イヴァリーズ残留組
俺は、アレスタでファルス王国の主力である赤竜騎士団を打ち破り、その功績により第8軍団軍団長に出世を果たした。
無論、嬉しくないわけではないが、当の本人よりも周りが浮かれているのではないだろうか。
特にジロンの喜びようがすごい。
連日のように、鼻息を荒くしながら俺を褒めちぎる。
「旦那は絶対いつか軍団長になると思っていました!」
更に俺が軍団長になったからだろうか。
軍団長の参謀らしく、絹のローブを特注した方がいいでしょうか?
と尋ねてくる。
それに茶々を入れてくるのは、サキュバスのリリスだった。
「ジロン、たしかにアイク様は軍団長にご出世されたけど、そのまま、あんたを参謀にするなんて一言も言ってないわよ。これを契機に左遷、って考え方は貴方にはないのかしら」
と、「くすくす」と笑う。
その言葉を聞いたジロンは顔を青ざめさせながらこちらを見てくる。
うち捨てられた子犬のような目をしていた。
可哀想なので擁護をしてやる。
「リリスよ。こいつはこいつで役に立つこともあるんだ。引き続き、参謀を務めて貰うつもりでいる」
その言葉を聞いたジロンは、文字通り狂喜乱舞する。
一方、なんだかんだでリリスも心配のようだ。
上目遣いにこちらの方を見ながら言った。
「あ、あの、アイク様、新しく新設される第8軍団では私も引き続きお供できるのですよね? 私だけ第7軍団にそのまま、ってことはありませんよね?」
脳天気で剛胆なリリスだが、不安という感情も一応、持ち合わせているようだ。
その問いにも明瞭に答える。
「不死旅団の部隊長たちは、そのまま全員、第8軍団に移籍して貰う。皆、そのまま出世だ。部隊長から旅団長になって貰う。ということだな」
その言葉を聞いたリリスは、「やった!」とジロンと共に踊り始める
この場で冷静なのは、竜人のシガンくらいなのではないだろうか。
彼は出世を喜ぶでもなく、冷静に問いただしてくる。
ジロンよりも参謀らしい口調だった。
「不死旅団がそのまま第8軍団になる、ということは新たな増員はされない、ということでしょうか?」
俺は短く返す。
「されない」
と――。
その言葉の重要さに気が付いたのは、竜人シガンくらいなものだった。
ジロンとリリスはぽかんとしている。
仕方ないので説明してやる。
「不死旅団の人員は今、1000人弱くらいだろ。それで一個軍団を結成しなければならない、ということだよ」
ジロンはその言葉でやっとことの重大さに気が付いたようだ。
「え、それっておかしくありませんか? 普通、軍団って最低でも3000匹くらいで構成されるんじゃ?」
その通りだった。普通、各軍団の規模は最低でも3000、多ければ5000~6000くらいの規模が普通である。
1000という数は半個軍団にも満たない。
「大丈夫ですよ。我々、不死旅団は無敵の旅団です。そのまま軍団になってもそれは変わりません!」
とリリスは力強く宣言するが、相変わらず脳天気である。
俺が軍団長になったことにより、今までより自由な裁量が与えられるようになったが、それイコール責任も増した。
ということだ。
今まではイヴァリースの街を死守し、セフィーロの指示に従っていれば良かったが、これからはそうはいかない。
軍団長に出世したことにより、イヴァリース周辺の街も俺の支配下に入ることになったし、そこに兵も割かねばならない。
1000という数は多いように思われるが、それは先日加わった人間やドワーフたちも加味しての数だ。
彼らのことを信頼していないわけではないが、魔族以外の旅団長に都市の支配を任せるのはまだ時期尚早だろう。
そんなことをすれば、他の魔族からの反発は必至だ。
魔王様が、俺を軍団長に据えた理由もそこにある。人間や亜人たちを上手く使いこなし、それを他の魔族に見せつけることによって、人間との共存が「有益」であることを示したいのだ。
早くそのことを見せつけてやりたいが、焦りは禁物だ。
前世だろうが、異世界だろうが、組織という奴は改革を忌み嫌う。
なるべくゆっくり、だが、着実に成果を上げ、他の軍団長たちに見せつけなければならない。
それにはまず、戦力増強を図るのが一番の近道だった。
俺は、皆に、そのことを伝える。
皆、一様に納得してくれたようだ。
「つまり、旦那のお考えは、当面は他の都市の支配は魔族の旅団長に任せ、自分直属の部隊は人間とドワーフを中心にする、ということですよね?」
ジロンが珍しく俺の意図を要約してくれた。
「その通りだ。魔族の戦力が減るのは仕方ないが、この際、それが一番だろう」
というか、それしか道は残されていないと思う。
その言葉を聞いて一番驚いたのは、リリスだった。彼女は慌てふためきながら、こう主張してくる。
「ちょ、ちょっと、待ってください。それだともしかして、わたしが他の都市の領主になってしまう可能性がある、ということですか?」
「あるかもしれないな」
と、冗談のつもりで返したが、リリスの反応は想像以上だ。
「それは絶対に厭です。アイク様のもとを離れるのなら、旅団長の地位も。いえ、部隊長の地位さえいりません。一兵士でも構いませんのでお側においてください」
その表情と声色は本気だった。
もしも彼女を領主に任命すれば、本当に辞表を俺の机の上に置きかねない勢いだ。
それはそれで困るので、一応、こう返す。
「安心しろ。副官は大将の側に居るのが普通だろ。お前は、イヴァリーズ残留組だ」
その言葉を聞いてほっと胸をなで下ろすリリス。
「そうですよね、副官と団長はセットと昔から決まってますものね」
ジロンも追随する。
「参謀もセットですよね、旦那」
「ああ」と答えておくが、そう言えば俺が副団長に出世したとき、セフィーロは手元に俺を置いて置かなかったな、と改めて思い出した。
あのときは、最前線であるイヴァリースから不死旅団を動かすわけにはいかなかった、という理由があったのだろうが。
そんなことを思い出したが、わざわざそのことを伝えて、リリスを心配にさせる必要はないだろう。
皆、自分たちの出世を喜び、祝福ムードに入っているのだ。
それに水を差すほど俺は野暮ではなかった。
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魔王軍最強の魔術師は人間だった、書籍版第3巻の表紙です。




