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祝賀会

「とてもお似合いだと思います」


 それが俺の正装を見たサティの第一声だった。

 まあ、当てにはならない。

 この娘はたぶん、俺がどんな格好をしようとも同じ台詞を言うからだ。


 しかし、貴族が舞踏会で着る服というのはなんと着心地が悪く、趣味が悪いのだろうか。


 現代ならば、スーツでも着ればいいのだろうが、この世界ではそうはいかない。


 装飾過剰な服に身を包み、貴族や大商人たちと舞踏会を楽しむ、というのはどうも気が進まない。


 あまりそういう華麗な場所に出たことはないからだ。

 前世では勿論、パーティーなるものに縁はなかったし、異世界でも一切縁はない。


 魔族は基本的にそんな無意味なことはしない。

 酒宴くらいはするが、舞踏会などを開催して、小洒落た会話をする、などという発想がないのだ。


「サティ、こういう席では小洒落たパーティージョークでも言うのが定番なのかな?」


 一応、サティに尋ねてみる。

 彼女は以前、アーセナムという都市の領主のメイドをやっていた女の子だ。

 多少、その手の知識があるかもしれない。

 と思ったのだ。

 サティは答える。


「サティにはよく分からない話をしていました」


 曰く、パーティーで話される話題は、主に政治の話、経済の話、戦争の話題が多いそうだが、それよりも多いのは、貴族同士、大商人同士の陰口だそうだ。


「どこの世界も人の噂話や悪口好きは変わらない、ということか」


 人が集まれば自然とそうなるのだろう。



 あの大貴族は紳士ぶって見えるが、夜ごと女奴隷をはべらせている。

 あの貴公子は女性の羨望を一身に受けているが、実は同性愛者だ。

 あの御婦人はたくましい男奴隷と不義密通を重ねている。



 どれが事実でどれが無実かは分からないが、たぶん、そんなことを囁き合っているのだろう。


 今からそのような場に行くのかと思うと気分が滅入る。

 何故ならば確実に噂の種にされる自信があったからだ。


 今回の舞踏会開催の名目は、一応、俺とユリアの婚約を祝すもの、となっている。


 エルトリアは「方便は必要なのだよ」と茶化していたし、そういう名目も必要なのだろうが、俺は確実に注目の的となるだろう。


 招待された貴族や大商人達は、俺を見て囁くはずだ。



「あの青年はどうやってオクターブ家に取り入ったのだろうか」

 と――。


 事情を説明するのも面倒だったし、そもそも正直に話すわけにもいかない。

 俺は、愛想笑いでも浮かべながら、貴族や大商人たちに当たり障りのない言葉でもかけていればいいのだろうが、その無意味な時間が数時間にも及ぶと思うとゲンナリしてくる。


 開催前から溜息を漏らすが、気を紛らわせるため、サティの方を見る。

 彼女も正装をしていた。


 サティは「自分は関係ありませんし、ご主人さまのメイドでしかありませんから」と、固辞していたが、エルトリアが、


「君は我が娘の身代わりを務めてくれた恩人だ。是非、参加して欲しい」


 と、強く勧めたため、今回の参加となった。


 それに俺も参加するように勧めたことも大きいだろう。


 この前、ユリアの身代わりをしたときのサティの格好はなかなかのものだった。


 普段の素朴なメイド服もよく似合っていたが、元々、美人なのだ。

 貴族の令嬢が着るようなドレスがよく似合った。

 それにだが、サティも女の子だ。


 口では「恐れ多いです」とは言っていても、内心では喜んでいるはず、である。


 ――たぶん。


 男の勝手な想像なのかも知れないが、女の子という奴は、舞踏会とかドレスが大好きなはずだ。


 イヴァリースに戻れば今後、そのような機会はないかもしれない。

 ここで目一杯堪能させてあげるのも、主の努めだろう。

 それくらいサティには世話になっている。

