まっていた。エルフの森へ赴き、エルフたちを助ける。
それが俺の考えている策だった。
一瞬、上司であるセフィーロに相談すべき案件かと思ったが、それも不要だろう。そもそもセフィーロはもう俺の上司ではない。今の上司は魔王様ただ一人である。
更に言えば魔王様の判断も不要だと思われる。
軍団レベルでの采配は全て軍団長に一任されている。
また、魔王様もドワーフとの同盟を追認してくれたし、そもそも俺が人間や亜人たちを取り込むことを期待して、第8軍団を創設したのだ。
むしろここで救援に行かなければ、後でお叱りを受けるかもしれない。
そう思った俺は、イヴァリースの街に滞在している幹部を集めた。
オークの参謀ジロン、サキュバスのリリス、それに竜人のシガン、ドワーフの王ギュンターである。
つまり、いつもの連中だ。
彼らが会議室に集まると、サティは手際よく彼らに飲み物を配る。
オークの参謀ジロンは葡萄酒、サキュバスのリリスはマーマレード・ジャムをたっぷり入れた紅茶、竜人シガンは白湯、ギュンターは蒸留酒。
それぞれの好みを熟知している。
この点に関しては小うるさいリリスでさえケチを付けない。
いつも最適な温度で紅茶を入れ、最適な量のジャムを入れるからだ。
サティ曰く、「リリスさんの表情から、どれくらいの量のジャムが必要かおおよそ分かるのです」とのことだが、その辺の感覚は流石だと関心してしまう。
ちなみに俺の今日の気分も的中させてきた。
彼女はいわれるまでもなく、緑茶を出してきた。
俺たちはそれぞれのコップに口を付けると、サティは恭しく頭を下げ、退出する。
それが合図となったかのように、ジロンは尋ねてくる。
「旦那、今日の軍議の議題はなんなんでしょうか?」
いつもこの台詞から軍議が始まるのが通例となっていた。
皆に、ギュンターから受け取った手紙の内容を話す。
「つまり、エルフの奴らは我々と同盟を結びたい、ということでいいんですか?」
リリスが話を要約する。
「ああ」
俺は一言で返す。
「なら話は簡単じゃないですか、さっさと軍隊を派遣して、こちらと同盟を結ぶように脅しましょう」
リリスの空気の読めない発言に、一同、吐息を漏らす。
「それでは人間とやっていることが同じだろう」
注意する。
「では、軍隊を派遣して諸王同盟を蹴散らしましょう。恩を売っておくのです」
「それはそれで問題があるかな」
「どうしてですか?」
リリスは問うてくる。
俺は逆に質問を返す。
「エルフの女王様はどうして俺にではなく、ギュンター殿に手紙を送ったのだと思う?」
「旧知の仲だからじゃないですか?」
「でも、ギュンター殿とエルフの女王様は仲が悪いんだぞ?」
と、俺はギュンターの方を振り向く。
彼は腕を組み、むすっとしている。
「そういえばそうですね。エルフとドワーフといえば犬猿の仲ですものね」
「なのに、そのギュンターを頼るかのように、手紙を送った。俺に直接でなく。つまり、何が言いたいのかと言えば、エルフの女王は魔王軍を恐れている、ということだよ」
「我々を恐れる――」
リリスは、言葉をそこで止めたが、あっけらかんに続ける。
「まあ、そうですよね。我々は泣く子も更に泣き叫ぶ魔王軍ですものね。逆にびびられなかったら沽券に関わります」
「つまり、エルフの女王は、本当に我々が味方になってくれるか、確かめたい、ということでしょうか?」
ジロンが尋ねてくる。
「ああ、恐らくな」
「こちらも信用がないですね」
ジロンはぼやくが、俺は擁護する。
「仕方ない、我々は魔王軍だ。この際、腹の探り合いも仕方ない」
仮に俺がエルフの女王の立場だとしても同じことをする。
魔王軍が諸王同盟よりも寛容に扱ってくれる、という保証はない。
「諸王同盟という狼を恐れるあまり、魔王軍という虎を呼び込む真似になるかもしれませんからな」
竜人シガンはそう纏め上げてくれる。
「我々の方がよっぽど寛容なんですけどね」
ジロンは言うが、俺は補足する。
「最近はな」
魔王軍の寛容な統治が始まったのはここ数年だ。
