廻る舞踏会、されど
会場に入ると、案の定、どよめきと歓声に包まれる。
「これがユリア嬢の心を射止めた幸運な男か」
男達からはそんな感想と視線が聞こえるような気がする。
一方、女性達からは失望の視線を感じないでもない。
いや、あからさまに、
「案外普通の男ね」
と、容赦のない批評を浴びせてくる貴婦人もいる。
ユリア・オクターブの心を掴んだ男だと聞いていたからには、絶世の美男子でも想像していたのだろうか。
残念ながら、俺はこの世界でも、中の上くらいの容姿しか持っていない。
黒髪黒目のごくごく普通の人間だった。
それを察したのだろうか、ユリアは俺の耳元で囁いてくれる。
「気にされる必要はありません。わたくしにとってアイク様は世界で一番の美男子でございます」
と、頬を染めながら言った。
「……世界一の美男子ね」
俺はユリアに聞こえないようにそう漏らす。
恋は人を盲目にさせるというが、そこまで言われると彼女の美的感覚を疑いたくなる。
そんな風に思っていると、先ほど噂をしていた人々が次から次に話しかけてくる。
聞いたところによると、パーティーの主役は、会場に用意された料理に手を付けている余裕がないらしい。
主な理由としては、主役になった緊張感のため、食事が喉に通らないのと、人脈を広げようとする輩から質問攻めに遭うからだ。
案の定、俺たちは、見ず知らずの貴族や商人達から質問攻めに遭う。
「ユリア嬢とはどのような形でお知り合いに?」
「アイク殿はイスマス出身と聞きましたが、商家の家の出で? それとも貴族階級のご出身で?」
「今日は婚約発表会とのことですが、ご結婚の日取りは決まっているのですか?」
ちなみに、ハンスとユリアには、俺の素性は明かしていない。
ライクというのは偽名でアイクが本名とは話してあるが、それをもって魔王軍の旅団長と結びつけることはないだろう。
アイクなどという名前は、魔族人間問わず、そこら中に転がっている。
ゆえに、堂々と嘘をつく。
「自分は、イスマスの魔術師アイクというものでございます。一応、イスマスの貴族の出ですが、王宮に登ることさえ許されない騎士階級の末席です。以後、お見知りおきを」
おそらく、この迎賓館にはイスマスの貴族もいるだろうが、貴族すべてを把握している奇人などいないであろう。
ここは堂々と嘘をつけば良い。
じいちゃんも言っていた。
「嘘は大きければ大きいほどばれにくい」
と――。
さて、そのように無為な時間を過ごしていると、楽団が現れ、音楽を奏で始める。
将来の伴侶目当てで現れた若い男女は先をこぞって目当ての異性に踊りの誘いを掛けるが、俺に声をかけてくるのは当然、ユリアだった。
思わずサティの方に視線が行ってしまうが、彼女もどこかの貴族の息子に声をかけられていた。
少しむすっとしてしまったのは、保護者意識が働いてしまったのだろうか。
しかし、冷静に考えれば、彼女のような美人が壁の花となっていれば、声をかけられるのは当然なのかもしれない。
俺が同じ立場でも声をかける。
ただ、サティは困っているようだ。
確かにあの娘は気が弱い、このままだと強引に踊りの場に連れ出されそうだったので、助け船を出そうと、サティの方に向かおうとしたが、その足は止まる。
見ればサティは、丁寧すぎるくらいに頭を下げると、ドレスの裾を摘まみながらこちらににやってきた。
気の弱い彼女にしては珍しい、と思ったが、彼女がやってきた理由はすぐに判明する。
「ご主人さま、今し方、セフィーロさまより使い魔がやってきました」
「団長から?」
見ればサティの右肩には、セフィーロの使い魔である椋鳥がとまっている。
交渉が成功したのか気になるのだろうか。
「あの人はせっかちだからな。何百年も生きてるくせに、落ち着きというものがない」
そう思いながら、使い魔に括り付けられていた手紙を広げる。
そこに書かれていた文字は、あの人らしからぬ簡潔なものだった。
「我、敵軍に包囲されている。至急援軍求む」
手紙にはそれだけが書かれていた。
その文面で事態の深刻さを察した俺は、ユリアの方に振り向くと、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。ユリア嬢、貴女と踊れないのは痛恨の極みなのですが、所用ができてしまいました」
ユリアは頬を膨らませて怒るかと思ったが、意外にも素直に許してくれた。
「夫の仕事の邪魔をするのは、ゼノビアの女の恥といわれています。是非、心置きなく、おつとめを果たしてきてくださいませ」
と、微笑んだ。
いつの間にか近くまでやってきていた、彼女の母親も同意する。
「どうやら火急の用件のようだな。『婚約』は済ませてあるんだ。あとは婚期だけだが、それは戦が落ち着いてからでもいいだろう」
その言葉を聞いてユリアは初めてへそを曲げる。
「母上、結婚はそんなに先まで待たないといけないのですか?」
「なあに、その間、花嫁衣装でも作っていればいい。時間を掛けて最高のものを作らせよう」
「それでは、わたしの着る花嫁衣装は、ゼノビアで一番。いえ、この世界で一番豪華なものになってしまいますわ」
「どうしてそう思うのだ?」
「だって、魔王軍と人間の戦は長引きそうだ、と世間の評判ですもの。先ほどから色々な貴族の方々がそう噂していましたわ」
その言葉を聞くと、エルトリアは皮肉に満ちた表情を浮かべながら、俺の方を見る。
「いや、そうはならないんじゃないかな」
彼女はそう言うと一呼吸間を置く。
「なんでも魔王軍には、魔王軍の懐刀と呼ばれる最強の魔術師がいるらしい。彼がいれば戦争はそうは長引かないだろう」
なんともまあ大胆な発言であるが、ユリアなどは少し恐れているようだ。
「でも、魔王軍が世界を征服したら、わたしたちはどうなるのです? このゼノビアはどうなるのです?」
「それについてはどう思う? 奇しくもその魔王軍の魔術師と同じ名前を持つ婿殿よ」
からかっているのだろうが、俺はこう答えるしかない。
「きっと、今よりも住み良い世界になっていますよ。ご安心ください。ユリア嬢」
「……だといいのですが」
それでユリアが安心したかは分からないが、彼女たちに別れを告げると、エルトリアにゼノビアにある転移の間を使っても良いか尋ねた。
「勿論、構わないよ。武運を祈っている」
事情は言わなかったが、俺の態度を見て察してくれたのだろう。
俺は彼女たちの期待に応えるべく、転移の間へと向かった。




