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是非もなし

 エ・ルドレ率いる赤竜騎士団を打ち破り、アレスタの街で第7軍団の旅団長たちと再会する。

 皆、一様に俺に感謝の言葉を述べてくる。


 マンティコアの老人クシャナは、


「文字通りの命の恩人だ。後で腐肉でも送ろう」


 と、温かい言葉をくれた。


 外見はともかく、中身は人間なので困惑してしまうが、その気持ちは嬉しかった。

 腐肉は部下の不死族にでも振る舞うことにする。


 一方、犬猿の仲である人狼のベイオも、遠回しにだが感謝してきた。


「お前が敵を惹き付けてくれたおかげで俺の部隊が活躍できた。引き立て役になってくれて助かるぜ」


 その後、「ま、お前の活躍もなかなかだったがな」と付け加える。


 相変わらず素直ではない。


 前世の記憶を辿ると奴を形容するのに相応しい言葉が浮かぶ。


『ツンデレ』という言葉だ。


 もっとも、むさ苦しい犬ころに好かれてもあまり嬉しくはない。


 さて、同僚たちと一通り挨拶を済ませると、お待ちかねの団長がやってきた。

 彼女は不機嫌とご機嫌の中間といった表情だ。

 俺の活躍が嬉しい反面、助けられたことが少し癪なのかもしれない。


 腕を組み、頬を膨らませながら、


「今回の働き見事であった」


 と、少し顔を背けながら言う。


 セフィーロは俺を子供扱いするが、どちらが子供か分かったものではない。

 そんな風に思っていると、セフィーロは突如として膝をつき、頭を下げてくる。

 いきなり俺に感謝の念を示したのかと思ったがどうやらそれは違うようだ。


 馬の嘶きのようなものが聞こえる。

 この音には聞き覚えがあった。


 それにあの高慢なセフィーロが頭を下げる相手など一人しかしらない。

 俺も即座に振り向くと、片膝をついた。


 そこにいたのはやはり、想像した通りの人物だった。

 彼女は馬上から俺たちを見据えると、



「――であるか」



 と言った。

 魔王様はそう言うと、自慢の愛馬『鬼葦毛』から降り、「面をあげい」と言った。

 その言葉を聞いたセフィーロと俺は頭を上げる。


 すると同時に魔王様は(ねぎら)いの言葉を掛けてくる。

 まずはセフィーロの方を振り向くと言った。


「此度の奮戦見事であった」


 セフィーロは即応する。


「いえ、(わらわ)のミスがなければこのような事態にはなっていなかったでしょう」


「しかし、その後のうぬの粘りがなければ援軍は間に合わなかった。結果的にうぬが敵を引き付けてくれていたおかげで、アイクが赤竜騎士団を倒せたのだ」


「それは、(わらわ)ではなく、部下の旅団長たちをお褒めください。奴らの働きがなければ、(わらわ)たちは壊滅していたでしょう」


 そう言うと、人狼旅団のベイオ、牙獣旅団のクシャナ、他、すべての旅団長たちの名を上げ、彼らを魔王様に紹介した。


 この辺は部下の心を掴む人心掌握術でもあり、本音でもあるのだろう。

 実際、彼らはよく戦った。


 補給路を断たれていたのだ。少ない食料、少ない矢玉、魔力補給用の霊薬(エリクサー)もほとんどなかったはずだ。


 そんな中、彼らは1ヶ月近くに渡って、アレスタの街に籠もり、敵軍と戦っていたのだ。

 賞賛されてしかるべきだと思う。

 実際、彼らの苦労は言葉にできないはずだ。


 外には、ファルス王国の精鋭騎士団、内には占領したばかりの住民、最悪、その双方から挟み撃ちにされて全滅の危険性もあったのだ。


 それを回避し、今、この場にいるのは彼らの力の証だった。

 実際、住民反乱を起こされなかったのは、彼らの英断によるところが大きい。

 クシャナ曰く、敵の罠にはまりアレスタに封じ込められたとき、セフィーロはこう宣言したそうだ。


「我々に残された食料は少ない。だが、ここの住人たちも敵の略奪によって食料を奪われている。残された食料の半分を彼らに渡そうと思う」


 そのとき、旅団長たちは驚愕の表情はしたが、反対はしなかったそうだ。

 皆、セフィーロのことを信頼していたし、その言葉の意図も理解していたからだ。


 自分たちは飢えることになるが、ここで住民たちから信頼を勝ち取っておかねば大変なことになる、と分かっていたのだ。


 彼らは自分たちが飢えることを覚悟で、少ない食料の半分を住民たちに分け与えた。その英断は正しく報われた。


 赤竜騎士団の猛攻の最中、住民たちは反乱一つ起こさなかった。

 いや、それどころかセフィーロたち第7軍団に協力する住人たちも現れたそうだ。



