アイクの奇策、そして勝利
エ・ルドレ率いる諸王連合との戦いは、正面決戦によって行われた。
奇襲を掛けている余裕がない、――わけではない。
だが、俺はあえてそれを選択肢から外した。
無駄だと思ったからだ。
城塞都市アレスタの周りは見渡すばかりの平原、奇襲を仕掛ける余地などない。
堂々と正面から決戦をするしか道は残されていない。
無論、無策に敵軍に飛び込むわけではないが。
俺はオークの参謀ジロンに尋ねる。
「例の奴はちゃんと用意しているな?」
「はい、ギュンター殿に頼んで作らせておきましたが。でも、大丈夫なんですかね。実戦ではまだ役に立つか分かりませんが」
「ギュンター殿だ。ちゃんとしたものを用意して下さっているはず」
実際、ギュンターの連れてきた職人は優秀だ。
その辺はまったく心配していなかった。
心配なのはギュンター殿のドワーフの部隊の方だが……。
俺は心配げに右翼を任せているドワーフの部隊を見つめる。
――どうやらその心配も杞憂だったようだ。
ドワーフという種族は職人としての腕だけでなく、戦士としての力量もなかなかのものだった。
敵の騎士団と互角以上に渡り合っている。
一方、新たに加わった人間の兵たちも善戦していた。
彼らには火縄銃を渡してあるからだ。
最初は他の部隊長たちに猛反発されたが、俺は人間たちに銃を配布することにした。
理由は二つ、
銃という兵器は訓練していない人間に渡してもそれなりに扱えること。
それと人間という生き物はゴブリンやオークよりは器用だった。
射手としては彼らより優秀なはずである。
そう判断したのだ。
ただ、部隊長たちが猛然と反対した理由も分かる。
彼らの主張はもっともだった。
「火縄銃」
という最強の兵器を新参者の部隊に、それも裏切る可能性がある人間に渡してよいのか、と。
その点に関してはこういうしかなかった。
「俺と人間たちを信頼してくれ」
と――。
正直、彼らの言い分はもっともだったし、もしも俺が部隊長ならば当然反対しただろう。
だが、この状況下において、勝つにはそれしか方法がなかった。
要は賭けなのだが、どうやら俺はその賭けにも勝ったようだ。
僅かな時間しか訓練をしなかったが、彼らは見事に火縄銃を使いこなしている。
今回は迎撃戦ではなく、野戦、それも正面衝突なので、『三段撃ち』は使っていなかったが、彼らは効率よく、銃を運用していた。
仲間が迫ってきた敵軍に銃を浴びせると、残りの人間たちがせり上がり、時間を稼ぐ、その間に銃を持った人間たちが火薬と弾を詰める。
人間ならではの連係プレイといえるかもしれない。
その姿を見て、ジロンは手のひらを返したように褒め称える。
「流石は旦那です。いえ、オレは最初から疑ってなどいませんでしたけどね」
「おべっかを使うのは勝った後にしろ」
俺はそう言うと、左翼の方を見つめた。
こちらはリリス率いる魔族の部隊だ。
当然、こちらも敵を圧倒しているかと思ったが、そうではなかった。
意外と苦戦している。
「だ、旦那、やばくないですか? 姉御たちが苦戦してますよ」
「想定済みだ」
と言ってやりたいところだが、これは計算外だった。
なにかあったのだろうか。
そう思い、観察してみるが、その理由はすぐに分かった。
リリスたちが相手にしているのは、敵の主力のようだった。
皆、お揃いの深紅の甲冑を身に包んでいる。
「あ、あれは、エ・ルドレ将軍の直属の騎士団、赤竜騎士団ですよ」
「どうやらそうみたいだな」
皆、同じ甲冑の色で統一されていた。
ファルス王の下にエ・ルドレ有り。
エ・ルドレの下に赤竜騎士団有り。
ファルスでは子供でも知っている戯れ唄らしい。
それほどまでに強壮を誇る騎士団なのだろう。