 そう思いながら、サティをともなって、パーティー会場に向かった。





 パーティーは、エルトリアの館ではなく、ゼノビアの中心にある迎賓館で催される。


 それはつまりこのパーティーがゼノビアの盟主によって行われる正式なものであることを指している。


 ゼノビアの迎賓館を見たときの第一の感想、それは、


「金はあるところにはあるのだな」


 だった。


 中世のゴシック建設を思わせる作りで、至る所に無駄に彫刻が設置されている。


 各宗派の神々を模した彫刻が多いが、ここは商人の国、商業の神アンメニカをもした彫刻が多いのが特徴かも知れない。


 そもそもアンメニカは女性神で、彫刻を彫りやすいというのもあるのかもしれないが。


 彫刻家だって男だ。


 むさ苦しい男の彫刻を彫るよりも美しい女性の彫刻を彫る方が楽しいに決まっている。


 そんな風に思いながら、彫刻を彫った作者の名前を見たが、どれもが有名なドワーフの彫刻家ばかりだった。


「やはりゼノビアは金が有り余っている」


 改めてそう感想を漏らすと、迎賓館の中に入った。

 迎賓館は外側だけでなく、中も立派であった。

 至る所に、芸術品や工芸品が置かれている。


 そこかしこに立て掛けられている絵は、名のある巨匠のものだったし、サティがなにげなく触れている壺は、『セイカ』と呼ばれる遙か東方の大陸にある異国からもたらされた貴重なものだった。


 恐らく、それ一個で平民が数年間暮らせるくらいの値段がするだろう。

 なので黙っておく。


 値段を伝えてしまえば、サティのことだ。急に手が震えだし、その壺を落とす可能性が大だった。


 エルトリアならば笑って許してくれるだろうが、こちらが申し訳なく思ってしまう。


 魔王軍の副団長に出世しても、貴族に出世しても、庶民の感覚というのはどうも抜けない。


 ――などと思っていると、オクターブ家の執事ハンスが現れ、恭しく頭を垂れてきた。


「アイク様、舞踏会の準備は整いました。各国、各都市から重鎮たちが集まっています」


「……舞踏会か、ということは踊らないといけないのか」


 生憎と魔族に、社交ダンスなどという概念はない。

 ゴブリンやオークなどは酒が入れば陽気な踊りを見せるが、型はなく全部適当だ。その都度変わる。


 魔族に至っては踊るなど嘲笑の対象になるのではないだろうか。


 もっとも、セフィーロなどは踊りが好きで、最近、旅芸人の一座を招いて踊り子の舞いを見るのを楽しみにしているらしいが。


 ともかく、前世も含め、俺には踊りの素養も経験もない。セフィーロのように舞いを見て楽しむ趣味もなかった。


 そんな人間が舞踏会でなにをすればいいのだろうか。


「ところでハンスさん、俺は踊れないのですが、どうすればいいのでしょうか?」


 それに答えたのは、真っ赤なドレスを身に纏ったユリアだった。


「僭越ながら、わたくしがリードさせて頂きますわ」


「いや、そういうレベルではなく、生まれてから一度も踊ったことはないのです。ユリア嬢の御御足(おみあし)を踏んでしまうかも知れません」


「それは先日、わたくしが隣の都市の殿方にしたことをそっくりそのままされることになりますね。でも、問題ありません。わたくしはアイク様に何度足を踏まれようが、アイク様を嫌いになることなんてありませんから」


 そう断言されるが、そう言われても心は軽くならない。


 下手な踊りを衆目に晒すのも気が引けるし、女の子の足を踏むのはもっと気が引ける。


 なんとかならないものかな、と真剣に悩んでいると、ユリア嬢は俺の手を引っ張ってくる。


「さあ、アイク様、御客人を待たせるのは礼を失します。今日のパーティーの主役はわたしたちなのですから、早く会場に向かわないと」


 と、手を引っ張られた。 

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