 住民たち曰く、


「自分たちから食料を奪った諸王同盟の軍隊よりも、魔王軍の方が信頼できる」


 と、協力を申し出る住民が後を絶たなかったそうだ。



それは俺と魔王様の目指す道であった。今後、魔王軍が目指す姿でもあった。

 実際、今回も人間たちの協力によって勝利を掴んでいるのだ。

 魔王様は、珍しく、表情を緩めながら、セフィーロを始め、各旅団長たちを賞賛した。



「よくやった」



 相変わらず短く、淡泊な言葉だが、その言葉には重みと優しさが込められていた。

 魔王様は、それぞれ旅団長一人一人に声をかけ、その労をねぎらう。

 旅団長たちは、その言葉を聞き、それぞれに喜びを表現する。


 クシャナは「これで思い残すことはない」と感動でむせび、ベイオなどは「母ちゃんに聞かせてやりたかった」と号泣している。


 最近、魔王様と親密になれたので忘れるが、魔王様と旅団長クラスの幹部が会う機会などほとんどない。


 閲兵式や特別な行事で、遠目から見られる程度だろうか。

 それくらい魔王様という立場は偉く、現場から縁遠い存在なのだ。

 そんな至高の存在から褒められ、嬉しくない魔族などいるわけがない。

 皆、感涙しているが、魔王様は一通り労いの言葉を掛けると、俺の方を振り向きこう言った。


「此度の戦、第7軍団の活躍は見事であった。旅団長は言うに及ばず、末端の兵まで皆、よく戦ってくれた」


 ただ――、と魔王様は付け加える。


「その中でも一番の勲功者、一番手柄を上げたものは、不死旅団に相違ないな」


 その言葉を聞きいた他の旅団長たちは、納得する。

 魔王様に褒められた後だからだろうか、あのベイオですら、素直に頷いている。

 魔王様は続ける。


「不死旅団の団員たちにも賛辞の言葉を贈りたいが、その前に、その旅団の長であるアイクに賛辞の言葉を贈ろう」


 魔王様はそこで一呼吸置くと、


「よくやった、アイクよ」


 と、簡潔な言葉をくれた。


 相も変わらず短い言葉であるが、一番、心が籠もって聞こえるのは、俺の贔屓目だろうか。

 

 この人は能面のような表情をしているが、本当に喜んでいるときは、僅かばかりだが、口元が緩むような気がする。


 あくまでそんな気がするだけだが。

 ただ、魔王様は俺の活躍を心の底から喜んでくれているようなのは確かなようだ。

 それを証拠に、彼女はとんでもない発言を加えてきた。


「今までの功績、それに今回の手柄、アイクよ。うぬはやはり一旅団長に留まっていて良い立場ではないようだな」


「今は副団長ですよ」


 と、言いたいところだが、彼女はたぶん、そんなことが言いたいのではないのだろう。

 俺はちらりと横目でセフィーロを見る。

 やはり彼女はご機嫌斜めだ。

 これから発するであろう魔王様の言葉を予見しているようだ。


「ここまでの功績を挙げれば、他の軍団長たちも反対はするまい。よって不死旅団団長のアイクを、第8軍団の団長とする」


 その言葉を聞き、この場にいた旅団長たちから「おお!」という言葉が上がる。 

皆、祝福し、納得もしてくれているようだ。

 一方、セフィーロは最後の抵抗なのだろうか。


「第8ということは軍団を新たに新設されるのですか?」


 と、問うた。


 魔王様は頷く。


「第3軍団は解散したが、裏切り者の軍団だからな。縁起が悪い。暫く封印することにする」


 それに「8という数字は縁起がいい」


 と付け加える。

 それについてはセフィーロはぽかんとしている。


 八は末広がりといって、古来より、『日本』では縁起が良いとされているのだ。


 そのことを知っているのは俺と魔王様だけだが、視線が合うと、少しだけ笑みが漏れてしまう。前世が同じ日本人だと通じるユーモアなのかもしれない。


 ただ、セフィーロは「アイクを軍団長にするのはともかく、新たに軍団を新設するのはどうかと思いますが」と最後の抵抗のように言った。


「もっかのところ魔王軍は人材不足です。ここで新たに魔族や魔物を割く余裕はあるのでしょうか」


 正論である。俺もその辺が気になった。

 ここのところ人間に押されているため、魔王軍の数は全体的に不足している。

 そこで新たに軍団を新設する余裕などあるのだろうか。

 その問いには魔王様は明瞭に答えてくれた。



「ある」



 と一言だけ。


「その答えを聞かせて貰えますか?」


 セフィーロは尋ねる。

 魔王様は答える。


「今度、新設する第8軍団は。魔族だけでなく、他の種族を混成した軍団にするつもりだからだ」

 

