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集う義勇兵

「に、人間の傭兵を雇うんですかい?」


 その言葉を発したのはいつの間にか戻っていたオークの参謀ジロンだった。

 ついでにサキュバスの副官リリスも驚きの声を上げる。


「それはつまり、人間に武器を渡して一緒に戦う、ということですよね?」


 リリスは強硬に反対する。


「そんなことをすればいつ横腹を突かれるか分かったものじゃありません!」


 ジロンも同調する。


「リリスの姉御の言う通りでさ。危険すぎますよ。オレは大反対です。シガン殿もそうですよね?」


 ジロンは同調を促すように竜人シガンに尋ねる。


「――俺はアイク様の策に反対するようなことはない」


 と、シガンは一言言うだけだった。

 部隊長達の意見ももっともだった。

 俺は彼らに説明をする義務があるだろう。


「お前らも薄々感づいているだろうが。魔王様の考えは、いや、俺の考えは、人間との共存にある」


「…………」


 一同は沈黙する。


「それは魔王様の方針やアイク様の行動を見ていれば分かります。でも、一緒に戦うなんて不可能では? そもそも人間たちは協力してくれるのでしょうか?」


「…………」


 それについては未知数だった。

 魔王様の前では大見得を切ったが、どうなるか。

 一応、街の有力者を通じて布告は出した。

 それに近隣の街にも傭兵がいないか尋ねてみたが、どれほど集まるか。

 最悪、ゼロという可能性も考慮して作戦を立案しなければならないが――。

 そんな風に考えていると、メイドであるサティが慌て気味にやってきた。


「ご、ご主人さま、大変です」


 と、珍しく慌てている。


 その台詞はジロンの口癖だったが、まさかサティから聞くことになるとは夢にも思わなかった。


 どうしたのだろうか、ゴキブリでも出たのだろうか、それとも子猫くらいの大きさのネズミでも見かけたのだろうか。


 そんな風に考えていると、彼女は息を切らせながら、俺の腕を引く。

 サティは俺を窓際に連れて行くと、「あれを見て下さい」と外を指さす。


 イヴァリースにある俺の館は、街の中心部にある。その前は広場になっており、普段は市民の憩いの場所になっている。


 しかし、そこに居たのは市民達ではなかった。


「よ、傭兵さんたちが沢山集まっています。それに義勇兵の皆さんも」


 その声を聞いたリリスも近寄ってくる。


「本当だわ。人間たちが沢山集まっている」


 リリスは驚愕の声を上げながら、数を数え始める。


「ひい、ふう、みい、……ああ、もう、動かないでよ、数えにくい」


「姉御、数えられるわけないでしょう。かなりの人数ですよ、あれは」


「そうだな、ざっと見積もって300人といったところか」


 おおよそだが、大きく外れてはいないだろう。


「あれは全部味方になってくれるのでしょうか?」


 リリスは尋ねてくる。


「たぶんな」


 傭兵と思わしき男達は、皆、武装をしている。

 義勇兵と思わしき市民も皆、青年か壮年の男達だ。

 皆、頼もしい顔付きと身体付きをしている。

 俺はそれを確認すると、ジロンの方を振り言った。


「義勇兵達に渡す分の武器は揃っているか?」


 ジロンは頷くが、それでも心配そうに尋ねてくる。


「でも、本当にいいんですか? 人間たちに武器を渡した瞬間、反乱を起こされるかもしれませんよ?」


「そのときはそのときだ。ここで反乱を起こされるなら、人間との共存なんて不可能だろう」


「……ご、剛胆ですね、旦那は」


「ある意味開き直っているのかもな」


 実際、その通りだった。


 もしも、武器を渡した瞬間、反乱を起こされるのなら。俺はその程度の男だった、ということだろう。


 ただ、俺の気持ちを代弁してくれる少女がいた。

 サティは珍しく、自分の主張を皆に伝える。


「大丈夫です! ぜったいにそんなことにはなりません。あの人たちはそんな卑怯な人たちには見えません。それにご主人さまを裏切る人がいるなんているとは思えません!」


 サティが珍しく、大声を上げたので、部隊長達は思わず彼女に視線を向けるが、それでも彼女は毅然としていた。


 ともかく、彼女の気持ちに応えるため、俺は広場に集まった人間たちのもとに向かった。

 報酬の話、

 部隊の編成、

 今後の方針、

 話し合うことはたくさんある。


 それに残された時間は少ない。

 こうしている間にもセフィーロ率いる第7軍団は苦境に立たされているはずだ。

 一刻も早く彼女のもとへ向かい。彼女を救い出したかった。





 こうして不死旅団の規模は膨れ上がった。

 元々600人規模の旅団だったのが、1000人規模に膨れ上がったのだ。

 


 ドワーフの王ギュンター率いるドワーフの戦士隊。

 彼らは小柄だが皆屈強だ。

 皆、自分よりも大きな戦斧を背負っている。

 