そもそもこの中世めいた異世界の騎士団の武装が統一されている、というのが異常だった。ここは漫画やドラマのような世界ではない。
皆、同じ武装をするなど有り得ない。
騎士といってもそれぞれが自前で武具を持ち寄るため、それぞれ別々の格好をしている。
それぞれがそれぞれの懐具合や趣味に合わせた武具を自前で用意するのだ。
なのに全員がほぼ同じ格好をしている、ということ自体、彼らの強さの証拠だった。
国王から潤沢な資金が提供されているのだろう。
潤沢な資金によって良質の武具を揃えているのだろう。
またその資金によって、訓練に費やす時間も長く、魔術師を雇う余裕もあるのだろう。
彼らは、不死旅団の精鋭と互角、いや、それ以上の戦力を持っているようだ。
竜人シガンの率いる部隊も、サキュバスのリリス率いる魔法剣士部隊も次々と倒れていった。
思わず目を背けたくなるが、背けるわけには行かない。
それが彼らに命を預けて貰っている指揮官の務めだった。
俺は冷静に思考する。
それが旅団の被害を少なくする最良にして唯一の道だった。
右翼に展開するドワーフは敵を押しているが圧倒的というほどではない。
中央の人間たちも善戦しているが、彼らの半数は初戦だ。リリスたちを援護する余裕はないだろう。
「――ならば」
と、俺は漏らすと、ジロンに命じた。
「後方に控えさせている飛行部隊を用意させろ」
その言葉を聞いたジロンは驚愕する。
「え? 宜しいので。旦那はもう少し後まで待て、と言ったじゃないですか。せめて敵兵の弓部隊を釘付けにできるまで、って」
「その余裕はなくなった。賭けになるが、ここで投入する」
「だ、旦那が賭けに出るなんて珍しいですね」
「男は時には賭けに出なきゃ行けない時もあるんだよ」
――俺はそう言うと、ジロンに尋ねた。
「ちなみに、お前はこの策、どう思う?」
「あっしは、常に旦那を信じています」
「そうじゃない。お前なら、今、投入するか? と、聞いている」
その言葉を聞いたジロンは「うーん」と腕を組み悩んでいる。
以前、俺は判断に迷ったとき、ジロンの策とは反対の案を採用するといった。
そうすれば100%成功するからだ。
この男が迷っている、ということはどちらを採用しても成功確率は半々、ということなのだろう。
ならば俺は、今投入することにした。
成功確率が半々ならば、早く投入すべきだ。
早く決着すれば、それだけ味方の被害が少なくなると思ったからだ。
そう決断した俺は、取って置きの飛行部隊に『とある』ものを持たせた。
それはドワーフの職人たちが作った『焙烙玉』だった。
焙烙玉とは、陶器の壺に火薬を入れ、導火線を付けた手榴弾のような武器である。
いや、現代の手榴弾をそのまま大きくしたものと考えて貰ってもよい。
無論、大型な分、現代の手榴弾よりも劣る部分もある。
それは運搬が大変だということだ。
だが、その代わり、ここは異世界、しかもこの軍隊は魔王軍。
人間たちの真似のできない戦法を使えるのが魔族の長所だった。
俺はガーゴイルを中心とした邪翼種の魔物に焙烙玉を持たせてそれを空中から投下させるつもりでいた。
要はガーゴイルたちを爆撃機代わりにするのである。
爆撃などという概念がない世界でそんな真似をされれば敵も堪ったものではないだろう。
なかなかの策だと自負しているが、上手くいくかは未知数だ。
以前も話したが、空中部隊の弱点は弓兵だ。
空を飛ぶ魔物はよく目立つ。
格好の標的になるかもしれない。
そう思い投入を迷っていたのだが、とある妙案が浮かんだ。
飛行部隊が飛び立ったと同時に、魔族の部隊から大型の種族を本陣に呼び戻すように指令を出した。
