ファルスの将軍エ・ルドレ
アレスタの街を遠くから見つめる。
なかなかの規模の街だ。俺が最初に落としたアーセナムの街には及ばないが、イヴァリースよりも大きな街だった。
その街を人間の軍隊が囲んでいる。
かなりの数だ。当初は5000と聞いていたがそれよりも多いかもしれない。
「それになかなか精強そうな軍団ですね」
副官であるリリスは指摘する。
「――ああ」と俺は答える。
整然とアレスタの街を取り囲んでいることからもその軍団の強さが分かる。
皆、綺麗な隊列を組み、一糸乱れぬ動作で間断なく城を攻撃していた。
投石機、攻城櫓、破城槌、あらゆる攻城兵器も用意されているようだ。
「人間の城攻めの定番ですね。奴らには強大な魔力を持った奴は少ないですから、ああいった小賢しい手に頼るのでしょう」
「それはどうかな」
と、俺は彼女に聞こえないように口にする。
あれだけの攻城兵器を用意しているということは、敵将は事前にそれを用意していた、ということだ。
魔王様の話によると、アレスタの街もほぼ無抵抗で第7軍団の手に落ちたらしい。
わざと都市を落とさせておいて、食料を絶つ、更に即座に包囲して補給路も断ち、城攻めの備えも完璧。
「凡将にできることではない」
実際、魔王軍でも有数の強さを誇る第7軍団が手玉に取られているのだ。
ここは戦力の差よりも敵将の力量を恐れるべきかもしれない。
俺はそう思い、部下達に注意を促した。
リリスは「はーい」
シガンは「承知」
ジロンは「わかりやした」
と、命令に従ってくれたが、彼らは理解してくれているか。
特にリリスが心配だった。
そう思い溜息を漏らすが、馬を並べ、共に人間たちの軍隊を観察していた魔王様は俺と同じ結論に達しているようだ。
「流石だな。一目で敵将の優秀さを見抜くとは」
「やはり魔王様もそう思われますか」
「長年、戦場を駆け巡っていると、部隊の配置を見ただけで敵将の実力は把握できる。敵の将、名前はなんといったかな」
「ジロンの報告によれば、敵の総大将はエ・ルドレという男だそうです」
「ほう、聞いたことがない名だな」
「西方にあるファルス王国の名将といわれている男だそうです」
「なるほど、世の中には名将と呼ばれる男はいくらでもいる。敵軍にもお前のような優秀な男が潜んでいるかもしれない。これはうかうかとしていられないな」
「そうですね。気を引き締めて掛からないと」
実際、エ・ルドレという男の指揮は見事であった。
遅々とした城攻めであるが、着実に、確実に、第7軍団を追い詰めている。
セフィーロたちは城壁の上に設置された固定大型弓を使い反撃するが、それも即座に投石器によって破壊されている。
投石器という奴は単純に見えて、狙った場所に当てるのは難しい。
数学の知識がいるからだ。
余程、有能な技術者を連れているのだろう。
一方、セフィーロは自身が陣頭に立ち、魔術師を集め、魔法で迎撃しているが、それも敵軍の数の多さの前では空しい抵抗に見えた。
このままでは負けるだろうな、それが率直な感想だった。
魔王様も同意見のようだ。
同じ考察を口にした後、彼女はこう続ける。
「ここまで来たのだ。今さら引き返せ、とは言わないが。うぬはどうやってあの大軍を倒すつもりなのだ?」
「策はあります。一応、ですが」
「聞かせて貰えるか?」
「それは秘密にさせて頂きましょう」
「ほう、魔王軍の総大将である余にも内緒というわけか」
魔王様は少し拗ねたように言う。
「いや、自信がないだけですよ。偉そうに戦術を語っておいて負けたら恥ずかしいですし」
それに――、と続ける。
「魔王様は、俺の采配を観戦しに来られたのですよね? すべてを話してしまったら、観戦する側としては面白くないでしょう」
俺がそう言い切ると、彼女は「……ふ」と笑う。
「確かにうぬの言うとおりだ。余はここからうぬの戦い、篤と観戦させて貰おうか」
魔王様はそう言うと、俺に出陣を促した。
彼女に促されるまでもない。
俺は部下たちに指示をする。
「不死旅団の皆よ、我々は今から、敵中に突撃する」
不死旅団の魔族、新たに加わった人間やドワーフたちは、
「おお!」
と、叫び声を上げる。
その言葉を聞いた魔王様は感想を盛らす。
「皆、戦意が高いな」
「有り難いことです」
魔族の部下たちはこれまでの実績によって俺を信頼してくれるのだろう。
人間やドワーフたちは俺への恩義と友誼を返してくれようとしているのかもしれない。
ともかく、俺の務めはできるだけ、味方の被害を少なくし、敵軍を打ち破り、セフィーロたちを救出する。
今、俺がしなければならないのはそれだった。
俺は魔王様から意識を完全に遮断すると敵軍を見据えた。
大軍を丘の上から見下ろすというのはなかなかに壮観だった。