 傭兵達も皆、精悍だった。

 ロングソードに大剣(クレイモア)、メイスにスピア、と武装は様々だったが、どの傭兵も歴戦の強者といった顔立ちをしている。



 義勇兵達も戦意旺盛だった。

 彼らはイヴァリースの街の住民達で、皆、俺を慕って義勇兵として参加してくれた。

 戦闘経験こそないが、数は力である。

 それに軍隊という奴は槍働きだけが全てではない。 

 戦の経験がなくても後方支援、補給部隊などを率いて貰うこともできる。



 そんな風に考えながら、部隊を編成することにした。

 リリスは尋ねてくる。


「やはり、人間は人間、ドワーフはドワーフで部隊を編成した方が良いのでしょうか?」


「それが一番だろうな」


 俺は答える。

 ギュンターもそれに同意する。


「魔族には魔族の、ドワーフにはドワーフの戦い方がある。それが妥当だろう」


 歴戦の勇者にしてドワーフの王も賛同してくれた。

 リリスも頷いたが、こんな提案をしてくる。

 俺の耳元で彼女は囁く、その声色と提案は小悪魔のようだった。

 いや、実際に小悪魔なのだけれど。


「人間共を最前線に配置しましょう。我々の盾にするのです。あと、やつらが逃げ出したり、裏切ったら、いつでも襲いかかれるようにする専門の部隊を作りましょう」


「…………」


 というか、こいつはまだ人間たちを信用していないのか。


 リリスは、自軍の部隊を後方から監視して、兵達が逃げ出したり、裏切ったりしたら、逃亡兵を攻撃する『督戦隊(とくせんたい)』を作ろう、と提案しているのだ。


「そんな旧共産圏みたいな真似できるか」

「キュウキョウサンケン?」


 リリスは不思議そうな顔をする。


「非効率で無駄だと言っているんだよ。ともかく、今は集まってくれた人間を信じるんだ」


 俺は重ねてそう言うと「揉め事を起こすんじゃないぞ」とリリスに注意した。

 リリスは「はーい」というと、自分の部隊の準備をするために立ち去った。


 その後ろ姿を見て思う。

 さて、今回の戦い、上手くいくだろうか、と――。


 人間とドワーフの加勢により、不死旅団の数は一気に1000近くまで膨れ上がった。

 その戦力は半個軍団といったところだろうか。

 数だけならば、魔王軍でも有数の規模を誇るようになった。

 ただし、その代わり、魔族と人間を連携させて戦わせる、というハンデを背負うことになる。


 魔王様曰く、この異世界の歴史が始まって以来、初めてのこと、らしいが、俺にその大任が勤まるだろうか。


 そんな風に考えていると、俺の考えを読んだかのように少女が声をかけてくる。


「人間の子に生まれ、魔族に育てられたお前にならば可能だろう。いや、お前以外に誰ができるというのだ」


 その声の持ち主は、件の魔王様だった。

 彼女は真っ黒な魔界の駿馬に跨がっている。


「魔王様、その馬は?」


「これは余の愛馬、『鬼葦毛(おにあしげ)』だ」


「そういう意味で聞いたのではありませんが……」


「黒い毛並みなのに葦毛なのは気にするな。些末な問題だ」


 ちなみに鬼葦毛とは彼女の前世だと思われる『織田信長』という人が乗っていた名馬の名前だ。そんなことはどうでもよく、なぜ、彼女が馬に乗ってやってきたのだろう。


 大体の想像はつくが尋ねてみる。


「まさかとは思いますが、魔王様も戦についてくるというのですか?」 


 彼女は黙って、「こくり」と頷く。

 俺は冷静に彼女を止める。


「総大将自ら御出陣は危険かと」


 この少女、いや、第六天魔王の実力は魔族でも屈指だ。


 彼女が味方に加わってくれれば、それこそ一騎当千の活躍が期待できるだろうが、万が一、ということもある。


 魔族は屈強ではあるが、無敵ではない。


 流れ矢が当たるかもしれないし、敵に魔王に対抗できる『勇者』が混じっている可能性もないとは言い切れない。


 それにいかに強くてもやはり数の暴力の前には、個人的武勇も霞むことがある。

 それが戦というものだ。

 それが戦争というものだった。

 それが分からないほど愚かな人ではないはずなのだが――。

 俺がそう思っていると、少女は口を開く。


「安心しろ、余は戦わない。今回はお前の戦いぶりを間近で見たいだけだ」


 そう言うとこう続ける。


「余は一切、うぬの戦いには手を貸さない。ただ、見届けたいだけだ。うぬがどう戦い、どう生きるか、を――」


 それに、と、少し口元を歪めながら彼女はこう締めくくった。


「うぬが負けそうになったら真っ先に逃げる。余は、存外、逃げるのが上手い」

「………………」


 たぶん、朝倉氏討伐の金ヶ崎の戦いの話をしているのだろう。


 彼女は、越前の国の守護大名、朝倉氏を討伐する折、義弟である浅井長政に裏切られ、窮地に陥った。

 彼女は、部下である羽柴秀吉と同盟者である徳川家康を殿軍(しんがり)にし、単身、京都へ逃げ延びた、という逸話がある。


 この話は別に信長公が卑怯だとか無能だとか言う話ではなく、有能な証である。

 何度も繰り返すが、『名将』とは引くべき時を弁えた人のことを指すのだ。


 恐らく、俺が負け、自分に危険が及ぶと判断すれば、この人は颯爽とその馬を駆り、戦場を離れるだろう。


 ――ならばこの人を伴っても問題はないだろう。

 そう思った俺は、魔王様に付いてきて頂くことにした。

 もっとも、最初から俺に選択肢はない。

 彼女は魔王軍の総大将だ。

 逆らう選択肢などない。

 ただ、一応、最後に、こう申し出た。


「万が一の際は、即座に御退却くださいね」


 彼女はその言葉を聞くと微笑む。


「ふ、言われるまでもない」


 そう不敵に漏らすとこう締めくくった。


「もっとも、万が一など、あり得ぬと思うがな」


 それは俺が負けない、と思ってくれているのだろうか。

 それとも逃げおおせる自信があるのだろうか。

 どちらかは判別が難しいが、ともかく、セフィーロを助けるべく、アレスタへ向かうことにした。

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