「でもリリスの姉御たちは苦戦していますよ。いいんですかい? そんなことをして」
参謀のジロンは当然の心配をしてくるが、俺は「いいんだ」の一言で済ませる。
ジロンの提案は珍しく真っ当だったが、このままでは戦局は不利になる。
ともかく、負けないためにはリリスやシガンたちに踏ん張って貰うしかない。
そう思いながら、大型種の魔物がやってくるのを待った。
やってきた大型種の魔物は、巨人や巨樹木族、それにトロールの中でも一際大型な連中だった。
皆、見上げんばかりの大きさを誇る。
我が旅団でも精鋭といってもいい連中だろう。
一時的とはいえ、その精鋭を引き抜かれた部隊長たちには申し訳ないが、俺は勝利のために彼らに指示を与える。
といってもそんなに難しいものではない。
彼らに焙烙玉を与えて、それを投擲、つまり投げさせるだけだった。
ただ、10メートルに届かんばかりの巨人やトレントが投げるそれは、半端ない。
彼らは悠々と数百メートル先の目標めがけ、焙烙玉を投げていく。
勿論、その目標とは敵の弓部隊だった。
敵の弓部隊は、ガーゴイルの存在を確認し、それを打ち落とそうと弓弦に手を伸ばしているところだった。間一髪のタイミングでガーゴイルの部隊は救われたことになる。
無論、現代の手榴弾や炸裂弾よりは数段威力は劣るが、それでも未知の兵器が降り注いできた彼らの驚きは想像できた。
わざわざ《遠視》の魔法を使うまでもなく、敵の弓兵部隊が浮き足立っているのは確認できた。
俺はそれを合図にガーゴイルたちに命令する。
「今だ! 弓兵たちを飛び越えろ」
合図代わりに上空に《電撃》の魔法を打ち上げ、それを空中で爆発させる。
それを見たガーゴイルたちは一斉に弓兵を飛び越え、敵の攻城兵器にめがけて突進していく。
そしてピンポイントで焙烙玉を落とす。
爆発する焙烙玉、木材でできた攻城兵器は面白いくらいによく燃えた。
これで敵の攻城兵器は無力化された。
要は、これでセフィーロ率いる第7軍団は敵の投石器やバリスタを恐れる必要はなくなった、というわけだ。
後は『合図』さえする必要もないだろう。
我が敬愛する上司、セフィーロは無能ではない。
その様子を虎視眈々と見ているはずだ。
案の定、彼女はその瞬間を見逃さなかった。
敵が浮き足立ったところを見逃さず、アレスタの街の城門を開く。
あるいは彼女は俺のことを信じて、この瞬間を狙っていたのかもしれない。
「あやつならば、必ず妾の窮地を救いにくるだろう。なにせ妾はあやつのおしめも代えたことがある仲だからな」
と、他の旅団長たちに吹聴している姿が思い浮かぶ。
他の旅団長たちはそれを聞いてどう思っているかは分からないが、城門が開かれると第7軍団の連中は勢いよく飛び出してきた。
まず、先頭を切って飛び出してきたのは人狼部隊の長、ベイオだった。
人狼は一際強靱な魔族だ。その健脚、敏捷性は魔族随一だった。
その人格と知謀はともかく、戦闘面においては第7軍団でも随一だった。
彼らは城門の前に待ち構えていた人間たちに襲い掛かると、その爪で鎧を切り裂き、牙で敵兵の喉笛に食らいつく。
ベイオらしい戦い方だった。
一方、牙獣旅団の旅団長、マンティコアのクシャナは獣らしからぬ理知的な戦い方をしていた。
ベイオのように猪突猛進はせず、ベイオが討ち漏らした兵を一体一体、確実に葬り去っている。
あるいはベイオの方が残忍な戦い方をしているのかもしれないが、クシャナの方が計算高く、冷酷な戦い方だった。
どちらも魔族らしい戦い方だった。次々と敵兵は倒れていく。
その姿を確認した俺は一安心する。
これでこの戦の行く末が見えたからだ。
俺はセフィーロ直属の魔術師部隊『黒禍の坩堝』が門からくぐり出てきたとき、勝利を確信した。
