街の人々の思い、少女の願い
こうして力強い援軍を得た不死旅団だったが、幸運は更に続く、街の代表者達が集まり、協力を申し出てきてくれた。
商人ギルドの長、冒険者ギルドの長、各宗派の長、果てはパン屋の女将さんまで集まってくれて、俺に協力を申し出てくれた。
彼らは口々に言う。
「アイク様は今お困りとのこと、是非協力させて下さい」
思わず尋ね返してしまう。
「いいのか? 俺たちは魔王軍だぞ?」
――と。
その答えに対する彼らの回答は単純なものだった。
商人ギルドの長は言う。
「アイク様がこの街を統治されるようになって、前の何倍も豊かになりました」
とある宗派の巫女は言う。
「アイク様がこの街を治めるようになってから、信仰の自由が認められるようになりました。前の領主エドワルド様は慈母神アスハム以外の信徒を迫害していたのです」
最近、この街に流れてきた流民は言う。
「この街は俺たちみたいな根無し草の人間を受け容れ、仕事までくれました。もしもアイク様がいなければ今頃、俺たちは野たれ死んでいるか、盗賊にでもなっていたでしょう」
皆、口々に感謝するが、その言葉に嘘はないようだった。
ドワーフの王、ギュンターは言う。
「ワシは80年も生きてきたが、民がこれほど豊かに、活気よく暮らしている街はそうそうない。この街はまだまだ発展するぞ」
「そうありたいものです」
素直にそう思った。
だから街の人々に振り向くと、彼らを信じることにした。
「俺たちが留守にしている間、諸王同盟の人間たちが攻めてくるかも知れない。そのときはなにも抵抗もすることなく降伏するように」
治安維持と最低限の防備のため、僅かに兵は残すが、それでも街の住民達までがそれに協力した、と分かれば、戦後処罰される恐れがある。
それは望むところではない。
俺は重ねて、
「無駄な抵抗はしないで降伏するように」
そう言い残すと、彼らを解散させた。
彼らは口々に、「ご武運を」「がんばってくださいね」「ご無事をお祈りしています」と言い残し去って行った。
その光景を少し離れた場所から見ていた魔王様は、こちらの方まで近づいてくると、こう言った。
「なかなか人望の厚い領主ではないか」
「そうでしょうか。俺は普通に統治しているだけなのですが」
「その普通ができないから皆、苦労しているのだ」
「はあ、まあ、団長にはよくお前は甘すぎる、と言われますけどね」
「他の魔族が支配する街では見られない光景だ。いや、人間の街でも一緒だ。これほど慕われる領主も珍しい――」
魔王様はここで言葉を止める。
そしてこちらの方へ振り向くと語りかけてきた。
「以前、余は人間と魔族の共存している世界を目指していると言ったな」
俺は彼女の真剣な目を見ると、
「はい」
と返した。
「この街にはすでにそれが出来上がっているようだ」
再び彼女はそこで言葉を句切ると、こう続けた。
「人間と共存するためには人間と共に戦わなければならない。余はこの街がその模範となると思っている」
その言葉を聞いて俺はすぐに魔王様の考えていること察した。
「つまり、この街の住人から義勇兵を集め、彼らを戦力にしろ、と?」
「である」
彼女は頷く。
「しかし、それは危険なのではないですか? 魔王軍が人間の力を借りる、となれば、その噂が広がります。そうなればそれを快く思わない魔族も現れるでしょう」
「過去、人間共を戦奴隷としていた魔王もいる。人間の国を隷属下に置き、兵を出させた魔王もいる」
「ですが、今回は違います。人間と『協力』して戦うんですよ。また今の魔王様は甘い、という評判が立ってしまいます」
そう言うと彼女は俺に腕を差し出してくる。
どういう意味だろうか?
俺が戸惑っていると、彼女は舐めてみよ、と問うた。
どうやら自分が『甘い』か確かめろ、という意味らしい。
この人も冗談の類いを言うのだな、と妙に関心してしまったが、勿論、舐めたりはしない。
しばし沈黙していると、魔王様は言う。
「甘いのは百も承知だ。そもそも人間たちと共存する、と宣言した時点で余に逆らう魔族も出てくるだろう。それが遅いか早いかの違いだけだ。それにこの都市の住人、いや、うぬが人間を従えさせられないのであれば、他の魔族には到底不可能であろう」
「つまり、俺が人間たちを従えさせられるか、試金石にしたい、というわけですか」
「そうなるな。もしも今回、この街から募った義勇兵がお前の指示に従い、戦いの勝利に貢献したのならば、余は人間たちも。いや、他の亜人達も同様に取り立て、魔王軍に取り込もうと思っている」
その言葉を聞き俺は絶句する。
想像以上の考えだったからだ。
あるいは魔王様は最初からそのつもりでイヴァリースにやってきたのかもしれないが、もしも魔王様がそれを実行すれば、魔王軍に衝撃が走るだろう。
またバステオのような裏切り者を生み出してしまうかも知れない。
しかし、それでも魔王様はその道を選択するつもりのようだ。
「天下統一、人間と魔族の共存、口にすれば聞こえはよいが、余が今やっていることは戦争だ。どのみち多くの血が流れる。しかし、太平の世になればその血も止まろう。余は、一度でも良いから平和な世界という奴を見てみたいのだ」
「………………」
この少女の前世は戦国大名だ。
しかも天下統一間近まで迫って、道半ばで死んだ人だ。
また今世でもなぜか魔王になってしまった哀れな少女だ。
平和な世界など見たことがないのだろう。
セフィーロは言っていた。
魔王様は魔族の名門に生まれたが、幼き頃より権力抗争の連続で、尋常ならざる人生を送ってきた、と。
なんでも実の母親から毒を盛られ暗殺されそうになった。
実の兄弟と家督を巡って争い、血みどろの抗争の末に兄弟を殺めた。
などという戦国時代さながらの幼年期を送ってきたそうだ。
そんな少女だからこそ、誰よりも『平和』な時代に憧れるのかも知れない。
魔王様は再び俺の方を振り向くと、
「余と共にその世界を作ってくれるか?」
と、問うた。
魔王軍の総司令官、いや、可憐な少女にそんな風に頼まれて断れる男などそうはいないだろう。
そう思った俺は、
「かしこまりました」
と、恭しく頭を下げたが、「ですが」と続ける。
「俺如きにそんなことが可能でしょうか?」
と魔王様に問うた。
魔王様は答える。
少女は明瞭に答える。
「分からない。――ただ、うぬにできぬのであれば、他の誰にも不可能だろう」
彼女はそう言いきると、少しだけ口元を緩めた。




