魔王城ドボルベルグ
魔王の居城、ドボルベルクは大陸の東端にある。
絶壁の上に建てられており、この居城を制圧するには、相当数の兵士と、攻城兵器が必要だろう。
その数は推測でしかないが、数十万規模の兵員と、数百規模の攻城兵器、それにそれを束ねる優秀な指揮官も。
ただ、その推測も推測でしかない。
有史以来、このドボルベルクを攻略した人間の国はないからだ。
その城下まで迫り、講和を結ぶことに成功した王はいるが、魔族を駆逐することに成功した王はいまだ一人もいない。
「……まあ、もしもいたら、じいちゃんは死んでたわけだし、俺もここにいなかったわけだ」
もしかしたら、魔族の子ではなく、人の子として育てられ、普通の人生を歩んでいたかもしれない。
そう考えると奇妙な気持ちになったが、その気持ちもすぐに消える。
ドボルベルクの宮殿にある召喚の間にたどり着いたからだ。
ドボルベルクの宮殿は強力な結界が張られており、どこにでも転移できるというわけではない。
もしも自由自在に移動できるのならば、簡単に魔王の間にいけてしまうし、そのまま魔王様が暗殺されてしまうかもしれない。
当たり前の処置であるが、俺はその警備の厳重さに驚いた。
「どうした? 魔王城の瘴気にやられたか? お前も一応、人間だからな。不死の王のローブを着ているとはいえ、きつかろう」
「いや、そういうわけじゃないんですが……」
と、俺は召喚の間の奥にいる魔族の魔術師の存在をいぶかしんだ。
「団長、もしかして、あの魔術師、魔王の城に入る人間をチェックしているのではありませんか?」
俺が指さすと、彼女はそちらを向き、あっさりと肯定する。
「その通りじゃが? まさか、魔王様に会うのに、なんのチェックもなしに入れると思っていたのか?」
思ってました。
魔王に次ぐ魔王軍のナンバー2である軍団長と一緒なのだから、その辺の融通はきくと思っていたが、しっかりとチェックされるようだ。
「まずいですよ、団長。このままでは俺の正体がばれてしまいます」
「なんじゃ、美女の乳に触れられない臆病者であるとばれるのがそんなに怖いか」
「……違いますよ。俺が人間だってばれてしまいますよ。このローブと仮面を身に纏っていればばれることはありませんが、あの様子だ。ローブと仮面まで剥がされそうだ」
「人前で仮面を脱ぐことくらいあろう」
「そのときは変化の魔法を使います。低級な魔族なら誤魔化せるが、あんな高位の魔術師に通用するとは思えない」
「なんじゃ、そんなことか。安心しろ。確かにお前の魔法なら無理だが、妾の魔法ならば簡単じゃ」
彼女はそう言い切ると、
「そうれ」
と呪文を詠唱することなく、俺に魔法をかける。
彼女ほどの魔女なら呪文の詠唱など不要なのだろうが、もう少し威厳のある掛け声でないとこちらの方が不安になる。
しかし、無情にもチェックの順番が回ってきた。
案の定、ローブと仮面は脱がされる。
俺はドキドキしながら、真実を映し出すと呼ばれている鏡とやらを見る。
そこにいるのは、牙を生やし、角も生やした立派な魔族だった。
おお、どうやらセフィーロの魔法は完璧だったらしい。
ただ、さすが魔王城、鏡による簡易チェックだけでなく、魔術師による直接的なチェックも受けるようだ。
中年の魔族と思われる男は、無表情に魔法をかけてきた。
セフィーロのように無詠唱ではなく、いく節も呪文を詠唱したちゃんとした魔法だ。
俺は緊張した面持ちでその魔法を受けた。
セフィーロが簡単にかけた魔法だ、もしかしたらばれるのでは、という恐怖もあった。
俺は心拍数を必死で抑えながら、中年の魔族の表情をうかがった。
彼は、
「ふむ……」
と、一言だけ漏らすと、こう続けた
「さすが、魔王軍の懐刀と呼ばれるだけはある。見事な魔力だ。とても旅団長クラスの実力とは思えない」
どうやら魔族であるかのチェックだけでなく、能力値も計測されていたようだ。
「いや、見事だよ、アイク。君ならばいつか必ず軍団長となるだろう」
俺はその言葉にほっと胸をなで下ろしたが、一つ疑問が湧いた。
「あれ? 俺の名前を知っているんですか?」
「前々から知っているよ。それに君のおじいさんとは少し面識があってね」
おお、この人はじいちゃんの知り合いなのか。
流石はじいちゃんだ。
じいちゃんは魔王軍の大魔術師として名を馳せていたが、他界してからそれなりの時が経っている。
数々の伝説を残した人だから、知っている魔族も多いはずだが、こんなところでじいちゃんの知り合いと出会うとは。
俺はじいちゃんの話を聞きたかったが、それはできなかった。
「なにを話し込んでいるんじゃ」と、セフィーロに背中を押される。
「こんなところで道草を食うな。魔王様のところへ向かうぞ。今の魔王様は寛大なお方ではあるが、時間にはうるさいお方だ」
その言葉を聞いた俺は、魔術師に軽く頭を下げると、一路、魔王の間へと向かった。