現在の魔王様であるダイロクテン様が魔王軍を統治されるようになってから、徐々に、だが確実に人間たちへの支配は寛容になっている。
だが、まだ、そのことを疑っている人間や亜人たちは大勢いる。
いつまた昔のような魔王軍に戻るのか、とヒヤヒヤしている者は大勢いる。
エルフの女王がこのような形で同盟を申し込んでくるのは、仕方ない、といえば仕方なかった。
「かといって、あっさり同盟を申し込んでこられても困るけどな」
「どうしてですか?」
リリスは問う。
「本当になんの疑いもなく、魔王軍に同盟を申し込んでくるような王は間抜けだ。役に立つとは思えない」
先日、秘密の条約を結んだ通商連合の長の顔を思い出す。
通商連合の長、エルトリア・オクターブという女性は、女傑と言ってもいいほどに有能でしたたかな人だった。
彼女ほど聡明でないにしても、王としてもそれなりの力量がなければ、こちらが同盟を結ぶメリットはない。
「もっとも、あまり有能すぎても困るのだけどな」
「どうしてですか?」
リリスは再び問うてくる。
「あまりに有能すぎると、こう勘ぐってしまう。もしかして、この誘いは俺たち魔王軍をはめる罠なんじゃないか、って」
「なるほど、それは考えつきませんでした」
と、リリスは言う。
「無能すぎても困る、有能すぎても困る、というわけですね」
「ただ、今回に限ってその心配の必要はないと思う」
「根拠はあるんですかい?」
ジロンは問うてくる。
「顔も見るのも厭だと公言しているギュンター殿を経由して俺に同盟を打診してくるんだ。俺たちをはめようとするならそんな回りくどい真似はしないだろう」
それに、と俺は続ける。
「あのギュンター殿がその女王を信頼しているようだ。ならばきっとその女王もギュンター殿に似たところがあるのだろう」
と、再び、ギュンターの方へ振り向くが、腕を組んだままこちらを見ようともしない。
思わず苦笑を漏らしてしまうが、ともかく、道義的にも戦略的にも、エルフ族の危機を見過ごすわけにはいかなかった。
「この際、エルフを助けない、という選択肢はない。彼らが敵に回ればこちらにとって不利になる。彼らは温厚な種族だが、皆、弓の名手だ」
「それに精霊魔法の使い手も多いですしね」
リリスはそう言うと、「ここは貸しを作って置いた方が得ですね」と、にやりと笑った。
その微笑みは、その戦略的な価値を理解してくれた証とみていいのだろうか。
それとも今回の旅に連れて行って貰える確信でもあるのだろうか。
どちらかは判断できないが、俺は決断を下すことにした。
「大軍を伴っていったのでは、エルフ族に警戒される恐れもある。それに諸王同盟を悪戯に刺激してエルフの森へ攻められても困る。ここは少数のものでエルフの女王と面会し、まず彼女の信頼を勝ち取りたい」
俺がそう宣言すると、随伴者になりたい、と皆が挙手をする。
ジロンは鼻息を荒くし、シガンは無口に挙手をし、リリスは当然、「わたしは第一候補ですよね」という顔をする。
一方、飲み物のお代わりを持ってきたサティも俺に熱視線を送っている。
ギュンターを除く全員が同行を希望しているようだ。
その光景を見て俺は「やれやれ」と吐息を漏らす。
「これはピクニックじゃないんだぞ」
と皮肉を漏らしたいところだが、リリスはこう反論する。
「アイク様と一緒に赴けるならば、地獄の底でもピクニックですよ」
「なるほど。で、その心は?」
「一緒にいるととても楽しいからです」
リリスは微笑み即答する。
サティもにこやかに頷く。
そこまではっきり言われると何も言い返せなくなるが、最後にジロンが総括してくれた。
「旦那、誰を連れて行くか、は、ともかくとして、急いでエルフの森へ向かいましょう。人間たちに先を越されても癪ですし、あんまりもたついているとエルフの女王が諸王同盟に屈してしまうかもしれません」
参謀らしい纏め方だった。
軍団長の参謀に昇進して少しは自覚が芽生えたのかもしれない。
俺は珍しくジロンの意見を採用すると、軍議を解散した。