彼女は自慢の魔術師たちを使い、次々と敵兵めがけ、魔法を放つ。
これまでの鬱憤を晴らすかのように。
《電撃》《火球》《斬撃》《炎柱》定番の魔法のオンパレードだったが、中には禁呪級クラスの魔法を使っている魔術師もいた。
やはり第7軍団一の精鋭だけあり、皆、恐ろしい魔力を秘めていた。
俺はその光景を見たとき、思わず声が漏れ出る。
「勝ったな」
一方、敵軍の将である、エ・ルドレはこう呟いているかもしれない。
「負けたか」
敵将は無能ではない。
現在は押しているとはいえ、魔王軍有数の軍団に挟撃されて勝てるとは思っていないはずだ。
それに戦争という奴は、指揮官がそう思った瞬間に、ケリはついているものなのである。
事実、俺がそんな感想を漏らした瞬間、敵兵は浮き足出ち始めた。
苦戦を強いられていたリリスとシガン率いる部隊が息を吹き返し、敵兵を押し始めていた。
敵の中核である『赤竜騎士団』がその状況なのだ。
他の戦線ではこちらが圧倒し始めた。
このまま順当にいけば、こちらの勝利である。
事実、敵兵は確実に減っていった。
オークの参謀ジロンは言う。
「このままだと勝てますよね」
「ああ」
と俺は短く答える。
「このまま敵軍を包囲して殲滅してやりましょう」
ジロンは珍しく献策してきたが、たぶん、そこまで上手くはいかないだろう。
俺は敵将を過小評価する真似はしない。
もうじき、エ・ルドレは撤退を始めるはずだ。
案の定、ジロンに「そうはならないんじゃないかな」と、呟いたとき、敵軍は撤退していった。
その予言が当たりジロンは驚きの声を上げる。
「旦那はなんで分かったんですか?」
「戦いってのは化かし合いだからだよ」
敵将の心理を読み、相手の虚を突くのが兵法だった。
少なくとも戦力で劣る以上、そうするしかないのが俺の立場だった。
ただ、俺も敵将のすべてを読み取れるわけでもなかった。
敵軍の赤竜騎士団は、仲間を逃がすため、最後まで善戦すると、整然と撤退していった。
敵ながら見事な采配であるが、彼は戦後、こちらに使いを寄越し、一通の手紙を送ってくる。
その内容は簡潔だが、剛胆なものだった。
「敵将ながら貴殿の采配には感服する。再戦の時まで壮健あれ」
どうやらエ・ルドレという人物は、有能なだけでなく、ロマンチストなようだ。
普通、戦場で負けた相手にこんな手紙を書くことはできない。
要は、彼の手紙を意訳すると、
「次は負けないから、首を洗って待っていろ」
ということだった。
その手紙を見たとき、俺はやれやれ、と思った。
またいつかこの男と戦わなければならない、かと思うと、そのときの苦労が思いやられるからだ。
俺はマゾヒストではない。
敵将は弱ければ弱いほど有り難いと思っている。
こちらとしては二度と戦場では会いたくないところなのだが、と考えているとジロンは尋ねてくる。
「一応、返信しておきますかね。魔族は礼儀知らずだと思われたら癪だし」
俺は、「そうだな」と言い残すと、馬に跨がった。
「旦那、どちらに行くんで?」
「団長の顔を見てくる。一応、無事か確かめたい」
「エ・ルドレへの手紙の返信はどうするんですか?」
「それはお前に任せるよ」
敵軍も完全に打ち破った。
面白い手紙を送ってくる男だとは思ったが、それよりもセフィーロがどんな顔をするか、の方に興味が移っていた。
セフィーロはいまだに俺を子供扱いするところがある。
今回の戦でそれが直っていてくれればいいが、どうだろうか。
悔しい素振りをしているだろうか。
それとも頬を膨らませているだろうか。
どちらにしろ面白い表情が見られるに違いない。
そう思いながら、馬を走らせた。