 その言葉を聞き、セフィーロを始め、他の旅団長たちは衝撃を受けているようだ。

 そりゃそうだ。

 魔族や魔物以外を混成した軍団の創設など、魔王軍始まって以来の出来事だ。

 皆、言葉を失っている。

 冷静なのは俺と魔王様くらいなのではないだろうか。

 だからではないが、俺はセフィーロに代わって魔王様に尋ねた。


「つまり、今度新設する軍団は、今の不死旅団をそのまま軍団にするだけ、ということですか?」


 魔王様は、「うむ」と、首を縦に振る。


 なるほど、つまり魔王様は、不死旅団という魔王軍の成功例を軍団規模で再現したい、ということなのかもしれない。


 俺の率いる不死旅団は、現在、ドワーフや人間たちの協力を得ている。

 そのことが今回の戦の勝利に繋がった。

 その事例を間近で見て、そのことを肌で感じ取ったからこその提案なのだろう。


 ――となると、この人はやはりなかなかの切れ者だ。それに人の扱い方が上手い。


 流石、前世で一度天下を取っただけのことはある。 

 そんな人物に見込まれたのだ。

 有り難いことではあるが、やはり気になるのはセフィーロだった。

 何度も言うが、この魔女には幼い頃からお世話になっている。

 初めて出会ったときから実の弟のように可愛がってくれた。

 じいちゃんの死後、俺の後ろ盾になってくれて、旅団長にまで引き立ててくれたのだ。

 今更この人の下から去るのは名残惜しくない、といえば嘘になる。

 新しく軍団長になるにしても、できれば「快く」送り出して貰いたいものだが。


 俺がそんな視線を向けていた為だろうか、セフィーロはこちらの方を振り向くと、大きく溜息をついた。そして「仕方ない」と前置きした上で、魔王様にこう言上した。


「アイクの昇進の件、魔王様がそこまでいうのならば反対しませんが、その代わり二つお願いがあります」


 その言葉を聞いた魔王様は、「聞こう」と言った。


「一つは我が軍団から精鋭の旅団を引き抜くのです。その分、同等以上の戦力を我が軍団に配備してください」


「それについては検討しよう。うぬの軍団は今回の戦いで甚大な被害が及んだしな」


 ただ、と魔王様は続ける。


「数の方はなんとかできるが、質の方は保証できないぞ」


「どういう意味ですか?」


 セフィーロは問う。


「部隊の強さは数だけでは決まらない。将の方まではこちらでは用意できないからな」


 セフィーロは負け惜しみだろうか、「その点は(わらわ)が自分でなんとかします!」と力強く宣言した。


 その姿を見た魔王様は、「うぬの手腕、期待しておるぞ」と言った後に尋ねる。


「それで二つ目の願いはなんだ?」


 その言葉を聞いたセフィーロは、珍しく真剣な表情をすると言った。


「アイクは(わらわ)の弟のような奴なのです。何卒、お引き立てしてやってください」

「…………」


 その言葉を聞いた魔王様は、虚を突かれたような顔をした。


 軍団レベルの話をしていたのに、突如として所帯じみた話をされたのだ。驚かれるのも無理はない。

 というか、こちらも少し気恥ずかしいくらいだ。


 俺を思って言ってくれているのは分かるが、今、この場に相応しい言葉とも思えない。

ただ、魔王様はすぐに表情を取り戻すとこう言った。



「是非もなし」



 その意味は、「任せておけ」ということなのだろう。

 その言葉によって、俺の昇進が決まった。

 こうして俺は第7軍団副団長から、第8軍団団長になったわけである。

 めでたいことかは分からないが、取りあえず、皆が祝福してくれている。


 イヴァリースの街へ戻れば、オークの参謀であるジロンは飛び上がらんばかりに喜ぶだろうし、サキュバスのリリスも竜人シガンも祝福してくれるだろう。


 それになにより、メイドのサティが一番に祝福してくれるかもしれない。

 今から、上機嫌な彼女が入れてくれる紅茶の香りが楽しみであった。

皆様のおかげでここまで書き上げることができました。

3章も引き続きお楽しみに下さい。


感想やブックマーク、とても励みになります。今後も応援ください。

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― 新着の感想 ―
アニメの最終話まで追い付きました。 ここから未知の話 楽しみです。
[良い点] 一気に楽しく読まさせていただきました。 ありがとうございます。
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